これは「#06-02: セッティング」に対応したコメンタリーです。
その悲哀に満ちた呟きを待っていたように、イザベラが入ってきます。
マリオンは意を決してイザベラに問います。「いつまで戦えば良いのか」と。それに対してイザベラは訊き返します。
「輪舞曲って知ってる?」
と。マリオンは「ロンド」について脳内検索をして答えたりしますが、博識というかすごいなマリオン。普通こんなの↓出てこないぞ。
「テーマを繰り返しながら、間に別の旋律を挟む楽曲の形式……?」
ちなみにロンドで有名なのは、モーツァルトの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、メンデルスゾーンの「結婚行進曲」など。マーラーとかベートーベンとかラヴェルとかの楽曲が多数ありますね。ちなみに「延々と繰り返す」という意味ではないです。延々と繰り返してるように聞こえますが、構成の中での繰り返しなんですね、これが。まぁじゃないと永遠に終わらない楽曲になっちゃいますからアレなんですけど、いわば「計画的繰り返し」。歴史は繰り返すというように、ある一定のスパンで同じようなことが起きる。それはある程度の期間(人類史が始まってから終わるまでの間)繰り返されることになっている、という。
で、イザベラのこれです。
「正解。私たち歌姫は、歌姫計画の続く限り、この輪舞曲を奏で続け、歌い続け、舞い続けるのさ」
「歌姫計画の続く限り」、なわけです。イザベラも計画の全貌は知りません。マリアがかなりのところまで知ってるかなくらいの話で、実際の所は多分ジョルジュ・ベルリオーズしかすべてを知っているわけではない。終わりを知らない中での繰り返しは、その渦中にある人にとっては即ち永遠なのです。
「それじゃぁ……あまりにも救いがないじゃないですか」
「あまりにも、ないね」
マリオンの言葉をあっさり肯定するイザベラ。救いがない! つくづく救いがないな!!
で、アルマを呼び出して部屋には四人。
ここから先は、第七章以後のストーリーを念頭に振り返っていきましょう。
「わたし――ヴェーラ・グリエールとしてのわたしも。結局のところ何一つ変えられなかった」
仮面越しには表情が見えない。
「自分の願いも祈りも、そのすべてが虚しい。ヴェーラはそう思ってしまった。自分の持つ圧倒的な力が、決して良い方向に使われないことにも気付いてしまった。ただのすごい兵器。無敵の兵器。言えば何でもやってくれる兵器。躊躇なく百万人を殺してくれる兵器。
軍も政府も、そして国民も。ヴェーラに求めたのは陶酔と殺戮の力だけだった。もちろん、ヴェーラはそれを何度も否定した。そんなはずはない。分かってくれる人も大勢いる。平和にも使える。戦争を終わらせられる。そう祈り。そう叫び。そう訴えた。だけど、それは叶わなかった」
イザベラ、もといヴェーラの希望や祈りの話ですね。現実を知りながら、未来を見抜きながらも、それでも信じたがった。人々を信じたかった。戦争を終わらせるだけの力がある、だから殺戮者の汚名を着ることになっても戦い続けようとした。しかし、人々は自分たちを殺戮兵器と娯楽提供マシーンくらいにしか考えてくれなかった――というシニカルな振り返りです。
「でも、レベッカがいたじゃないですか」
「カティも、エディットも、マリアもいたよ。ああ、そうだよ、いたんだ。いてくれたんだ」
レベッカが支えになってくれていたじゃないかと。マリオンのこの指摘は、ばっつりイザベラには刺さったと思うんですよね。イザベラの思いは「ああ、そうだよ、いたんだ。いてくれたんだ」と付け加えている所に現れているんじゃないかな!
「だけど、ヴェーラは欲張りだったんだね。もっともっと。もっと多くの人に言葉を届けたい。伝えたい。理解されたい。そう思ってしまっていたんだ。だから、すぐそばでヴェーラを支えてくれていた人たちを、あって当然のものだと思ってしまっていた。なんて傲慢だったんだって、今となっては思っていると思うよ」
ここの部分は、「小説書きとかクリエイターに刺され!」と思って書いた箇所でもあります。「もっと多くの人に伝えたい」という願いが強くなりすぎて、支えてくれている人たちのことを無自覚に蔑ろにしてしまったんだという悔恨ですね。ヴェーラはそれどころじゃない状況で、追い詰められて思いつめて、その結果、焼身自殺未遂まで至ってしまったわけですが。
「ヴェーラはね、初めて好きになった人すら、守れなかった。国家を揺るがす力を持っていながら、本当に守りたいと心から思った人の一人すら、守れなかった。何もできなかった。だから……。何のための力なんだ。何のための献身だったんだ。何のために虐殺者の汚名を甘んじて受けているのか。ヴェーラは……わからなくなった」
……というわけですね。度々出てくるこの「初恋の人」ですが、まぁ、あれだ、コメンタリー読んでる人はもうわかってると思いますが、アーシュオンの飛行士、ヴァルター・フォイエルバッハのことです。この一件でヴェーラはすっかり無力感と無常観に取り憑かれてしまっているんですね。
そしてイザベラとして蘇ってからは、その無常観は怒りに転化していると。
「わたしたちの存在はね、ヤーグベルテを軍事強国に仕立て上げる役割を果たした。私たち歌姫という存在は、崇め奉るために作られた分かり易い偶像。芥子の実で満たされた美しい人形なのさ。国家国民にとってみれば、私たちの歌はね、ただの兵器と麻薬に過ぎないんだ」
ここで「兵器と麻薬」とか「芥子の実で満たされた美しい人形」とか言う表現が出てきますが、これ、08-04でサムが「お嬢ちゃんたちは麻薬みたいなもんさ」というセリフが出てくる前準備です。また「分かり易い偶像」という表現。これは本作のキャッチコピー「とてもやさしい終わりを作ろう」にかかっています。ネタバレしちゃうと、「とても分かり易い終わりを作って見せてあげよう」という意味なんですね。マリアも「分かりやすいことしか国民は理解しようとしない」とか言いますが、とにかくこの「易しい」という単語が結構出てきます。
「安寧と娯楽をよこせ!
……彼らはそれしか言わない。
ヴェーラもね、その事実に、その現実に、怒り、悲しみ、絶望した。殺戮の手段にしか過ぎない自分に気が付いてしまったから。自分が良かれと戦うほどに戦線は拡大し、守るためだけに使われていた力は、やがて報復攻撃の方向へと舵を切った。アーシュオンにICBMの雨を降らせるなんて馬鹿げたことに使われすらした。
殺さなければならない敵は、雪だるま式に増えていく。ヴェーラは何百もの歌を歌い、何百万と殺戮した。人々はその歌を勝利の歌、凱旋の歌と賛美した。しかし、ヴェーラの、一人の女の思いは……誰も聞かなかった。誰も理解しなかった。あまつさえ、自分にとって都合の悪い言葉には、堂々と耳を塞いだ」
この辺は恨み節ですね。恨んでしかるべきなんですが。あとは事実の提示。軍によって有耶無耶にされていた情報を、イザベラは当事者として自らの言葉でマリオン、アルマに伝えるわけです。それはイザベラもといヴェーラ、そしてレベッカと同じ轍を踏ませまいとする優しさの現れなんですな。
そして「断末魔」の話題。
「この数年で発見されてしまった、価値ある断末魔。それによって人々はまた、わたしたちに別の役割を発見する」
イザベラは完全に凍てついていた。思わず震えが来るほどの冷たさを私は感じている。その仮面の奥の視線が見えていたら、私は本当に呼吸を止めざるを得なかっただろう。
「マリー、その役割って、なんだと思う?」
「継続的に供給される、断末魔……」
恐るべきことですよね。人々は歌姫に「守ってもらうのは当然」「勝つのは当然」「でも圧勝はするな。歌姫は毎回ちゃんとイイカンジに死ね」と願うわけです。イザベラが「吐き気がする」といいますが、まさに。しかもそれは不幸なことに、レベッカが目指した「戦争の形」と合致してしまうんですね。でも、レベッカもイザベラもそれを「良し」とした。二人がいつまでも前線で暴れ続けるわけにも行かない、そんなふうに人々を甘やかすわけには行かない、そしてなにより次世代の歌姫たちに同じような思いを味あわせてはならない――という。不幸な利害の一致ですよね。
「ヴェーラが死に、トリーネも死に、多くのC級歌姫たちも死に、にも関わらず、誰も戦争をやめようとは言わないんだ。これはね、最高に良くできた国策なんだ。圧倒的少数の犠牲で国防ができる。その少数の犠牲は断末魔を提供できて国民はより強い満足感を得られる。そしてわたしたちは絶対無敵。こんな美味しい無限ループをみすみす断ち切る政治屋がいると思うかい? わたしたちがしているのは、戦争のための戦争なんだ。戦争を続けるための戦争。そしてこれが――」
「歌姫計画の正体」
戦争のための戦争、戦争を続けるための戦争。このループは決して架空のものじゃないと。戦争をするための外交があったり、戦争をさせるための駆け引きがあったり、あまつさえ戦争をダラダラ続けさせようとする何かがいたり。ましてちょっとの出費で国民がおとなしくなるわけですから、国策としての戦争が起きたっておかしくないわけです。そしてこの戦争は敵国にもメリットが有るわけですから、実はこの一連の長期間戦争は、外交の結果「約束された」殺し合いイベントとも言えます。
そしてそれが「歌姫計画」だと。で、マリア・カワセ大佐が「その親玉」であると改めて認めます。そしてマリアもまた苦しんでるのだと。
そこにアルマがストレートに尋ねます。
「敵とは考えないのですか?」
「考えないねぇ」
「それは、なぜですか」
「あの子は、わたしたちのためなら迷いなく命を賭ける」
こういう事をズバリ訊けるようになるところまで、二人は信頼関係が醸成されているのですね。そしてイザベラのマリアへの信頼が伝わってきますね。ここんところはある意味理屈じゃないんですよ。
「マリアは、絶対にきみたちの敵じゃない。それだけは言っておくよ」
この言葉↑は、この後もマリオンやアルマの灯台、拠り所のようなものになるわけです。イザベラもレベッカも、マリアだけは信じて欲しいとマリオンたちに言うわけです。勿論、マリアが自分の任務だけに忠実な人間だったとすれば、こうはしなかったでしょう。自分たちが亡き後に何か拠り所が必要だと考えたイザベラたちは、その役割をマリアに託したわけです。
「ヴェーラもね、八年前だっけ。あのライヴの日。きみたちに出会えて救われたんだ。きみたちには申し訳ないけれどね」
「で、でも!」
「ん?」
「再会の約束が、果たせていません」
マリオンのこの言葉、極めて重要。「再会の約束」がね、ええ、第八章ですね……。
「そうだった。きみたちには悪いことをしたね」
「でも今……」
「私はイザベラ・ネーミアだよ。でも、そうだね。きっと会える。そう遠くないうちに」
今の自分はヴェーラではないとイザベラは言うわけですね。しかし「遠くないうちにヴェーラはきみたちのところに現れるよ」と言っているわけです。
その言葉の意味を理解できたのは――。
……そして次回、いよいよ、第七章。その日が訪れます。