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	<title>歌姫は壮烈に舞う - セイレネス・ロンド / 統合情報サイト</title>
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	<description>Archives of &#34;Seirenes Rondo&#34;</description>
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	<title>歌姫は壮烈に舞う - セイレネス・ロンド / 統合情報サイト</title>
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		<title>18-1-1：エピローグ～奪われるもの</title>
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		<dc:creator><![CDATA[一式鍵]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 22 Apr 2023 00:41:33 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[歌姫は壮烈に舞う]]></category>
		<category><![CDATA[本文-ヴェーラ編２]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0　二〇九一年一月――ナイアーラトテップ殲滅作戦から、一ヶ月が過ぎた頃。冬の寒さも極まってきている時節。 　エディットはヴェーラとレベッカを伴って、公私に渡ってしばしば利用している高級レストランにて食事をして [&#8230;]</p>
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<p class="wp-block-paragraph">　二〇九一年一月――ナイアーラトテップ殲滅作戦から、一ヶ月が過ぎた頃。冬の寒さも極まってきている時節。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットはヴェーラとレベッカを伴って、公私に渡ってしばしば利用している高級レストランにて食事をしていた。三人とも軍務からの直行だったので、軍服姿である。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ここに初めて連れてきたのはいつだったかな」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　テーブルフラワーを眺めながら、エディットは呟いた。レベッカが宙を見ながら、「確か、七年前の四月？」と応じる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「そうね、そのくらいになるわね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットはワインに口をつけ、ゆっくりと息を吐いた。その機械の目が、青白い顔をしたヴェーラを捉える。ヴェーラは薬の副作用のせいで、食事がほとんど喉を通らないようだった。さっきから水ばかりを飲んでいる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あれから七年も、経つのね」<br>「なんかさ、エディットらしくないよ？　どうしたの？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはグラスを右手で<ruby data-rt="もてあそ">弄<rp>（</rp><rt>もてあそ</rt><rp>）</rp></ruby>びつつ、ぼんやりとした口調で尋ねた。エディットはまた溜息をつく。一度、二度と何かを言いかけては、宙を見たり、指先を見たりと、忙しく視線を動かしていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あ、あのね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ようやく意を決して発言しようとしたその矢先、ちょうどデザートが運ばれてきてしまう。ホールスタッフが歩き去っていくのを何となしに見送ってから、またヴェーラとレベッカを見る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなたたちもすっかり大人になったわね」<br>「そりゃぁ、もうとっくに成人済みだし？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　白桃のシャーベットが添えられたガトーショコラをつつきながら、ヴェーラは少し疲れたような口調で応じる。エディットは「そうよね」と苦笑する。その笑みにヴェーラは少し眉根を寄せた。エディットはテーブルの上で手を組み合わせる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「実はね、私」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットはことさらにゆっくりと息を吐いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「軍を辞めることにしたの」<br>「へっ？　え？　ええっ！？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラとレベッカの声が重なった。レベッカは眼鏡のレンズ越しにエディットの顔を凝視し、ヴェーラは思わず腰を浮かせた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「エディットがいないと困るよ、わたしたち！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラが詰め寄る。レベッカも頷いている。ヴェーラは「そ、そうだ」と人指し指を立てる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「研究は？　実験はどうするの？　作戦指揮もあるでしょ、それから、ええと、ええと……」<br>「あなたたちが心配することじゃないわよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは平静な表情を作りながら、シャーベットを口に運ぶ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「それにね、作戦指揮についてはもうハーディの方が<ruby data-rt="こうしゃ">巧者<rp>（</rp><rt>こうしゃ</rt><rp>）</rp></ruby>よ。私は名前を貸しているだけみたいなところがあるわ、実際のところはね。研究や実験については、ごめんね、としか言えないかなぁ」<br>「それ、命令でしょ、辞めるの」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラが鋭く切り込んだ。エディットは「やれやれ」と豪奢な金髪に手をやりつつ首を振った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「嘘ついても無駄よね。そう、うん、白状すると、命令。参謀本部長直々のね。セイレネスの運用責任者の解任手続自体は、もうほとんど終わってるのよ」<br>「なんですか、それ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカが、らしからぬ声を出した。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「そんなやり方嫌いです、私。騙し討ちじゃないですか、そんなの」<br>「だよね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　相槌を打ったヴェーラは苛立ちを隠さない。腕を組み、指先で二の腕に爪を立てている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「わたしたちの実験にだって影響が出るよ、絶対」<br>「わかってる」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは深刻な表情で頷いた。痛いほど理解しているつもりだった。セイレネスはデリケートで、ちょっとした心理的要因で簡単に不安定になってしまうのだ。エディットはそうと知っていたから、もちろんその人事には抗議した。だが、<ruby data-rt="なし">梨<rp>（</rp><rt>なし</rt><rp>）</rp></ruby>の<ruby data-rt="つぶて">礫<rp>（</rp><rt>つぶて</rt><rp>）</rp></ruby>だった。ブルクハルトによる意見書すら一顧だにされなかったところを見ると、これは参謀本部長よりも更に上のレベルでの規定事項だったと推測できた。つまり、どうにもならない既定事項だったということだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「でもね、ヴェーラ、ベッキー。私は軍を辞めるだけよ。貯金も山ほどあるし、悠々自適の退職金生活を楽しむことにするわよ」<br>「わたしたちも出ていかなきゃ？」<br>「そ、そうね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは濃い赤色のワインを一気にあおった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「でも、遊びに来てよ。暇してるから、きっと」<br>「もちろんだよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そう応じたヴェーラは、しかし、俯いたままだった。レベッカは憤然とした表情でガトーショコラを胃の中に収め、フォークを握り締めたまま黙り込んだ。エディットはそんな二人を見て、少し慌てたように付け加えた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ま、まぁ、ほら、別に今生の別れになるわけでもないし、ね？　もう軍には関われないけれど、あなたたちに会うことができないとか、そんな法はないわよ」<br>「こんなことなら」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは潤んだ空色の瞳でエディットを見る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「もっとエディットに甘えておけばよかったよ」<br>「喧嘩もたくさんしたけど、頼ってくれてたのはわかってる。嬉しかった」<br>「お母さんと思ったことはないけど、お姉ちゃんくらいには思ってた」<br>「ヴェーラ……」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは目を伏せる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「最後の最後で頼りなくなってごめん。あなたの薬だって」<br>「それはエディットのせいじゃないよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは首を振る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「これはなるべくしてこうなっただけ。エディットやベッキーがいなかったら、この何百倍も酷いことになってた。だいじょうぶだよ、わたしちゃんと<ruby data-rt="わか">理解<rp>（</rp><rt>わか</rt><rp>）</rp></ruby>ってるから」<br>「でも」<br>「真実は単純で、問題は簡単だ。わたし、エディットのことが大好き。だから喧嘩もできたんだよ。それでいいじゃない」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは精一杯の笑顔を見せる。寂寥と不安の入り混じった笑顔ではあったが、エディットはそれを記憶に焼き付けた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは微笑を見せながら立ち上がり、言った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「さ。帰りは星でもみるとしますか」<br>「星、ですか？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカが窓の方に視線を送る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「今日は雪だから見えないと思います」<br>「そっか、そういえば来るときも降ってたわね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは心底残念そうな表情を見せてから、先頭に立ってレストランから出た。十数段の階段の先に、タガートの運転する軍の車両が待ち構えていた。助手席にはジョンソンもいる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　階段を降り始めたその瞬間、エディットが転倒した。すぐ後ろにつけていたヴェーラとレベッカには何が起きたのか理解できなかった。助手席からジョンソンが飛び出してきて、素早くエディットに駆け寄る。遅れてきたタガートが素早くヴェーラとレベッカを車の影に誘導する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　通りを歩いていた何人かが事態に気が付いて悲鳴を上げた。<ruby data-rt="モバイル">携帯端末<rp>（</rp><rt>モバイル</rt><rp>）</rp></ruby>のカメラを向けている者たちも無数にいた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「<ruby data-rt="ジャミング">通信規制<rp>（</rp><rt>ジャミング</rt><rp>）</rp></ruby>、救急隊の要請を急げ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットをヴェーラたちのそばに移動させたジョンソンがタガートに指示を出し、タガートは素早く周囲一帯の通信を規制する信号を軍司令部に送信した。これで一般回線からリアルタイムにネット中継されることを防ぐことができる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「スナイパー……か」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　血を吐きながらエディットがつぶやく。胸を撃ち抜かれていた。ジョンソンによる応急処置もほとんど効果が上がらなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「エディット！　エディットはどうしちゃったの！？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラが叫んでいる。レベッカはそんなヴェーラを後ろから抱きしめる。しかしそのレベッカも、今目の前で大量の血を流しているエディットの身に何が起きたのか理解できていなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「エディット！」<br>「頭を下げて。危険です」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ジョンソンは止血帯を押し当てながら静かに言った。とめどなくあふれる血液が、新雪を赤く染めて溶かしていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ヴェーラ、いる？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは渾身の力を込めて右手を上げる。ヴェーラは危険も顧みずにその手を握る。レベッカもそこに自分の手を重ねた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ごめんね、私……」<br>「喋ったらだめだよ、エディット。ジョンソンさんが治療してくれてるから」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはその手を握り締めたが、エディットの指は動かなかった。ヴェーラの手に、エディットの手の重さが伝わってくる。その手からどんどん体温が失われていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ジョンソンさん、治療を！　急いで！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの悲鳴に、ジョンソンは首を振った。致命傷であることは明らかだった。むしろ、即死ではなかったことに驚きすら覚えるほどのダメージだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　救急車の音が聞こえるが、それは絶望的に遠かった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「辞めるだけじゃ、だめだった、かぁ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは痛みを感じていなかった。ただ、動けない。ただ、寒い。世界が眩しかった。意識が空に溶けていくように、だんだんとまとまりがつかなくなってきていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ごめんね、ヴェーラ、ベッキー……」<br>「だ、だいじょうぶだよ、エディット。いいんだよ、心配ないよ。心配ないから！　謝らないで……」<br>「まだまだ、遊びに来たら、だめだ、から、ね……」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットはそう言って、ゆっくりとまぶたを閉じた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「エディット！　エディットぉぉぉぉぉっ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはその身体に<ruby data-rt="すが">縋<rp>（</rp><rt>すが</rt><rp>）</rp></ruby>って絶叫した。レベッカはその後ろで、歯を食いしばって声を殺して、泣いた。</p>



<p class="has-text-align-center wp-block-paragraph"><strong>→NEXT</strong></p>
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		<title>17-2-1：レメゲトン</title>
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		<dc:creator><![CDATA[一式鍵]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 16 Apr 2023 00:45:59 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[歌姫は壮烈に舞う]]></category>
		<category><![CDATA[本文-ヴェーラ編２]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　闇の中に佇むマリアは、深い溜息をついた。 　マリアが纏（まと）う暗黒のエンパイアドレスは、周囲を包む闇にすっかりと溶け込んでいた。そのマリアを頂点とする一辺三メートル程度の正三角形を作るように、銀と金の [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<button class="simplefavorite-button has-count preset" data-postid="3971" data-siteid="1" data-groupid="1" data-favoritecount="0" style=""><i class="sf-icon-bookmark" style=""></i>ブックマーク<span class="simplefavorite-button-count" style="">0</span></button>
<p class="wp-block-paragraph">　闇の中に佇むマリアは、深い溜息をついた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　マリアが<ruby data-rt="まと">纏<rp>（</rp><rt>まと</rt><rp>）</rp></ruby>う暗黒のエンパイアドレスは、周囲を包む闇にすっかりと溶け込んでいた。そのマリアを頂点とする一辺三メートル程度の正三角形を作るように、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>と<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">金</span></span>の揺らぎが存在していた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　マリアはその黒褐色の瞳で、その二つの揺らぎを順に睨んだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「姉様に余計なことを伝えさせたものね」<br>「余計なこと？　そうかしら？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">金</span></span>の揺らぎが反応した。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「真実の片鱗くらいは与えてあげないと、むしろアンフェアだと思うけれど？」<br>「アンフェア？　いまさら何を言っているの」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　マリアは侮蔑の意志を隠そうともせず、言い放つ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなたたちが高位の存在であることは認めざるを得ない。けれど、だからといって見下され続けることについては容認できない」<br>「あらあら？　なら、どうするつもり？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>の揺らぎが挑発する。マリアは小さく唇を噛んだ。<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>が<ruby data-rt="わら">嗤<rp>（</rp><rt>わら</rt><rp>）</rp></ruby>う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなたは誤解しているようね、マリア」<br>「誤解？」<br>「そう、誤解よ。あなたは私たちがこの事象群のすべてを仕組んでいるとでも思っている？」<br>「肯定よ、当然ながら」<br>「ふふふふ、過大評価、痛み入るわ。もっとも、少なくとも目に見えるところに関しては、その見解で正しいのかもしれないけれど」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>は言う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「観測されることなしには、事象は可能性の何か、に過ぎない。観測されることによって、その事象は存在を開始する。私たちはただ観測しているだけに過ぎない。可能性の種を振り<ruby data-rt="ま">蒔<rp>（</rp><rt>ま</rt><rp>）</rp></ruby>いて、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">力</span><span class="boten">へ</span><span class="boten">の</span><span class="boten">意</span><span class="boten">志</span></span>たちがどんな選択をするかを観察し、観測しているだけなのよ」<br>「それを<ruby data-rt="true">真<rp>（</rp><rt>true</rt><rp>）</rp></ruby>と仮定するとして」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　マリアはゆるやかに腕を組んだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「余計な可能性を<ruby data-rt="ま">蒔<rp>（</rp><rt>ま</rt><rp>）</rp></ruby>くのはやめてほしいわ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その言葉に、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>と<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">金</span></span>は声を上げて<ruby data-rt="わら">哂<rp>（</rp><rt>わら</rt><rp>）</rp></ruby>った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">金</span></span>の方が言う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「この世界に在る以上、あたしたちの干渉から、そして観測から逃れる術はない。それはあのベルリオーズでさえもまた<ruby data-rt="しか">然<rp>（</rp><rt>しか</rt><rp>）</rp></ruby>り」<br>「私たちは本来、<ruby data-rt="ナイアーラトテップ">這い寄る混沌<rp>（</rp><rt>ナイアーラトテップ</rt><rp>）</rp></ruby>と呼ばれるべき存在なのよ。いつの間にか<ruby data-rt="そこ">其処<rp>（</rp><rt>そこ</rt><rp>）</rp></ruby>に<ruby data-rt="い">居<rp>（</rp><rt>い</rt><rp>）</rp></ruby>て、いつの間にか世を<ruby data-rt="カオス">混沌<rp>（</rp><rt>カオス</rt><rp>）</rp></ruby>で満たす――」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>の言葉に、マリアは露骨に顔を<ruby data-rt="しか">顰<rp>（</rp><rt>しか</rt><rp>）</rp></ruby>める。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「御託はいいけれど。つまり、あの方は<ruby data-rt="にじ">躙<rp>（</rp><rt>にじ</rt><rp>）</rp></ruby>り<ruby data-rt="よ">寄<rp>（</rp><rt>よ</rt><rp>）</rp></ruby>ってきたあなたたちに気が付いた、いわば選ばれし人間だったというわけね？」<br>「そうね――」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>の揺らぎが大きくなる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「私たちにしてみれば、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">彼</span></span>の存在は言ってしまえば予定外だった。でも、だからこそ、私は<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">彼</span></span>に関心を持った」<br>「ファウストを堕落させんとした<ruby data-rt="メフィストフェレス">悪魔<rp>（</rp><rt>メフィストフェレス</rt><rp>）</rp></ruby>のように？」<br>「そうね。そしてあなたたちは、私たちに触れる都度に、私たちに<ruby data-rt="ぜんきん">漸近<rp>（</rp><rt>ぜんきん</rt><rp>）</rp></ruby>する」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>が闇を覆い尽くす。マリアは<ruby data-rt="いまいま">忌々<rp>（</rp><rt>いまいま</rt><rp>）</rp></ruby>しげに目を細め、それでも<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>の揺らぎから目を<ruby data-rt="そ">逸<rp>（</rp><rt>そ</rt><rp>）</rp></ruby>らさない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「漸近してどうなる？　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">神</span><span class="boten">に</span><span class="boten">至</span><span class="boten">る</span></span>とでも言うわけ？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　マリアの詰問に、二つの揺らぎはまた<ruby data-rt="わら">哂<rp>（</rp><rt>わら</rt><rp>）</rp></ruby>う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「セイレネスは、プロトコルであると同時にゲートウェイ。ジークフリートの生み出す論理層と、物理層たる現実世界をつなぎ合わせるための<ruby data-rt="メディア">媒体<rp>（</rp><rt>メディア</rt><rp>）</rp></ruby>。そして、それ自体を実行するための<ruby data-rt="システム">機構<rp>（</rp><rt>システム</rt><rp>）</rp></ruby>でもあるのよ。いわば、論理の――神の世界の<ruby data-rt="インターフェイス">法則<rp>（</rp><rt>インターフェイス</rt><rp>）</rp></ruby>を、現実世界に<ruby data-rt="インプリメント">実装<rp>（</rp><rt>インプリメント</rt><rp>）</rp></ruby>するためのもの」<br>「意味がわからないわ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　マリアは苛々とした表情で腕を組み、指先で二の腕を叩いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そこで<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">は</span><span class="boten">た</span></span>とマリアは気が付く。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「まさか――！」<br>「うふふふ、そう、その<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">ま</span><span class="boten">さ</span><span class="boten">か</span></span>よ」<br>　<br>　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>は愉快そうに肯定する。マリアは半ば呆然としつつ、呟く。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「セイレネスの<ruby data-rt="アトラクト">発動<rp>（</rp><rt>アトラクト</rt><rp>）</rp></ruby>が、論理層を物理層に漸近させていくって……」<br>「ご明察」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　今度は<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">金</span></span>が肯定した。銀一色の空間にあっても、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">金</span></span>は厳然と存在していた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　マリアは無意識に唇を舐める。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「論理層の<ruby data-rt="プロトコル">法則<rp>（</rp><rt>プロトコル</rt><rp>）</rp></ruby>を物理層に拡張できるとするなら、理論的には物理層の全て、この<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">宇</span><span class="boten">宙</span><span class="boten">全</span><span class="boten">て</span><span class="boten">を</span><span class="boten">も</span><span class="boten">支</span><span class="boten">配</span><span class="boten">す</span><span class="boten">る</span><span class="boten">こ</span><span class="boten">と</span><span class="boten">が</span><span class="boten">で</span><span class="boten">き</span><span class="boten">る</span></span>……とでも言うわけ？」<br>「俗物的な見地からは――」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>が答える。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「そうと言っても良いでしょうね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　銀の輝きが一層に強くなり、マリアはいよいよ目を閉じる。脳を焼き尽くそうとするかのようなその輝きは、マリアにはまぶしすぎた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「私は、あなたたちの目的に興味なんてない。でも――」<br>「姉様たちをこれ以上苦しめないで、とでも言う？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>の声が嘲弄する。<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">金</span></span>の気配がマリアの目の前まで漂ってくる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「それは無理なのよ、マリア」<br>「……なぜ？」<br>「だってこの可能性事象の地平ではね、あなたの姉様方、あの子たちこそがレメゲトンなんだから」<br>「レメゲトン？」<br>「<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">鍵</span></span>よ。ソロモンの鍵」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">金</span></span>は思わせぶりにそう言った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　マリアは息を飲み、その<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">金</span></span>の気配を両手で払い<ruby data-rt="の">除<rp>（</rp><rt>の</rt><rp>）</rp></ruby>ける。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「私たちは<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">神</span></span>と戦っていたのね、最初から」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そう口にした瞬間、世界は再び闇に落ちた。マリアは恐る恐る目を開け、周囲に<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">金</span></span>も<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>も見当たらないことに安堵する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レメゲトンの第一巻「ゴエティア」には、七十二柱の悪魔を呼び出す<ruby data-rt="すべ">術<rp>（</rp><rt>すべ</rt><rp>）</rp></ruby>が記されている。<br>レメゲトンという表現が単なる比喩に過ぎないのだとしても、あの<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">金</span></span>と<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>の悪魔の目的とはそうそう外れたものではないのだろうという予測は成り立つ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　セイレネスの<ruby data-rt="ゲートウェイ">門<rp>（</rp><rt>ゲートウェイ</rt><rp>）</rp></ruby>から、<ruby data-rt="アンノウン・プロトコル">異界の混沌<rp>（</rp><rt>アンノウン・プロトコル</rt><rp>）</rp></ruby>を呼び寄せる。可能性事象そのものを崩しさり、確定事象をも喪失させる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　それが<ruby data-rt="ナイアーラトテップ">這い寄る混沌<rp>（</rp><rt>ナイアーラトテップ</rt><rp>）</rp></ruby>たるあの<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">金</span></span>と<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>の<ruby data-rt="もくろみ">目論見<rp>（</rp><rt>もくろみ</rt><rp>）</rp></ruby>なのだとしたら？　あの二人が、「ジークフリート」と「セイレネス」をもたらした動機がそれなのだとしたら――。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「私には少しも面白くないわ……！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　奥歯を噛み締めながら、マリアは吐き捨てる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「<ruby data-rt="デーミアールジュ">創造主<rp>（</rp><rt>デーミアールジュ</rt><rp>）</rp></ruby>。あなたはそれで、本当に良いのですか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　マリアは視線を感じて、尋ねる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　マリアの背後に、ジョルジュ・ベルリオーズの姿が現れる。微笑を浮かべる<ruby data-rt="デーミアールジュ">創造主<rp>（</rp><rt>デーミアールジュ</rt><rp>）</rp></ruby>に、マリアは向き直る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「なにゆえ姉様がたに、かくも酷い仕打ちを？」<br>「酷い仕打ち、か」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ベルリオーズはマリアの左肩に手を置いた。マリアは全身を緊張させる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あの子たちは人の未来のために必要な<ruby data-rt="インストゥルメンタル">道具<rp>（</rp><rt>インストゥルメンタル</rt><rp>）</rp></ruby>なのさ。僕がジークフリートとバルムンクを使って生成した、貴重な素材さ。人の未来のために消費される。そのための存在なんだよ、あの子たちは」<br>「そんな！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　マリアは言い募ろうとしたが、ベルリオーズの赤く燃える左目に<ruby data-rt="とら">捉<rp>（</rp><rt>とら</rt><rp>）</rp></ruby>えられて、何も言えなくなる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「さぁ、<ruby data-rt="アーミア">ARMIA<rp>（</rp><rt>アーミア</rt><rp>）</rp></ruby>……いや、今は<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">マ</span><span class="boten">リ</span><span class="boten">ア</span></span>と呼ぶべきか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ベルリオーズは冷たい声を発した。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「行くがいい。そして君は君の思うことを<ruby data-rt="な">為<rp>（</rp><rt>な</rt><rp>）</rp></ruby>すがいい」<br>「私の、思うこと？」<br>「そう、君のだ。それがあの悪魔たちにどう作用するのか。僕の目的にどんな具合に関与してくるのか。僕はその点にとても関心を持っている」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ベルリオーズは真の闇の空間を見回した。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「君は、僕とあの悪魔たちを<ruby data-rt="あざむ">欺<rp>（</rp><rt>あざむ</rt><rp>）</rp></ruby>くために生まれたのさ。不確定事象の<ruby data-rt="けんげん">顕現<rp>（</rp><rt>けんげん</rt><rp>）</rp></ruby>とでも言おうか？」<br>「私が――」<br>「行くがいい。ツァラトゥストラの回帰の環を砕きに。世界を悪魔どもの<ruby data-rt="くびき">頸木<rp>（</rp><rt>くびき</rt><rp>）</rp></ruby>から解き放ってみせておくれ。そのための舞台装置は、もう完成しているのだから」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ベルリオーズの左目の赤い輝きが、闇を払っていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「<ruby data-rt="デーミアールジュ">創造主<rp>（</rp><rt>デーミアールジュ</rt><rp>）</rp></ruby>、私は――」<br>「君には期待しているよ、マリア」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　世界はすっかり緋色に落ちていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「さぁ、<ruby data-rt="セイレネス">歌姫たち<rp>（</rp><rt>セイレネス</rt><rp>）</rp></ruby>の<ruby data-rt="ロンド">輪舞曲<rp>（</rp><rt>ロンド</rt><rp>）</rp></ruby>を、始めよう」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ベルリオーズは<ruby data-rt="おのの">慄<rp>（</rp><rt>おのの</rt><rp>）</rp></ruby>くマリアを見据えながら、ゆっくりとそのように宣言した。</p>



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		<title>17-1-3：漸近スル者</title>
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		<dc:creator><![CDATA[一式鍵]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 15 Apr 2023 06:58:21 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[歌姫は壮烈に舞う]]></category>
		<category><![CDATA[本文-ヴェーラ編２]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　背筋が粟立つ――ヴェーラは震えていた。コア連結室の暗闇の中、名状し難（がた）い不安のようなものに包まれて。心音はもはやノイズだ。一定のリズムで刻まれる不愉快な振動は、ヴェーラの精神を一層に不安定にさせる [&#8230;]</p>
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										<content:encoded><![CDATA[<button class="simplefavorite-button has-count preset" data-postid="3966" data-siteid="1" data-groupid="1" data-favoritecount="0" style=""><i class="sf-icon-bookmark" style=""></i>ブックマーク<span class="simplefavorite-button-count" style="">0</span></button>
<p class="wp-block-paragraph">　背筋が粟立つ――ヴェーラは震えていた。コア連結室の暗闇の中、名状し<ruby data-rt="がた">難<rp>（</rp><rt>がた</rt><rp>）</rp></ruby>い不安のようなものに包まれて。心音はもはやノイズだ。一定のリズムで刻まれる不愉快な振動は、ヴェーラの精神を一層に不安定にさせる。苛立ち、焦燥、不安――<ruby data-rt="な">綯<rp>（</rp><rt>な</rt><rp>）</rp></ruby>い<ruby data-rt="ま">交<rp>（</rp><rt>ま</rt><rp>）</rp></ruby>ぜになったそれらがヴェーラを<ruby data-rt="せ">急<rp>（</rp><rt>せ</rt><rp>）</rp></ruby>き立てる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『ヴェーラ、だいじょうぶ？』<br>「だいじょうぶだよ、ベッキー」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　機械的に応じるが、本当にだいじょうぶなのか否かは、ヴェーラ本人にさえ判然としない。処方されている薬がそう思わせているのか、本当にそう思っているのか、ヴェーラにはわらかないのだ。もはや。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　だが。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「わたしたちがやらなければ、第七艦隊は全滅しちゃう。クロフォード准将のためにも、それは避けたい。だいじょうぶか否かに関わらずね」<br>『やらない選択の余地なんてないってことね』<br>「最初からそんなものなんて無いよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはきつく唇を噛んだ。痛みに耐えかねて顎の力を緩めた時、ヴェーラの精神の<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">揺</span><span class="boten">ら</span><span class="boten">ぎ</span></span>が唐突に落ち着いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「<ruby data-rt="クラゲ">ナイアーラトテップ<rp>（</rp><rt>クラゲ</rt><rp>）</rp></ruby>、有効射程に捉えた」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの中の何かが開花する。さっきまでの不安定さが嘘のように<ruby data-rt="せいひつ">静謐<rp>（</rp><rt>せいひつ</rt><rp>）</rp></ruby>になる。視界が、意識が、一気にクリアになった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの意志に従って、戦艦・メルポメネが全速力で進み始める。レベッカのエラトーもまた、その隣に並ぶ。第七艦隊の最後尾が水平線のあたりに一隻、また一隻と見え始める。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは意識をさらに<ruby data-rt="と">研<rp>（</rp><rt>と</rt><rp>）</rp></ruby>ぎ澄ませる。薬物を接種するようになってから、意識のコントロールがまるで機械を操作するかのようにできるようになっていた。パチンパチンとスイッチを入れたり消したりするようにだ。それができる時間は限定されるが、その間に関してはどこまでも集中力が高められるような気がしている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その時、ぞわぞわ、ぞわぞわと、何かが闇の中を這い回るような、つまさきから這い上がってくるような感触を覚えた。このざらついた感触の発生源は、間違いなくアーシュオンのセイレネスである。ナイアーラトテップを操っている少女たちの持つ気配に違いない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「気付かれたよ、ベッキー」<br>『え、わかるの……？』<br>「わかる。あいつら、こっちを見てる」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカよりも鋭敏になっている感覚を、ヴェーラはさらに<ruby data-rt="とが">尖<rp>（</rp><rt>とが</rt><rp>）</rp></ruby>らせる。ナイアーラトテップたちの意識の目をヴェーラは感じ取る。彼女らはヴェーラの乗る戦艦・メルポメネを第一目標と設定したようだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「そうか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは<ruby data-rt="すさ">荒<rp>（</rp><rt>すさ</rt><rp>）</rp></ruby>んだ笑みを浮かべた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「きみたちもわたしと同類か」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは呟き、そして、叫んだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「セイレネス<ruby data-rt="アトラクト">発動<rp>（</rp><rt>アトラクト</rt><rp>）</rp></ruby>！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その瞬間、メルポメネを中心とした半径百キロ以上の海域が、薄緑色の光に包まれた。次いでエラトーからも同じような光の波紋が生じ、その光はやがて当該空海域を覆い尽くした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの視点が上空五百メートルばかりからのものに切り替わる。まるで浮かんでいるようだった。ヴェーラは自分の肉体は知覚出来なかったが、論理戦闘になればブルクハルトが実装した野戦服のようなものを着ているだろうとやや楽観的に考えた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『ヴェーラ、クラゲたちもセイレネスを使った！』<br>「わかってる」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラたちの放った光を中和するかのように、ナイアーラトテップたちから光が放たれてくる、両者の光波が衝突したところでは、激しい放電現象が発生している。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『クロフォード提督！　第七艦隊、退避してください！　いいわよね、ヴェーラ』<br>「うん。きみの判断が間違えることなんてない」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　応えるヴェーラの眼下では、第七艦隊所属艦艇が次々と反転している。旗艦・空母ヘスティアは、ナイアーラトテップの一隻を前にしながらも、悠然と回頭していた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ベッキー、リゲイアを！」<br>『リ、リゲイア？』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラにはナイアーラトテップを操る三人の少女の姿が見えていた。リゲイア、パルテノペ、レウコテア。少女たちが何を言う前に、ヴェーラはその名を読み取っていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ヘスティアの一番近くにいるやつ！　<ruby data-rt="ユー・コピー">任せるよ<rp>（</rp><rt>ユー・コピー</rt><rp>）</rp></ruby>？」<br>『<ruby data-rt="アイ・コピー">了解<rp>（</rp><rt>アイ・コピー</rt><rp>）</rp></ruby>』<br>　<br>　レベッカのエラトーが進路を微修正する。ヴェーラは進路をそのままに、メルポメネの火器管制をすべて掌握する。そして持てる限りの火力を空中に放った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「モジュール、ゲイ・ボルグ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　明示的に指示を出したその瞬間に、空中を舞っていた弾丸たちが消滅する。そしてその一瞬後、海中で激しい爆発が発生した。吹き上がった海水と爆炎で、海域全体が暗くなったほどだ。底に向かって光の槍が突き刺さる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『グッ……！』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　直撃を受けたパルテノペの呻きが聞こえる。だが、その直後に、パルテノペの背後にいたレウコテアからの攻撃がヴェーラを襲った。少女・レウコテアは拳銃を持っているように見えた。両手に構えられた拳銃から放たれた弾丸が、ヴェーラの頬を掠めた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　メルポメネの第一主砲近傍の対空機銃がまとめて三基吹き飛んだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「うざったいっ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはレウコテアを強く意識する。するとそこにまたあの拳銃を構えた少女の姿を認識することができた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「仕留めてやる！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの手に長大な狙撃銃が現れた。戦艦の主砲群がそれに反応し、一斉にレウコテアに狙いを定める。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『沈メ！　オリジナル！』<br>「冗談じゃない！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの狙撃銃が火を吹く。メルポメネが主砲を一斉射した。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　銃弾がレウコテアの胸を<ruby data-rt="えぐ">抉<rp>（</rp><rt>えぐ</rt><rp>）</rp></ruby>った。砲弾がナイアーラトテップに直撃した。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　少女の姿のレウコテアは、吹き飛ばされながらも両手の拳銃を撃ち放ってくる。一発はヴェーラの左肩に、もう一発は右足のふくらはぎをかすめた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「痛いなぁ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは狙撃銃を取り落とす。その長大な火器は光となって消えてしまった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの視界の先にいるレウコテアが、胸を押さえながら<ruby data-rt="うめ">呻<rp>（</rp><rt>うめ</rt><rp>）</rp></ruby>いた。ヴェーラは空を駆け抜け、レウコテアの目の前に移動した。レウコテアの少女の姿は息も絶え絶えに浮かんでいた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『アナタタチヲ倒セバ……』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レウコテアの手が上がり、そこに拳銃が出現する。が、ヴェーラはそれを無慈悲に蹴り飛ばした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「わたしたちを倒したら、そのクラゲから降りられるとでも？」<br>『……！』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レウコテアの黒い瞳がヴェーラを見上げる。ヴェーラはその額に銃口を押し当てた。レウコテアは目を見開いたまま、訴えるように言う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『私タチハ、タダノ人間ダッタ……！』<br>「ただの人間？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは目を鋭く細める。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「本当にそうだったと思っている？　自分が自分の<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">顔</span></span>を持った一個人だっただなんて言い切れるの？」<br>『ソレハ……』<br>「名前は？　きみに思い出はある？　幼い頃の記憶はあるの？　夢はなんだった？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　矢継ぎ早の詰問に対する答えはない。それはそうだ、答えられるはずなんてない。ヴェーラは舌打ちする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「きみにも、わたしにも、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">元</span><span class="boten">の</span><span class="boten">自</span><span class="boten">分</span></span>なんてものはないんだ。それはただの逃避だ。現実逃避なんだ」<br>『ダッタラ、私ハ……』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはその言葉を制するように首を振る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「きみたちはみんな同じ顔。それがすべての証左だ」<br>『アナタハ、違ウ――？』<br>「違わないさ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは吐き捨て、眼下を見た。傷付いたナイアーラトテップはすっかり海面荷姿を見せていた。能面のようにも見えるその上部構造体は、メルポメネから幾度もの砲撃を受けて完全に崩壊していた。まるで腐り落ちるかのように、ドロドロと崩れて薄緑色の光と化して消えていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「兵器はね、ただの兵器でありつづけるのが一番幸せなんだ、レウコテア」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはそう宣言すると、引き金を引いた。頭部を吹き飛ばされたレウコテアの姿が光になって消えていく。眼下のナイアーラトテップも完全に粉砕されていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「わたしは、きみたちが羨ましいよ。心底ね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは囁いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　まさにその瞬間に、ヴェーラは危機を感じて空を駆け上がった。負傷しているとは言え、まだパルテノペが残っていたのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「回復の時間を与えちゃったか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは舌打ちして銃弾の帯をやり過ごす。パルテノペの両手には拳銃があったが、撃ち出されてくる銃弾の密度はガトリングガンすら凌ぐ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは使い物にならない左手を忌々しく思いながら、右手にサブマシンガンを出現させる。これ以上負傷しては、メルポメネの被害も馬鹿にならなくなる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはパルテノペに向かって突き進む。夥しい数の銃弾は壁を立ててやり過ごす。隙をついてサブマシンガンを撃ち込んでいく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「わたしは……！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはパルテノペが立てた壁に体当りした。半透明の壁は<ruby data-rt="な">為<rp>（</rp><rt>な</rt><rp>）</rp></ruby>す<ruby data-rt="すべ">術<rp>（</rp><rt>すべ</rt><rp>）</rp></ruby>もなく打ち砕かれた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『馬鹿ナッ！？』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　驚愕するパルテノペの額に銃口を向けるヴェーラ。パルテノペの動きが一瞬遅かった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「わたしはね、パルテノペ。わたしは、まだ死にたいとは思っていない。この<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">顔</span></span>にもうんざりしているけど、わたしのことを心から想ってくれる人がいるから、今更わたしは<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">元</span><span class="boten">の</span><span class="boten">わ</span><span class="boten">た</span><span class="boten">し</span></span>を取り戻したいなんて思ったりしない。<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">今</span><span class="boten">の</span><span class="boten">わ</span><span class="boten">た</span><span class="boten">し</span></span>だからこそ受け容れてくれる人がいる以上、わたしは――！<br>」<br>『フ、フフフ……<ruby data-rt="ウラヤ">羨<rp>（</rp><rt>ウラヤ</rt><rp>）</rp></ruby>マシイ、<ruby data-rt="ネタ">妬<rp>（</rp><rt>ネタ</rt><rp>）</rp></ruby>マシイ、話……』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　パルテノペの両手が上がり、その両手の拳銃が火を噴いた。だが、ヴェーラは無表情にその二発の弾丸を避けた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「きみじゃ、わたしを倒すことはできない。今のわたしは、きみには負けない」<br>『ソンナハズ……！』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　パルテノペは幾度も引き金を引いた。無数の弾頭がヴェーラを襲うが、結果は同じだった。かすり傷一つすらつけられていない。常識的に考えて回避など不可能な攻撃だったはずだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「リゲイアも沈んだみたいだよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカに任せていたナイアーラトテップの反応が消えていた。遠くにレベッカの意識が浮かんでいるのが感じられる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「わたしもきみを逃がすわけにはいかない」<br>『セメテ、道連レニ……！』<br>「冗談じゃない」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは冷たくそう言い放つと、無慈悲に引き金を引いた。サブマシンガンから無数の弾丸が放たれ、それは容赦なくパルテノペを<ruby data-rt="うが">穿<rp>（</rp><rt>うが</rt><rp>）</rp></ruby>った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『ネ、姉様……！』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　パルテノペは仰向けに倒れ、<ruby data-rt="うつ">虚<rp>（</rp><rt>うつ</rt><rp>）</rp></ruby>ろな目でヴェーラを見ていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「きみたちでは、わたしたちには勝てない」<br>『姉様……姉様……姉様……』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<ruby data-rt="うわごと">譫言<rp>（</rp><rt>うわごと</rt><rp>）</rp></ruby>のように繰り返すパルテノペに、ヴェーラは眉根を寄せる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『ソウシテ姉様ハ、私タチニ、<ruby data-rt="ゼンキン">漸近<rp>（</rp><rt>ゼンキン</rt><rp>）</rp></ruby>シテイク……！』<br>「漸近？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　問い返すヴェーラの前で、パルテノペは光となって消滅した。</p>



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		<title>17-1-2：超越の瞳</title>
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		<dc:creator><![CDATA[一式鍵]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 09 Apr 2023 00:22:58 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[歌姫は壮烈に舞う]]></category>
		<category><![CDATA[本文-ヴェーラ編２]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　始まったね――。 　闇（バルムンク）の中で、青年は静かに呟いた。青年の左目は赤く輝き、その瞳を通じてその海域で起きているすべての事象を認識していた。 「悪い人ね、本当に」 　青年の背後に、銀の女性が現れ [&#8230;]</p>
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<p class="wp-block-paragraph">　始まったね――。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<ruby data-rt="バルムンク">闇<rp>（</rp><rt>バルムンク</rt><rp>）</rp></ruby>の中で、青年は静かに呟いた。青年の左目は赤く輝き、その瞳を通じてその海域で起きているすべての事象を認識していた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「悪い人ね、本当に」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　青年の背後に、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>の女性が現れる。銀髪の美女ではあったが、それ以上の認識はなんぴとにもできない。青年は目を細め、右手で前髪を払い<ruby data-rt="の">除<rp>（</rp><rt>の</rt><rp>）</rp></ruby>ける。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">銀</span></span>は嘲弄するように言った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「誰もがあなたに<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">使</span><span class="boten">わ</span><span class="boten">れ</span><span class="boten">て</span></span>いるけど、誰もがそれに気付けない」<br>「そういうことなら、それこそが<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">彼</span><span class="boten">ら</span><span class="boten">自</span><span class="boten">身</span><span class="boten">の</span></span>意志なのさ」<br>「そうとも言えるかしら？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　女は目を細め、青年の隣に並ぶ。二人は足元で繰り広げられているナイアーラトテップによる一方的な殺戮を、まるで退屈しのぎのように眺めていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「それはそうと、ツァトゥグァはいったい何をしているんだろうね？」<br>「そうね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　女は肩を竦める。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「また今回も、この歴史でも、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">彼</span></span>は絶対者を気取りたいのでしょうよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　絶対者――女はそこに侮蔑の念を目一杯に込めていた。青年は口角を上げ、言う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「誰もが彼に使われているけど、誰もそれに気が付くことはない」<br>「そう。そういうことならば」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　女は含み笑いをしつつ、青年を鋭く見る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">彼</span><span class="boten">の</span><span class="boten">意</span><span class="boten">志</span></span>はどこにもない、ということになるかしら？」<br>「そうとも、言えるね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　自分の立場をも同時に<ruby data-rt="やゆ">揶揄<rp>（</rp><rt>やゆ</rt><rp>）</rp></ruby>され、青年は苦笑を見せた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「それにしてもさ、面白くないかい？」<br>「何が、かしら？」<br>「セイレネス同士の大きな<ruby data-rt="コリジョン">衝突<rp>（</rp><rt>コリジョン</rt><rp>）</rp></ruby>は、多くの人を覚醒させるだろう。しかしそれは僕たちだけの知識だったはずなんだ。だけどどういうわけか、そのことにあのクロフォードという男は気が付いたみたいなんだ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　青年は<ruby data-rt="オーロラグリーン">薄緑色<rp>（</rp><rt>オーロラグリーン</rt><rp>）</rp></ruby>に輝き始めた海域を眺めながら、肩を<ruby data-rt="すく">竦<rp>（</rp><rt>すく</rt><rp>）</rp></ruby>めてみせた。女は腰に手を当てて「ふっ」と笑う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あの男はツァトゥグァが囁いた相手ですもの。入れ知恵のひとつやふたつ、あったとしても不自然なことではないわ」<br>「ふむ、それもそうか」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　青年は顎に手をやって、小さく頷いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「僕にとっての不確定事象というものは、君たちという異形の存在のみなんだよね。でも、それゆえにペンデュラムは揺れる。君たちがそういう存在であるからこそ、揺らぎは止まらない。僕にとっての事象はいつまでも確定しないんだ」<br>「あなたはそれを<ruby data-rt="たの">愉<rp>（</rp><rt>たの</rt><rp>）</rp></ruby>しんでいると？」<br>「君は？　どうなんだい？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　問いに問いで返され、女は幾分不愉快な表情を見せる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「<ruby data-rt="バロック">歪められた事象<rp>（</rp><rt>バロック</rt><rp>）</rp></ruby>は、私は好みません」<br>「それがたとえ正しいものだったとしても？」<br>「その正しさの定義は揺らぎに満ちていますが、そもそも私にとって楽しくないものは、総じて正しいものなんかじゃないわ」<br>「さすがだね、アトラク＝ナクア。冥界奈落の女郎蜘蛛――君らしい名前だよ、実に」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　眼下では三隻のナイアーラトテップが集結しつつあった。それぞれに、リゲイア、パルテノペ、レウコテアという名前を与えられている<ruby data-rt="ショゴス">素質者<rp>（</rp><rt>ショゴス</rt><rp>）</rp></ruby>たちである。三人の娘たちは、ヤーグベルテ第七艦隊の艦艇を次々と<ruby data-rt="ほふ">屠<rp>（</rp><rt>ほふ</rt><rp>）</rp></ruby>っていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　だが、この無敵に見える三隻のナイアーラトテップでも、戦艦には勝てない。ヴェーラとレベッカに勝つことはかなわない。<ruby data-rt="セイレーン">歌姫<rp>（</rp><rt>セイレーン</rt><rp>）</rp></ruby>としての力も、艦艇の兵器としての能力も、アーシュオンのほうが二段も三段も劣っているからだ。青年――ジョルジュ・ベルリオーズが供出した技術のレベルには、意図的な差異があった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　セイレネス同士を衝突させることで、<ruby data-rt="オーシュ">響応統合構造体<rp>（</rp><rt>オーシュ</rt><rp>）</rp></ruby>が大量に発生する可能性があることについては、ベルリオーズをしても未だに確証はなかった。だが、その前兆現象とも言えるものは、今までの衝突の結果として少数が確認されていた。いわば<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">次</span><span class="boten">世</span><span class="boten">代</span><span class="boten">の</span></span><ruby data-rt="セイレーン">歌姫<rp>（</rp><rt>セイレーン</rt><rp>）</rp></ruby>たちの発生である。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「レメゲトン現象に、セラフの卵――あなたのセンス？　大層なネーミングね？」<br>「いいセンスだろう？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ベルリオーズは動き出した戦艦たちを確認しながら、微笑を見せる。アトラク＝ナクアは銀髪を後ろに払う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ツァトゥグァのおかげで、ますます世界は面白くなるだろう」<br>「あのクロフォードという男は、レメゲトン現象の<ruby data-rt="れいき">励起<rp>（</rp><rt>れいき</rt><rp>）</rp></ruby>を加速させるつもりよ。いいの？」<br>「そんなことは予測の範囲内さ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ベルリオーズは軽い口調でそう返す。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「まだしばらくの間は、僕はここで<ruby data-rt="デウス・エクス・マキナ">宙乗りの神<rp>（</rp><rt>デウス・エクス・マキナ</rt><rp>）</rp></ruby>を気取ることにするさ」<br>「ならば私も同席させていただくわ。あなたという事象は、それはそれで面白いもの。ティルヴィングを与えた甲斐もあるというものよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　アトラク＝ナクアのその冷たい口調を受けて、ベルリオーズは左の目を細めた。赤く燃えるその瞳が、アトラク＝ナクアを焼き尽くそうとするかのように強く輝く。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「好きにすると良いよ、アトラク＝ナクア」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ベルリオーズはそう言って、また眼下を冷然と<ruby data-rt="へいげい">睥睨<rp>（</rp><rt>へいげい</rt><rp>）</rp></ruby>した。</p>



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		<title>17-1-1：三体のナイアーラトテップを前にして</title>
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		<dc:creator><![CDATA[一式鍵]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 08 Apr 2023 00:25:51 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[歌姫は壮烈に舞う]]></category>
		<category><![CDATA[本文-ヴェーラ編２]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　ヴァルターの処刑から二ヶ月が過ぎ、二〇九〇年十二月後半に差し掛かる頃――。 　第七艦隊総司令官、リチャード・クロフォード准将は、旗艦ヘスティアのCIC（戦闘司令室）の司令席にて、ナイアーラトテップとの戦 [&#8230;]</p>
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<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターの処刑から二ヶ月が過ぎ、二〇九〇年十二月後半に差し掛かる頃――。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　第七艦隊総司令官、リチャード・クロフォード准将は、旗艦ヘスティアの<ruby data-rt="戦闘司令室">CIC<rp>（</rp><rt>戦闘司令室</rt><rp>）</rp></ruby>の司令席にて、ナイアーラトテップとの戦闘に備えていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　これから行われるのは、二隻の戦艦――メルポメネとエラトー――を主軸に据えた、大規模な掃討作戦だ。戦艦はその莫大な運用コストにより、軽々な運用をすることができない。まして、万が一にでも喪失するようなことが起きてしまうと、ヤーグベルテの命運すら消し飛びかねない。軍首脳部は総じて戦艦を矢面に立たせることには<ruby data-rt="ちゅうちょ">躊躇<rp>（</rp><rt>ちゅうちょ</rt><rp>）</rp></ruby>していた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　しかし、クロフォードは戦艦を最前線に押し出す必要性を説き続けた。今回の作戦の目標はそもそも、新たに存在が確認された<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">三</span><span class="boten">隻</span></span>ものナイアーラトテップを撃破殲滅することである。通常艦隊では手も足も出ないことは火を見るよりも明らかであった。そもそもセイレネスなしには戦えないのだ。そしてセイレネスは物理的距離の影響も少なからず受ける。となれば、思い切って最前線に立たせ、正面から激突、一挙殲滅と持ち込むのが最上策であると、クロフォードは考えた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　セイレネスの担当主幹である参謀部<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">第</span><span class="boten">六</span><span class="boten">課</span></span>はその作戦に難色を示した。主な理由はヴェーラの不調・不安定さである。そこでクロフォードは<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">第</span><span class="boten">三</span><span class="boten">課</span></span>のアダムス大佐に働きかけ、今回の作戦を強引に押し進めた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　クロフォードの視線の先で、通信班と索敵班員の動きが慌ただしくなる。それとほとんど同時にレベッカからの通信が入る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『クロフォード准将、目標三体を発見しました。レーダーリンク、開始します』<br>「ご苦労。索敵班、処理急げ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　クロフォードは正面にあるメインモニタを無表情に見つめる。ほどなくして、ナイアーラトテップ三隻の位置情報が反映される。索敵班の班長が即座に上方を確認して、クロフォードを振り返る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「距離、百五十キロ。このままですと二時間半後には接敵します」<br>「よろしい。艦隊および戦艦たちへの通信を開け」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　クロフォードは席に備え付けられたマイクを手に取った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「これより我々は、ナイアーラトテップ三隻との戦闘を開始する。我々第七艦隊は<ruby data-rt="おとり">囮<rp>（</rp><rt>おとり</rt><rp>）</rp></ruby>である。なお、我々の哨戒経路は、事前に敵軍にリークされている！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　これまで行動を秘匿し続け、神出鬼没の遊撃部隊として、散々にアーシュオンを苦しめてきた第七艦隊である。それが単体で動き回るという情報をアーシュオンは掴まされた。真偽はともかく、アーシュオンは動かざるを得ない。であれば、もっとも運用しやすくかつ被害が出ることも考えにくいナイアーラトテップを動員してくるだろう――クロフォードの読みは的中した。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「我々はクラゲどもの待ち伏せに真正面から突っ込むことになる。よって、甚大な被害が予測される」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　クロフォードは淡々と告げる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「だが、信じろ。戦艦を。セイレネスを。<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">デ</span><span class="boten">ィ</span><span class="boten">ー</span><span class="boten">ヴ</span><span class="boten">ァ</span></span>たちを」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<ruby data-rt="セイレーン">歌姫<rp>（</rp><rt>セイレーン</rt><rp>）</rp></ruby>の力については、今や世界中で知らぬ者はいない。絶対の信頼性、圧倒的な力――彼らの思うセイレネスの力とはそのようなものだろう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そしてまた、ヴェーラの力が今までになく高まっていることも、データで確認済みだった。ヴェーラが精神的安定性を欠いていることを逆手に使い、薬物を大量に投与する大義名分を得た。クロフォードのその<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">助</span><span class="boten">言</span></span>は功を奏し、どうしても不安定さが残っていたセイレネスを、極めて高いレベルで安定させることができるようになった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その対照実験として、レベッカには薬物は投与していない。幸いにしてレベッカの精神的堅牢性は極めて高く、かつ安定しており、定期的なカウンセリングさえ行っていればセイレネス運用には何も支障が出ないことが確認されている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　この日の準備のために、クロフォードは二年以上を費やした。それでも当初の見込みではあと数年はかかる予定だった。アーシュオンのトップエースを手に入れられたことが、予想外の方向でプラスに作用した。ヴァルター・フォイエルバッハの存在とその扱いで、ヴェーラの精神はかなりのところまでコントロールできることが確認できたのだから。今後のヴェーラの<ruby data-rt="しい">思惟<rp>（</rp><rt>しい</rt><rp>）</rp></ruby>の誘導のために、有意なデータが多数取得できたというのは思わぬ副産物だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　悪く思うなよ、エディット・ルフェーブル――。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　クロフォードは心の中で懺悔する。<br>　<br>　しかし、これはヤーグベルテにとっては必要な通過儀礼だ。<ruby data-rt="セイレーン">歌姫<rp>（</rp><rt>セイレーン</rt><rp>）</rp></ruby>は貴重な存在だったが、だからこそ、国家の命運を担うという大義を背負わなければならない。その大義の前には、一個人の権利や自由など、<ruby data-rt="いっこ">一顧<rp>（</rp><rt>いっこ</rt><rp>）</rp></ruby>だに値しないのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レーダーに目をやれば、ナイアーラトテップを示す三つの光点は、確実に第七艦隊に接近してきていた。だが、あれらはまだ高度に<ruby data-rt="コンシール">隠蔽<rp>（</rp><rt>コンシール</rt><rp>）</rp></ruby>された戦艦には気付いていない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ヴェーラ、レベッカ。我々はクラゲどもに手が出せない。手早く頼む」<br>『了解』<br>『了解しました』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　二人の<ruby data-rt="セイレーン">歌姫<rp>（</rp><rt>セイレーン</rt><rp>）</rp></ruby>が同時に応じる。どちらの声にもほとんど感情のようなものが感じられない。無機的で冷たい声だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　だが、それでいいのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　クロフォードは苦笑を見せる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラたちに求めているのは<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">人</span><span class="boten">間</span><span class="boten">性</span></span>などという陳腐なものではない。<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">兵</span><span class="boten">器</span></span>としての優秀さこそが、本質だ。ヴェーラの強制的な精神安定も、レベッカの強靭な精神力も、どちらも軍にとっては有用なものだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの前例により、不安定になった<ruby data-rt="セイレーン">歌姫<rp>（</rp><rt>セイレーン</rt><rp>）</rp></ruby>には薬物投与という手段が使えることが明らかになった。いや、もしかしたら一番最初の段階から薬物投与を行い、初期状態から高い安定性を確保するというのも手段としては有効なのかもしれない。人道性がという批判も出ようが、明確な国防・国益の前にそんなくだらない議論はするに値しない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「俺の思惑など、あいつにはとうにお見通しだと思うが」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　クロフォードは頬杖をつきながら呟いた。エディット・ルフェーブルに対する良心の呵責のようなものがないわけではない。だが、そんなことも、クロフォードにしてみれば些細な問題に過ぎなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「艦隊に通達。敵、ナイアーラトテップ三隻を最大射程に捕捉。我々は気付かぬふりをして、奴らの支配海域を通過する」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　クラゲどもが食いつくのを待つ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ジリジリするような時間が過ぎる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　クロフォードは腕を組み、シートに身体を押し付けて待つ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　第七艦隊全体の緊張が、限界にまで高まっている。少なからぬ艦艇がナイアーラトテップの餌食になるだろう。あるいはこの旗艦・ヘスティアが真っ先に沈められる可能性もある。だが、それでも、ナイアーラトテップを三隻殲滅できるのであれば、お釣りが来る。自分たちにはそれだけの覚悟があるのだ。文字通りに命を賭けているのだ。<ruby data-rt="セイレーン">歌姫<rp>（</rp><rt>セイレーン</rt><rp>）</rp></ruby>たちの舞台のために、自分たちは命を捧げているのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ゆえに。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<ruby data-rt="セイレーン">歌姫<rp>（</rp><rt>セイレーン</rt><rp>）</rp></ruby>たちの人権や人格など、取るに足らない。議論の<ruby data-rt="そじょう">俎上<rp>（</rp><rt>そじょう</rt><rp>）</rp></ruby>にすら上げて良いような話題でもないのだ。国家国民の命運を前にして、<ruby data-rt="セイレーン">歌姫<rp>（</rp><rt>セイレーン</rt><rp>）</rp></ruby>といえどもたかだか一個人に過ぎない人間の<ruby data-rt="わがまま">我儘<rp>（</rp><rt>わがまま</rt><rp>）</rp></ruby>など聞いていられるはずもない。今の情勢はそんな悠長なことを言っていられるフェイズではないのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「提督！　駆逐艦ゼタ２がロスト！　駆逐艦ヒリアおよびウーレが対潜攻撃を開始しました」<br>「よろしい」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　クロフォードは立ち上がる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ゼタ２乗員の救助に二隻回せ。対潜攻撃部隊および戦闘機、発艦させろ。クラゲどもの艦載機を足止めするだけでいい！　艦隊はクラゲを引き付け続けろ。いかなる犠牲を払ってでも、三隻全てを戦艦に仕留めさせろ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　指示を出しているうちに駆逐艦ヒリアが撃沈させられ、救助に向かっていた駆逐艦アッバルと軽巡キレントが大破する。ナイアーラトテップたちは猛烈な勢いで艦隊を突っ切り、まっすぐにヘスティアへと向かってきていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「長くは持たんな」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　恐ろしい攻撃力を持つナイアーラトテップ。その急速接近を確認しながら、クロフォードは目を細めた。</p>



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		<title>16-3-2：扉</title>
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		<pubDate>Sun, 02 Apr 2023 02:25:54 +0000</pubDate>
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		<category><![CDATA[本文-ヴェーラ編２]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　それから約一ヶ月後のことである。 　ヴェーラは夢を見ていた。 　目の前には二人の憲兵に連れられたヴァルターが立っていた。ヴェーラはヴァルターを見つめ、ヴァルターもまた、ヴェーラを見つめていた。 　ヴェー [&#8230;]</p>
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<p class="wp-block-paragraph">　それから約一ヶ月後のことである。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは夢を見ていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　目の前には二人の憲兵に連れられたヴァルターが立っていた。ヴェーラはヴァルターを見つめ、ヴァルターもまた、ヴェーラを見つめていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは震える声をおさえつけて、言った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「わたしは、あなたを愛してしまった」<br>「知っていた」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターは優しい眼差しでそう応える。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「だけど、俺はエルザを愛していたし、今でも愛している。だから、その気持ちを受け取ることはできないんだ」<br>「そうと分かっていても、わたしはあなたを愛してしまった」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの視界が涙で揺れる。眩しくて、思わず指で目をこすった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「次は出会いの順番が違えば良い……のかもしれないな」<br>「そう、だね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　うつむいて涙を流すヴェーラの髪に触れ、ヴァルターは少し困ったような微笑を浮かべた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ごめんな――」<br>「謝らないで」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは首を振る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「わたし、きっと、そういうところを含めて、あなたのこと」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは両手を握り締め、唇を噛み、両目を力いっぱいに閉じた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　数秒の末に目を開けると、憲兵の動きよりも先にヴァルターを抱きしめていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなたのことを、愛していたから！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　涙が止まらない。憲兵たちも困惑したように顔を見合わせている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは声を上げて泣いた。憲兵たちが時間を気にし始めてもなお、二人は離れなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「何をしている、時間だぞ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　通路の奥から参謀部の制服を付けた女性将校が姿を見せる。軍帽を目深に被り、軍靴の音を高らかに響かせていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　憲兵たちが慌てて敬礼すると、女性将校は軍帽を直しながら頷く。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「待って！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　連れて行かれようとするヴァルターに、ヴェーラは追いすがる。憲兵は銃を見せて追い払おうとしたが、女性将校に止められる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「いいのですか」<br>「構わん。結果は変わらんのだ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは女性将校を一瞬振り返ったが、すぐにヴァルターの腕にすがりついた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「さいごに、さいごに……キスだけでも！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの願いに、ヴァルターは暫くの間、固まった。しかしやがて、小さく頷いてみせた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「一度だけ、だぞ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そうだ、一度だけ。何がどうなっても、この一度が最後。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは頷いた。それでもいい。それで、いい。この結末を導いたのは、自分なのだから。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターはヴェーラの背に手を回し、ゆっくりと唇を重ねた。温かい感触がヴェーラを包み込み、吐息がヴェーラを満たす。その温かさは、傷だらけの心に<ruby data-rt="し">沁<rp>（</rp><rt>し</rt><rp>）</rp></ruby>みた。痛くて、痛すぎて、ヴェーラは泣いた。それでもその唇からは離れられなかった。痛みが、ヴェーラを満たしていた。容赦のない痛みが、心に出来た全ての傷を覆っていく。容赦のない痛みが、心にできたすべての傷を埋めていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「時計が進んでいたようだが」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　女性将校は軍帽の手をやって、その赤い瞳で二人を見た。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「残念ながら、今度こそ時間だ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　――ヴェーラの初めてのキスは、終わった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは崩れ落ち、床に爪を立てて叫ぶように泣いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「さぁ、行くぞ、フォイエルバッハ少佐」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　女性将校がヴァルターの肩に手を置き、言った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　最後の扉が開く。ヴァルターたちがその向こうに消える。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ヴァリーッ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　分厚い扉が、ヴェーラとヴァルターとを明確に<ruby data-rt="へだ">隔<rp>（</rp><rt>へだ</rt><rp>）</rp></ruby>てた。叫ぶその名も、扉に弾かれて虚しく消える。この声がヴァルターに届くことはもう二度とない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ちゃんと伝えられただろうか。迷いはなかっただろうか。ヴァルターは……少しは安らげたのだろうか。ヴェーラは嗚咽に苦しみながら、そんなことを考えた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　やがて――。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは目を覚ます。午前二時。アーシュオンの首都は……午後一時。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは跳ね起きるとベッドから飛び降りた。そしてそのまま裸足のまま階段を駆け下りた。胸騒ぎが呼吸をも阻害する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　リビングは暗かった。テレビの明かりが、忙しく壁と天井を<ruby data-rt="いろど">彩<rp>（</rp><rt>いろど</rt><rp>）</rp></ruby>っている。ソファにはエディットが一人腕を組んで座っていて、とても厳しい顔をしていた。その視線の先にはテレビの画面がある。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「エディット、あのね、いま、ヴァリーが……！」<br>「いま……」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは驚いたように顔を上げて、ヴェーラを振り返った。そして小さな声で言った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ええ、いま、よ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　テレビの画面が速報に切り替わっていた。ヴェーラは思わずそのテロップを音読した。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「オルペウス開発の最大の功労者、アーシュオンにて謀殺される……？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　何を言っているんだろう、このテレビ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは心が急に冷たくなったのを感じた。不愉快な感触だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　テレビの向こうでは、ヤーグベルテのマサリク上院議員が、拳を振り上げて叫んでいた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『今、まさに今！　我が国のために単身敵地に乗り込み戦った英雄は、このようにして、死んだ！　否、殺された！　我々は我らが救国の英雄、ヴァルター・フォイエルバッハの死を無駄にしてはいけない！』<br>「え？　……えっ？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　理解が追いつかない。ヴェーラは混乱した。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そして思考回路が焼ききれそうになって、ようやく、ヴェーラは「嘘だ！」と叫んだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「エディット、この人なにを言っているの！？　この人、ヴァリーをヤーグベルテのスパイだったみたいなことを言っている！　何言ってるの、この人！　ねぇ！？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その時、レベッカが息を切らせてリビングに現れた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「大きな声出して、どうしたの、ヴェーラ」<br>「ヴァリーが今、殺されたんだ」<br>「い、いま……？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカは見ていた。ついさっきまで。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　自分がヴァルターを処刑場に連れて行く憲兵になった夢を。ヴァルターはやや色の抜けた黒髪を肩口で切りそろえた女性と、長いキスをしていた。そして目を覚ます直前に、ヴァルターが――。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカは唾を飲み込み、呆然とヴェーラの空色の瞳を見た。ヴェーラは拳を震わせながら、レベッカに救いを求めるかのような口調で言い<ruby data-rt="つの">募<rp>（</rp><rt>つの</rt><rp>）</rp></ruby>った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「そしたらね、テレビのあの人が！　ヴァルターのことをヤーグベルテの英雄だったって。スパイだったんだって！」<br>「えっ？　な、なに言ってるの、その人」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカの目が吊り上がる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「エディット、どういうことなんですか。説明してください」<br>「……私には、何も言えないのよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは顔を手で覆う。その途端、ヴェーラは床を蹴ってリビングから出て行った。力いっぱいに閉められたドアが大きな音を立て、窓ガラスまで揺らした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「エディット、これはつまり、政治の都合ですか」<br>「何だって使う」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは首を振る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「国益の名の<ruby data-rt="もと">下<rp>（</rp><rt>もと</rt><rp>）</rp></ruby>、国際的地位の相対的向上のためならば、なんだって。それが今の時代の<ruby data-rt="シビリアンコントロール">文民統制<rp>（</rp><rt>シビリアンコントロール</rt><rp>）</rp></ruby>の姿なのよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　それを聞いたレベッカは、急激に脳の温度が下がっていくのを感じた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「無情、ですね」<br>「政治の力の前には、私たちは驚くほどに無力なのよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットの独白に対し、レベッカの心は全く動かなかった。感情が凍てついてしまったかのようだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「死者の名誉まで<ruby data-rt="けが">穢<rp>（</rp><rt>けが</rt><rp>）</rp></ruby>して、私たちは何をしたがっているのでしょうね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカの冷たい表情と声音が、憔悴しきった様子のエディットを襲う。エディットは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出し、顔も上げぬままにポツリと言った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「それは、私が答えるべきことではないわ」<br>「そう、でしょうね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカは冷たく言い放つと、静かに自分の部屋へと戻っていった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは両手を握りしめる。拳が震える。義眼は冷淡にテレビの映像を脳に送り込み続けている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「私にどうしろっていうの」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　どうしたら良かったというの？　私になにができたって？</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは我慢できなくなるほど強く奥歯を噛みしめる。砕けてしまえと祈りながら、噛み締めた。だが、奥歯は砕けず、エディットの祈りは叶わなかった。涙は出ない。エディットの目に落涙の機能はない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　泣けないことが辛かった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「くそっ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　悔しい。無力で何もできない、何もできなかった自分が、虚しい。憎らしかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「くそっ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　握り締めた両手の拳をテーブルに向けて打ち下ろす。「砕けてしまえば良い！」そう思いながら、だがしかし限界ギリギリに力加減をしてしまう自分に、ほとほと嫌気がさした。結果として両手は痺れるほどに痛んだが、所詮はそこまでだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「なんだよ、なんなのよ、もう……！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは両手で髪を乱暴に<ruby data-rt="つか">掴<rp>（</rp><rt>つか</rt><rp>）</rp></ruby>む。豪奢な金髪が乱れる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「私、何してるんだろ……！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　大切なあの子たちに、何もしてやれてない。それどころか苦しみの片棒を担いでる。いろんな言い訳を口にして、結局は成り行きに任せて。ごめんなさいすら言えない立場に、私はまだしがみついているんだ。<ruby data-rt="みじ">惨<rp>（</rp><rt>みじ</rt><rp>）</rp></ruby>めだ。情けない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　横隔膜が痙攣する。嗚咽が生まれる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ごめんなさい……」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは誰も聞く者のいない謝罪を口にする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ごめんなさい……」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エディットは激情のままに、髪を<ruby data-rt="か">掻<rp>（</rp><rt>か</rt><rp>）</rp></ruby>き<ruby data-rt="むし">毟<rp>（</rp><rt>むし</rt><rp>）</rp></ruby>った。</p>



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		<title>16-3-1：ロジカル・コンバット</title>
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		<dc:creator><![CDATA[一式鍵]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 01 Apr 2023 02:02:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[歌姫は壮烈に舞う]]></category>
		<category><![CDATA[本文-ヴェーラ編２]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　ヴェーラの奥歯が音を立てる。顎が痺れるほどに、ヴェーラは歯を噛み締めた。 　この決断をしたのは、わたしだ。 　なのに――。 　ヴァルターにも、カティにも、撃たせない。たったそれだけの決断だった。 　絶対 [&#8230;]</p>
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<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの奥歯が音を立てる。顎が痺れるほどに、ヴェーラは歯を噛み締めた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　この決断をしたのは、わたしだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　なのに――。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターにも、カティにも、撃たせない。たったそれだけの決断だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　絶対にカティを撃墜させない。それが大前提だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　だが同時に、カティがヴァルターを撃墜してもいけない。それが次の条件だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラにとって大切な人が、ヴェーラの好きな人を殺してはならないのだ。答えはとてもシンプルだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　しかし、結果としてヴァルターは死ぬ。この戦闘の結果では、ヴァルターの死を免れられるなんてことはないだろう。アーシュオンという国は、既定路線に乗せられたものに対しては非情だ。立てた功績すべてを剥ぎ取って、処刑場に送るのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そうとわかっていても、ヴェーラにはそれ以上の手段を思いつくことができなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　血を吐くような思いと<ruby data-rt="おこない">行為<rp>（</rp><rt>おこない</rt><rp>）</rp></ruby>。その結果が、ヴァルターとカティの戦いの、この結末となったのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そもそも、ヴェーラたちは当初ヴァルターたちに干渉できない位置にいた。ヴァルターの対セイレネス能力によって、ある程度の距離に近づかなければ、「トリガーを引かせない」といった繊細な干渉は難しかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラたちは遠くにいたナイアーラトテップが前線に向かって動き始めたのを検知し、それに呼応して戦艦を前に進めていた。それによって、ヴァルターたちをセイレネスの有効射程に収めることができたのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「結局、偶然だ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは自らを<ruby data-rt="あざ">嘲<rp>（</rp><rt>あざ</rt><rp>）</rp></ruby>笑う。こんな偶然がこのタイミングで起こらなければ、今の戦いはヴァルターの勝利で終わっていた可能性が高かった。ナイアーラトテップが出てきてくれなければ、ヴェーラたちはただカティが撃墜されるさまを眺めているだけだったかもしれない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「クソッ……」<br>『ヴェーラ、クラゲがッ！』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカの叫び声と共に、暗黒の空間が突如、明転した。ナイアーラトテップを有効射程に捉えた瞬間の出来事だ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　空間はひたすらの白。壁も天井も床もない。だが、足には固い感触が伝わってくる。そこに自分の影はない。あるのは、自分と、黒いドレスの黒髪の少女の姿だ。そこにレベッカも姿を見せる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはレベッカの気配を隣に感じながら、油断なくその少女を見る。<ruby data-rt="ひが">彼我<rp>（</rp><rt>ひが</rt><rp>）</rp></ruby>の距離は十メートルほどだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　少女はヴェーラたちを黒い瞳で見つめ、口を開いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『私ハ、ヒメロペ。テルクシエペイア、ハ、何処……？』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　何もないはずの空間に、その声が<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">反</span><span class="boten">響</span></span>する。ヴェーラは右手でレベッカの左手をしっかりと握り締め、黒髪の少女を睨み<ruby data-rt="す">据<rp>（</rp><rt>す</rt><rp>）</rp></ruby>えた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ベッキー、この子、あの時逃げたナイアーラトテップだ」<br>「あの時？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカは問い返してから、その出来事に思い至った。弾道ミサイルを用いてナイアーラトテップを一隻撃沈した、あの戦いのことだろうと。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『姉様ハ、何処……！？』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　少女の声が響くたびに、ヴェーラとレベッカの周囲の空間がほのかに揺れる。薄緑色の波紋が広がり、少女に届く。すると少女の周りにも波紋が生まれた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その現象に困惑するレベッカを尻目に、ヴェーラは冷たい微笑を見せていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなた、ヒメロペだっけ？　あなたは何のために戦っているの？」<br>『知ラナイ』<br>「じゃぁ、何のために殺すの？」<br>『<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">敵</span></span>ダカラ……』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　明快にして迷いのない答えを聞いて、ヴェーラは音高く舌打ちした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「それはあなたにとっての<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">敵</span></span>？　それとも、あなたの大事な誰かにとっての<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">敵</span></span>？」<br>『知ラナイ。敵ハ、倒ス。ソレガ、私ノ<ruby data-rt="レーゾンデートル">存在理由<rp>（</rp><rt>レーゾンデートル</rt><rp>）</rp></ruby>』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そんなことで――。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　なんと幸せな<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">敵</span></span>なのだろう、彼女は。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">敵</span></span>を鋭く呪った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そこまで割り切ってしまえることに、<ruby data-rt="いな">否<rp>（</rp><rt>いな</rt><rp>）</rp></ruby>、その程度の思考に。ヴェーラはそれに今、心の底から憧れ、呪った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなたは、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">何</span><span class="boten">な</span><span class="boten">の</span></span>、ヒメロペ」<br>『私ハ……ナイアーラトテップ……這イ寄ル混沌』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　少女はそう言って両手を広げた。一瞬の輝きの後、その手には拳銃が出現していた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「なんの手品だ、アレ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは突如出現した武器に驚く。そのヴェーラの右手をレベッカが引っ張る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ここは論理層よ、ヴェーラ。私たちも武器を持ちましょう」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　まだ困惑しているヴェーラに向けて、ヒメロペは両手の銃を上げて発砲してきた。一発はレベッカの右腕をかすめ、もう一発はヴェーラの左頬を浅く切った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「いったいなッ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　頬を抑えて怒鳴るヴェーラと、右腕をさすりつつ考え込むレベッカ。ヒメロペは次の一撃で決めようと距離を詰めてくる。数メートルとない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「論理層は、観測によって」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカは左の掌をヒメロペに向かって突き出した。ヒメロペは壁にぶつかったかのように弾き飛ばされる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「事象が組み上がる。たぶんね」<br>「すごい、どうやったの」<br>「強くイメージするの。今は私たちとヒメロペの間に壁を立てた」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヒメロペはその場から射撃を繰り返す。が、レベッカの立てた壁をいくらか削って終わった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「こんな機能、聞いてないよ、わたし！」<br>「私もよ。戦艦独自のモジュールでしょうね、新しいやつ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　この機能の実現は、相手のセイレネスに干渉するオルペウスの副産物であるとも考えられる。それにしても何の断りもなく新機能が実装されているとは。ヴェーラとレベッカは、ブルクハルトの飄々とした様子を想像しながら、小さく溜息をついた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「好き放題やってくれちゃって、あの教官は」<br>「でもおかげで助かったわ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカは壁を挟んでヒメロペと正対する。彼我の距離はおそらく三メートルもない。レベッカはヴェーラの右肩に触れて囁いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「この論理層のダメージは、おそらく物理層にも跳ね返る」<br>「よいっしょっと」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは軍用のアサルトライフルを強くイメージする。するとヴェーラの目の前に無骨なアサルトライフルが出現した。ほとんど同時にレベッカの目の前には対物狙撃ライフルが現れる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「この距離で狙撃銃？」<br>「し、仕方ないでしょ。イメージできなかったんだもの」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカは言いながら<ruby data-rt="セーフティ">安全装置<rp>（</rp><rt>セーフティ</rt><rp>）</rp></ruby>を解除する。ヴェーラもアサルトライフルを手にしたのは初めてだったが、使い方はなぜだかすぐに理解できた。<ruby data-rt="セーフティ">安全装置<rp>（</rp><rt>セーフティ</rt><rp>）</rp></ruby>を玄人ばりの手付きで解除し、チャージングハンドルを引き、セレクターレバーを連射に合わせる。装弾数は知らないが、足りないことはないだろうとヴェーラは判断する。そもそもイメージの世界だ。マガジンの大きさなど問題ではないはずだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ヴェーラ、相手の武器が変わった」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヒメロペも拳銃では<ruby data-rt="ラチ">埒<rp>（</rp><rt>ラチ</rt><rp>）</rp></ruby>が明かないと判断したのか、両手にマシンガンを出現させていた。壁を回り込もうとするヒメロペと、それを阻害するように壁を立てるレベッカの間の攻防が繰り広げられる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ベッキー、防戦一方じゃどうにもならない。<ruby data-rt="あっち">物理層<rp>（</rp><rt>あっち</rt><rp>）</rp></ruby>側の状況もわからないし」<br>「そうね。時間かけたくないわね」<br>「生身の撃ち合いなんて、想定外も良いところだけど」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはアサルトライフルを構える。だが、壁が邪魔になって射線が確保できないでいる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ただ見せられてるだけってのよりは、まだ救いもあるか」<br>「ヴェーラ……！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　いよいよ壁が消失した。たちまち赤い<ruby data-rt="レーザーサイト">照準線<rp>（</rp><rt>レーザーサイト</rt><rp>）</rp></ruby>のようなものがヴェーラとレベッカを捉えてきた。一方でヒメロペの身体の周りには、青い<ruby data-rt="レティクル">照準円<rp>（</rp><rt>レティクル</rt><rp>）</rp></ruby>が発生していた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラとレベッカは同時に反対方向へと跳んだ。その瞬間、ヒメロペからの銃弾の群れが二人がいた場所を貫き通した。ヒメロペは二人をそれぞれ照準し、左右のマシンガンを変幻自在に撃ち放ってくる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あぶな！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは寸でのところで壁を立てて銃弾を防ぐ。だが、壁も長くは持たない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ベッキー、防御頼んでいい？」<br>「いいの？」<br>「うん。たぶん、防御はわたしがやるよりベッキーのほうが確実だ。その分きみの防御は手薄になるけど」<br>「その分あなたが早く倒してくれればいい、<ruby data-rt="ユー・コピー">でしょ<rp>（</rp><rt>ユー・コピー</rt><rp>）</rp></ruby>？」<br>「<ruby data-rt="アイ・コピー">了解<rp>（</rp><rt>アイ・コピー</rt><rp>）</rp></ruby>」<br>　<br>　ヒメロペとヴェーラの距離は十五メートルほどある。もっともここは論理層だ。物理的距離がどこまで当てになるかは懐疑的にならざるをえない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「こんな白兵戦させるなら、ちゃんと訓練くらいさせてほしいよね」<br>「まったくだわ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカは呼吸を整え、ヴェーラの頷きかけた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「走って！」<br>「<ruby data-rt="アイ・マム">了解<rp>（</rp><rt>アイ・マム</rt><rp>）</rp></ruby>」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　壁が消えた瞬間にヴェーラが動く。赤い照準線がヴェーラを捉える。瞬間、その場所にピンポイントで壁が生まれ、射線を切る。ヴェーラは即座に機動を変え、壁を回り込む。そこにまた赤い照準線が走る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカの防御は的確だった。自身もヒメロペの左手のマシンガンで攻撃を受けつつも、ヴェーラへの射線切りは完璧に行えている。レベッカ自身が驚くほどの集中力が発揮されていた。ヒメロペの次の行動が読めるかのようだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラがアサルトライフルを連射する。それはヒメロペの立てた壁に阻まれる。ヴェーラは一歩退いて再度連射を試みようとして、一拍置いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヒメロペのマシンガンが二丁ともヴェーラに向けられる。まずはヴェーラにトドメを刺そうという目論見だった。ヴェーラは目を細めてヒメロペを見る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　直後、ヒメロペは倒れた。背後に回ったレベッカの一撃が、ヒメロペの右膝を吹き飛ばしていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは冷たい表情でヒメロペに近づき、両手のマシンガンを蹴り飛ばした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなたのような存在は幸福だよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　大ダメージを受けて朦朧としているヒメロペに、ヴェーラは囁いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『アナタモ、私タチノヨウニ、ナレバ、イイノニ……』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　周囲は再び完全に白の世界に戻っていた。戦いの痕もない。ただ右足を失ったヒメロペと、レベッカと、ヴェーラだけがいる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「わたしはね、ヒメロペ。大事なものが何なのか。そんなことも言えないような存在にはなりたくないんだ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはそう言い切ったが、ヒメロペの黒い瞳は懐疑の表情を浮かべていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『逃ゲラレナイコトカラ、逃ゲヨウトスル事ハ、単ナル――』<br>「それでも！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはヒメロペの前にしゃがみ込んだ。レベッカはその後ろで、対物狙撃ライフルの銃口をヒメロペに向けている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「それでもね、わたしは考える。悩む。苦しんだっていい。そしてわたしは、わたしの結論を出す！　わたし自身の言葉で、行動で、示す！　わたしの命を賭けてでも、わたしはわたしの正義を貫く！」<br>『ソノ人モ……』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヒメロペはレベッカを指差す。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『同ジト言エルノカ』<br>「あたりまえだ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはヒメロペを睨み、吐き捨てた。そして険しい表情のままレベッカを振り返る。レベッカは頷き、毅然として言った。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなたの言葉には、私たちは揺らがないわ、ヒメロペ。私はヴェーラの苦しみを感じたい。ヴェーラと一緒に泣きたい。笑いたい。だから、私はヴェーラの行為のすべてを受け容れる」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカは力を込めて言う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「どんなに<ruby data-rt="なじ">詰<rp>（</rp><rt>なじ</rt><rp>）</rp></ruby>られたとしても、たとえ私がとても無力であったとしても、私はヴェーラといたい。死ぬまでヴェーラと一緒に生きたい。だから、あなたたちとは違う」<br>『フフフ、ハハハ……。自分ヲ<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">不</span><span class="boten">幸</span><span class="boten">ダ</span><span class="boten">ト</span><span class="boten">勘</span><span class="boten">違</span><span class="boten">イ</span><span class="boten">デ</span><span class="boten">キ</span><span class="boten">ル</span></span>アナタタチニ、私タチノ何ガ<ruby data-rt="ワカ">理解<rp>（</rp><rt>ワカ</rt><rp>）</rp></ruby>ルト言ウノ……？』<br>「勘違いだって？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは思わずヒメロペの肩をつかんだ。ヒメロペは虚ろな瞳でヴェーラを見上げ、そして、口角を上げた。感情のない作りものの微笑だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『アナタタチハ、ヨリ凄惨ナモノヲ目ニスルデショウ……。私タチハ――』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ザザッ――。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヒメロペの姿がブロックノイズと化して、消えた。ヒメロペの肩をつかんでいたヴェーラの手が、虚しく空を掻く。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「何が……」<br>「死んだ、のかしら？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカが呟くのと同時に、無限の白い空間が色あせ始めた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「うわっ！？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　足元にあった地面のような感覚も消え、二人は不意に転落した。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ヴェーラ！」<br>「ベッキー！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　二人はすぐにお互いの手を掴み取り、そして抱き合った。ヴェーラは抱きしめたレベッカの頬の温度を喉元に感じながら呟いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「怖い？」<br>「そんなに」<br>「ほんと？」<br>「このまま死ぬとしてもあなたが一緒だから」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカの言葉に、ヴェーラは苦笑する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「今のわたしは、きみの好意に応えられないんだ」<br>「それでもいいのよ。私の気持ちは私のものなの」<br>「きみにしては<ruby data-rt="ロジカル">論理的<rp>（</rp><rt>ロジカル</rt><rp>）</rp></ruby>じゃないね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラが言うと、レベッカは顔を上げる。二人は見つめ合う形になる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「愛ってそういうものだもの」<br>「難しいね……」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは嘆息する。レベッカは首を振る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなたの胸の傷は、愛を知っているからこそ痛いの」<br>「詩人だね、ベッキーは。でもわたし、こんな痛みは知らないでいたかった」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは唇を噛み締めた。二人はなおも落ちていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あなたが私を要らないと言う日が来るまで、私は絶対にあなたのそばにいるから」<br>「こないさ、そんな日」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはそう言って、レベッカを強く抱きしめた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「絶対、こないよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そして二人は闇の中に消えていった。</p>



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		<title>16-2-3：ラストフライト</title>
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		<dc:creator><![CDATA[一式鍵]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 26 Mar 2023 00:57:29 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[歌姫は壮烈に舞う]]></category>
		<category><![CDATA[本文-ヴェーラ編２]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　潜水空母ダニエル・マクエイドの格納庫にアラートが鳴り響く。続く放送によれば、エウロス飛行隊が戦場に現れたということらしかった。 　ブリーフィングルームでそれを聞いた途端、ヴァルターはマーナガルムの面々と [&#8230;]</p>
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<p class="wp-block-paragraph">　潜水空母ダニエル・マクエイドの格納庫にアラートが鳴り響く。続く放送によれば、エウロス飛行隊が戦場に現れたということらしかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ブリーフィングルームでそれを聞いた途端、ヴァルターはマーナガルムの面々と顔を見合わせてから、一も二もなく格納庫へと走った。<ruby data-rt="レージング">自分の機体<rp>（</rp><rt>レージング</rt><rp>）</rp></ruby>に飛び乗り、ヘルメットを装着する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そのタイミングで隣に並ぶ<ruby data-rt="レージング">PXF001<rp>（</rp><rt>レージング</rt><rp>）</rp></ruby>に乗り込んだばかりのシルビアから通信が入る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『ナイトゴーント司令機が<ruby data-rt="ロスト">消滅<rp>（</rp><rt>ロスト</rt><rp>）</rp></ruby>したようです』<br>「<ruby data-rt="ロスト">消失<rp>（</rp><rt>ロスト</rt><rp>）</rp></ruby>？　どういう状況だ？　撃墜か？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ナイトゴーント司令機は<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">無</span><span class="boten">敵</span></span>とまで言われていた個体だ。<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">ナ</span><span class="boten">イ</span><span class="boten">ト</span><span class="boten">ゴ</span><span class="boten">ー</span><span class="boten">ン</span><span class="boten">ト</span><span class="boten">で</span><span class="boten">あ</span><span class="boten">り</span><span class="boten">な</span><span class="boten">が</span><span class="boten">ら</span></span>、妙に人間臭い動き――しかも超絶技巧の――をする機体であることは、ヴァルターも知っていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『詳細は不明ですが、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">空</span><span class="boten">の</span><span class="boten">女</span><span class="boten">帝</span></span>との交戦中にレーダーから消失したようです』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　なるほど。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターは機体のチェックを済ませつつ、機体をカタパルトに移動させる。後続の機体はクリスティアンのものだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『ヴァリーさんよ。おまいさんのやるこたぁ決まってんだ。司令機様が女帝陛下をお譲りくださったんだろうぜ』<br>『そうそう』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　フォアサイトが口を挟む。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『自分の落とし前は自分でつけるんだね、隊長』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　フォアサイトの突き放すような物言いに、ヴァルターは苦笑する。苦笑できる余裕が有ることに、ヴァルターは少し驚いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『わかってるさ』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そのやり取りの間に潜水空母は急浮上し、ハッチを展開した。空はすっかり暗黒に満ち、垂れ込め始めた雲に星も月も隠されているようだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　水平線の向こうで、連続的な閃光が発生している。戦闘の輝きだ。あの光が発生するたびに、誰かが死んでいる。まさにあの場で、非人間的な殺戮の応酬が起きているのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　こんなところに帰ってきたがっていたのか、俺は。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターは「やれやれ」と言わんばかりに首を振る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『<ruby data-rt="レージング">PXF001<rp>（</rp><rt>レージング</rt><rp>）</rp></ruby>、ヴァルター・フォイエルバッハ少佐、発艦してください』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　オペレータの声と共に、信号灯がグリーンに変わる。カタパルトによって機体は斜め上方に打ち出される。強烈な加速度がヴァルターをシートに容赦なく押し付けた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターは落ち着いて機体を立て直し、一直線に指定された戦闘空域へ向かって飛ぶ。シルビア、クリスティアン、フォアサイトも後を追ってくる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『隊長』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　シルビアが重苦しく呼びかけてくる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『隊長。おかしな動きがあれば、私が……あなたを撃ちます』<br>「わかってる、シルビア」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターは右に並んだニ番機を見た。夜闇の中ではキャノピーの内側を見ることもかなわない。だが、シルビアもヴァルターの方を見ていたに違いないとヴァルターは確信を持っている。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　数分と経たずして、ヴァルターは上空を悠然と飛ぶ真紅の戦闘機を発見する。<ruby data-rt="パエトーン">F108<rp>（</rp><rt>パエトーン</rt><rp>）</rp></ruby>。量産機ながら、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">女</span><span class="boten">帝</span></span>用に改良を繰り返されているカスタム機と言ってもいい。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　挨拶代わりに放った多弾頭ミサイルは、戯れに振りまかれたフレアによって<ruby data-rt="ことごと">尽<rp>（</rp><rt>ことごと</rt><rp>）</rp></ruby>く回避された。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「当たるはずもない、か」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　というよりもむしろ、こんなもので撃墜されるのなら、それはそれで幻滅だ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『久しぶり、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">白</span><span class="boten">皙</span><span class="boten">の</span><span class="boten">猟</span><span class="boten">犬</span></span>」<br>「そうだな」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　この挨拶により、ヴァルターは通信回線が完全に乗っ取られていることを知る。味方からの通信は遮断され、もはやシルビアの声は届かない。ヴァルターからの呼びかけも不可能だ。電子戦の初戦は完敗だ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『アタシを殺せば、あんたは助かる。そういうわけか？』<br>「……そういうことだ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターの短い答えに、カティは笑ったようだった。ノイズに混じって聞こえるカティの呼吸音は、酷く乾いているように思えた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『良いだろう。だが、アタシは手を抜かない』<br>「望むところだ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターは頷いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　これが、俺の最後の戦いになるかもしれない。空を飛べる、最後の機会に。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターは機体を巧みに操りながら、宣言する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「始めよう、カティ・メラルティン」<br>『そう、だね』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティは静かに、穏やかな声でそう応じた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　しかし、いざ戦いが始まると、ヴァルターはいきなり冷や汗をかくことになった。カティは、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">空</span><span class="boten">の</span><span class="boten">女</span><span class="boten">帝</span></span>は、まるで自由だった。システムの呪縛から解放されたかのように、飛行士の常識から尽く逸脱した動きをしてみせた。対するヴァルターは<ruby data-rt="レージング">PXF001<rp>（</rp><rt>レージング</rt><rp>）</rp></ruby>という最強の機体の性能を限界まで引き出すことで対抗しようとした。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「空の、女帝、ね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　それは壮烈な<ruby data-rt="まい">舞<rp>（</rp><rt>まい</rt><rp>）</rp></ruby>だった。自由に、力強く、風も海も空も、何もかもを従える、圧倒的な存在感。<ruby data-rt="加速度">G<rp>（</rp><rt>加速度</rt><rp>）</rp></ruby>ですら、女帝の<ruby data-rt="しな">撓<rp>（</rp><rt>しな</rt><rp>）</rp></ruby>る鞭の前には無力なようにも思えた。人としての限界を、あっさりと飛び抜けているようにすら思えた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「褒めてばかりもいられない！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ロックオンと同時にミサイルを放つ。女帝が振りまくフレアは、手動誘導に切り替えて回避する。再び自動に戻した時には、カティは完全回避の<ruby data-rt="マニューバ">機動<rp>（</rp><rt>マニューバ</rt><rp>）</rp></ruby>に入っていた。どころか、反転上昇の後の急降下から、機関砲の雨を降らすような芸当までしてみせた。ヴァルターも負けじと下降して追いかけるが、その時にはもうカティはそこにはいない。ヴァルターはまたも後ろを取られ、機関砲を撃ち込まれる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　圧倒的だ――！</p>



<p class="wp-block-paragraph">　自分が実験に協力していたニ年間。その間にも、カティはアーシュオンの飛行士たちを叩き落とし続けていたのだ。シミュレータ止まりのニ年間を過ごした自分との間に、埋められない差ができてしまったということなのだろう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　だが。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　自分には後がない。戦うのなら、勝たねばならない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　正面から二機が交錯する。緑の翼端灯がやけに鮮烈に印象に残る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　体当たりも一瞬考えた。だが、ヴァルターの<ruby data-rt="アビエイター">飛行士<rp>（</rp><rt>アビエイター</rt><rp>）</rp></ruby>としての本能が、その動きを阻害する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　双方の機関砲が火を噴いた。両機の間を二本の光条が<ruby data-rt="はし">奔<rp>（</rp><rt>はし</rt><rp>）</rp></ruby>る。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　相互に被弾五発。だが、致命弾には程遠い。かすり傷だ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターには秒間百発にもなる機関砲の弾が、全て見えていた。ゾーン状態といっても良かったのかもしれない。とにかく、その空間の全てが――<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">カ</span><span class="boten">テ</span><span class="boten">ィ</span><span class="boten">の</span><span class="boten">戦</span><span class="boten">闘</span><span class="boten">機</span><span class="boten">以</span><span class="boten">外</span><span class="boten">の</span></span>全てが――今はヴァルターの支配下にあるような感覚さえあった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　すれ違う一瞬に、二人はお互いを<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">視</span><span class="boten">認</span></span>する。顔全体がヘルメットとバイザーで覆われているのだから、当然顔なんて見えない。だが、視線は確かに交わった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティは上に逃げる。ヴァルターは旋回して螺旋のようにそれを追う。しぶとく、どこまで追いすがる。上空二万メートル近くに上がったところで、お互いがお互いの背中を追いかける<ruby data-rt="ともえせん">巴戦<rp>（</rp><rt>ともえせん</rt><rp>）</rp></ruby>へと移行する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　無言の駆け引きが続く。背中に回っては機関砲を撃ち、背中を取られては回避して相手の後ろへなんとかして回り込む。空域の他の戦闘機など目に入らなかった。この戦闘、誰にも邪魔は出来ないのだ。シルビアたちにでさえ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　十数分に渡る攻防の末、必殺の一撃を叩き込むチャンスを得たのはヴァルターの方だった。いや、<ruby data-rt="ある">或<rp>（</rp><rt>ある</rt><rp>）</rp></ruby>いはそれはカティの誘いだったのかもしれない。だが、ヴァルターは<ruby data-rt="ちゅうちょ">躊躇<rp>（</rp><rt>ちゅうちょ</rt><rp>）</rp></ruby>することなく<ruby data-rt="トリガー">引き金<rp>（</rp><rt>トリガー</rt><rp>）</rp></ruby>を――。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ッ！？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　指が動かなかった。痺れてしまったかのように、指先の感覚が無くなっていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　セイレネスか！？</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その一瞬の隙に、カティは機体を垂直に立てて胴体ブレーキを描けつつ、真上に逃げた。ヴァルターは追いつけない。身体が言うことを聞かなくなっていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ヴェーラか……？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ならば、よし。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターは覚悟を決めた。ゆるゆると上に向かって飛ぶヴァルターの機体の内側で、ロックオンアラートががなり立てる。上空、真正面からカティ機が落ちてくる。ヘッドオンからの<ruby data-rt="ミサイル発射">FOX2<rp>（</rp><rt>ミサイル発射</rt><rp>）</rp></ruby>――もはや回避のしようなどなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「終わったな」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターは来るべき衝撃に備えて歯を食いしばる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　だが、カティ機は何もしてこなかった。機関砲の一発も放たずに、真下へと飛び去っていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その数秒の間に、ヴァルターは状況を理解した。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「もういい。そう言うんだな、ヴェーラ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　もういい、か。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ならば、そうしようか、ヴェーラ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラが幕を引いたのだ。それは紛れもなく、ヴェーラの意思表示だった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　異存はないさ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　呟きながら、母艦ダニエル・マクエイドに向かう。シルビア機がいつの間にか隣に並んでいた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『隊長……』　</p>



<p class="wp-block-paragraph">　シルビアの声が大きく震えている。ヴァルターは苦笑でそれに応える。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　自分は帰るのだ。<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">味</span><span class="boten">方</span></span>という名の処刑人たちのところへ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　最後の機会には感謝している、シルビア、ミツザキ大佐。華々しくは戦えた。勝ちの一歩手前まではいけた。結果として負けたことにも、悔いはない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　悔いは、ない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴァルターは自分に確認するように、そう呟いてみせた。</p>



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		<title>16-2-2：自由なる翼</title>
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		<dc:creator><![CDATA[一式鍵]]></dc:creator>
		<pubDate>Sat, 25 Mar 2023 02:30:31 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[歌姫は壮烈に舞う]]></category>
		<category><![CDATA[本文-ヴェーラ編２]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　来たな――！ 　F108+IS（インターセプタ・シュライバー）が出現したという報告を受けたその時には、ジギタリス隊とナルキッソス隊はすでに空に上がっていた。ちょうど艦隊の支援に送ろうとしていたところだっ [&#8230;]</p>
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<p class="wp-block-paragraph">　来たな――！</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<ruby data-rt="インターセプタ・シュライバー">F108+IS<rp>（</rp><rt>インターセプタ・シュライバー</rt><rp>）</rp></ruby>が出現したという報告を受けたその時には、ジギタリス隊とナルキッソス隊はすでに空に上がっていた。ちょうど艦隊の支援に送ろうとしていたところだったからだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「エンプレス１、カティ・メラルティン、発艦する！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カタパルトがカティの<ruby data-rt="パエトーン">F108<rp>（</rp><rt>パエトーン</rt><rp>）</rp></ruby>を矢のように空中に打ち出した。数百メートルの弾道飛行の末に翼を展開し、巡航モードへと移行する。翼が展開し終えるや否や、オーグメンタを点火し、一息の内に加速する。遥か前方にジギタリス隊が見えた――カティの視力がなければ目視はできなかっただろうが。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そんな超高機動を見せるカティに追いついてくる黒い<ruby data-rt="パエトーン">F108<rp>（</rp><rt>パエトーン</rt><rp>）</rp></ruby>はエンプレス２こと、カルロス・パウエルの機体だ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『隊長、インターセプタに当たりますか？』<br>「もちろんだ。奴には近づくな、アタシがやる」<br>『了解』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　パウエルは後続のエンプレス隊四機を率いて高高度へと移動する。カティは海面を蹴立てるようにして超低空を飛行する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「エンプレス１よりエウロス全機！　対電子戦シフト！　下手に攻撃に出るな、防御に徹しろ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　言うが早いか。インターセプタからカティ機に向かって凄まじい量と質の電子的妨害が行われてくる。レーダーも照準もあって無きが如しである。機体のシステムは一瞬にして丸裸にされてしまったが、カティにはそんなことは想定の範囲内だった。何しろ相手はあの<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">異</span><span class="boten">次</span><span class="boten">元</span><span class="boten">の</span><span class="boten">手</span></span>、エイドゥル・イスランシオと<ruby data-rt="おぼ">思<rp>（</rp><rt>おぼ</rt><rp>）</rp></ruby>しき者である。この程度の攻撃で驚いていては、命がいくつあっても足りはしない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　電子戦で圧倒してくる相手に勝つ方法。それは、電子的サポートを使わないことだ。己の力量、ただそれのみで圧倒すること。それしかない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　そのための訓練は積んできた。ヒントはヴァルターから貰っていた。「うちの隊に、電子制御に頼らない操縦を行うヤツがいる」――と。その詳細についてはヴァルターは何も語らなかったが、それを聞いて以来、カティはまるでレシプロ機を操るかのようなアナログな訓練も繰り返してきたのだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティは迫りくるインターセプタの動きを目で捉える。死角を意識しながら追い続ける。機体は自由自在に動かせる。手足よりも自由だ。逃げられないのは<ruby data-rt="加速度">G<rp>（</rp><rt>加速度</rt><rp>）</rp></ruby>の制約からだけだ。制御系<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">だ</span><span class="boten">け</span></span>は生きている。さすがのイスランシオも、ここまではそう簡単には突破できない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　インターセプタが真正面から多弾頭ミサイルを放ってくる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティは操縦桿とペダルの踏み込み、そして己の目の力だけでそれらを鮮やかにやり過ごす。キャノピーを排気煙がかすめていく。その間にもカティはインターセプタから意識を<ruby data-rt="そ">逸<rp>（</rp><rt>そ</rt><rp>）</rp></ruby>らさない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　反転して追いすがってくるミサイルも、海面ギリギリまで引き付けて反転上昇することで、そのすべてを海面に叩きつけて破壊した。血流と呼吸が圧迫されては解放されることを繰り返し、背中に冷たい汗をかく。だが、今はそんなことはどうでも良かった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　頭上を飛び去ったインターセプタを即座に追尾し、近距離対空ミサイルを撃ち放つ。そもそもロックオンなんて効かない。カティはミサイルとの間に情報リンクを確立し、インターセプタの相対位置を入力し続ける。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　インターセプタは信じがたいほどの小刻みな機動を行って、ミサイルから逃げ切る。そこにカティの機関砲弾が襲いかかる。曳光弾を含んだ弾丸が、すっかり紺色に染まった空域を閃光に染め上げる。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　これでも当たらないか！</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティは舌打ちする。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「イスランシオ！　あんたはヤーグベルテを裏切った！　なぜだ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　おそらく通信回線も奪われている。そうと知ってカティは叫ぶ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あんたのおかげで何人死んだと思ってる！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　怒鳴りながら再度の銃撃。機関砲弾数十発が虚しく消える。眼下の駆逐艦からしつこく対空砲火が上がっていたが、それは不意に沈黙した。一瞬海面を<ruby data-rt="うかが">窺<rp>（</rp><rt>うかが</rt><rp>）</rp></ruby>うと、大破していた。どこかの艦から主砲の一撃でも食らったのだろう。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「イスランシオ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その隙に後ろを取られていたが、カティはまったく焦らなかった。不思議なことに、戦いのときの高揚感のようなものはたしかにあるのに、強敵を前にしたときのあの焦燥感のようなものはまったくない。勝てる――その確信からだろうか。カティには深呼吸をする余裕さえあった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その間にも、インターセプタは攻撃を繰り出してきていたが、カティにはそのすべてが読めていた。直感に従って機体を操るだけで、不思議と弾もミサイルも<ruby data-rt="そ">逸<rp>（</rp><rt>そ</rt><rp>）</rp></ruby>れていく。フレアを使う必要性すら感じなかった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「アタシはあんたを超える……！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　シベリウスを超えることは叶わなかった。だが、今なら。シベリウスと並び称された最強の<ruby data-rt="パイロット">飛行士<rp>（</rp><rt>パイロット</rt><rp>）</rp></ruby>を倒すことができる。できるはずだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティはすべての電子制御を解除した。機体のコントロールに関するモジュールも、解除できるものはすべて捨てた。<ruby data-rt="パエトーン">F108<rp>（</rp><rt>パエトーン</rt><rp>）</rp></ruby>は優秀な機体だ。電子制御なしに飛べないような代物ではない。そう、あの<ruby data-rt="イクシオン">F102<rp>（</rp><rt>イクシオン</rt><rp>）</rp></ruby>でやったように飛べばいい。それだけでいい。<ruby data-rt="イクシオン">F102<rp>（</rp><rt>イクシオン</rt><rp>）</rp></ruby>ですらできたのだ。<ruby data-rt="パエトーン">F108<rp>（</rp><rt>パエトーン</rt><rp>）</rp></ruby>にできないはずがない。そしてこの状態でのコントロールについても、カティは十分に理解できていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その途端、カティは自由になった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　動く。完璧に。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　すべてが思い通りに、動く。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　空が足元に消え、海が頭上を覆う。イスランシオの機体が背後上空から追ってきているのがわかる。大量の機関砲弾がカティの両脇を掠めるようにして、海面に吸い込まれていく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　当たる気が、しない！</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティは機体を正位置に立て直すと、そのまま急上昇した。そのついでに、目の前にいた軽巡洋艦に機関砲の一連射をお見舞いしておく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　振り返れば、インターセプタがぴたりとつけてきている。ロックオンアラートは沈黙していたが、それは警報システムをパージしたからだ。カティは冷静に上昇を続け、薄い雲を突き破る。インターセプタも後を追ってくる。雲の上ではエウロスのパースリー隊が戦闘を展開していたが、カティの到着を見て取って即座に空域を明け渡した。アーシュオンの機体にしても<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">空</span><span class="boten">の</span><span class="boten">女</span><span class="boten">帝</span></span>の到来を見て、即座に退避行動に移っていった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティの機体が再び夜の雲間に沈み、インターセプタの視界から消える。直後に放たれた機関砲弾が、雲を虚しく<ruby data-rt="うが">穿<rp>（</rp><rt>うが</rt><rp>）</rp></ruby>つ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　インターセプタが雲から出た直後、カティは鉛直下方向から強襲を仕掛けた。カティの視界は薄く赤く染まっている。目の毛細血管がいくつも切れていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「あたれええええええッ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティが<ruby data-rt="ほ">吼<rp>（</rp><rt>ほ</rt><rp>）</rp></ruby>えた。機関砲が轟然と火を噴いた。インターセプタの翼に直撃したが、薄緑色の光によって弾き返された。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　セイレネスか――！</p>



<p class="wp-block-paragraph">　となれば、引き金を引けただけまだマシだったということだな。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティは唇を舐めつつ、再び雲の上に逃げて仕切り直しを試みる。インターセプタが<ruby data-rt="ひね">捻<rp>（</rp><rt>ひね</rt><rp>）</rp></ruby>り込んで上昇し、カティの機体を斬ろうとするかのように機関砲を撃ち放ってくる。カティは機体をニ度、三度と回転させてやりすごす。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　高速徹甲弾と成形炸薬弾の混成群をやり過ごしたところで、カティは限界まで操縦桿を引いた。背面飛行に移行し、そのまま自由落下の体勢に入る。重力に捕われた瞬間にオーグメンタを点火し、海面に向けて一挙に加速する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「イスランシオ！　あんたはどうしてそこにいる！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　答えなど、どうでもいい。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティは<ruby data-rt="トリガー">引き金<rp>（</rp><rt>トリガー</rt><rp>）</rp></ruby>を引く。上昇し始めていたインターセプタの右翼に三発命中。今度は弾かれることなく、翼を<ruby data-rt="うが">穿<rp>（</rp><rt>うが</rt><rp>）</rp></ruby>った。薄緑色の光は視認できたが、攻撃の無効化まではできなかったようだった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　両機は闇空の只中ですれ違う。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「干渉か、ここにきて！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　しつこいな！</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティは毒付く。干渉と言っても、もはやイスランシオが制圧できるシステムなどない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「アタシには<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">も</span><span class="boten">う</span><span class="boten">一</span><span class="boten">戦</span></span>あるんだ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティは呟く。この戦場にヴァルター・フォイエルバッハが出てくるのは必然だった。カティたちのところにも、ヴァルターとミツザキの間で交わされた会話がある程度リークされてきていたからだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　だから、この首をあんたにとらせるわけにはいかない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティは海面を叩くようにして機体を跳ね上げた。限界までオーグメンタを吹かし、上空で体勢を立て直しているインターセプタに向かって<ruby data-rt="とっかん">吶喊<rp>（</rp><rt>とっかん</rt><rp>）</rp></ruby>する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　多弾頭ミサイル、発射！</p>



<p class="wp-block-paragraph">　放たれたミサイルが分裂する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　インターセプタが退避行動を取り始める。が、加速していたカティはインターセプタを逃さない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　多弾頭ミサイルがインターセプタを取り囲んで<ruby data-rt="は">爆<rp>（</rp><rt>は</rt><rp>）</rp></ruby>ぜた。カティによる手動制御だ。インターセプタが爆風で翻弄される。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その時すでに、カティ機の機関砲のガトリング機構が動いていた。六つの砲身が回転し、そして数百発もの三十ミリ弾を撃ち込んだ。曳光弾がレーザーのように<ruby data-rt="かいめい">晦冥<rp>（</rp><rt>かいめい</rt><rp>）</rp></ruby>の空を裂く。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　それらは正確無比にインターセプタに直撃した。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　――かのように思われたが。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「消えた……！？」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティの視界から、インターセプタは忽然と消え去った。<ruby data-rt="オーロラグリーン">薄緑色<rp>（</rp><rt>オーロラグリーン</rt><rp>）</rp></ruby>の輝きだけを残して。</p>



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		<title>16-2-1：戦いの始まり</title>
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		<dc:creator><![CDATA[一式鍵]]></dc:creator>
		<pubDate>Sun, 19 Mar 2023 01:22:02 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[歌姫は壮烈に舞う]]></category>
		<category><![CDATA[本文-ヴェーラ編２]]></category>
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					<description><![CDATA[<p>ブックマーク0 　それから三ヶ月後、二〇九〇年九月――。 　防戦一方に追いやられていたアーシュオンは、乾坤一擲の作戦を開始した。彼らが制圧を目指すのは、「ダグザの大釜」こと、ムリアス湾にある要塞島オウェングス。オウェング [&#8230;]</p>
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<p class="wp-block-paragraph">　それから三ヶ月後、二〇九〇年九月――。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　防戦一方に追いやられていたアーシュオンは、乾坤一擲の作戦を開始した。彼らが制圧を目指すのは、「ダグザの大釜」こと、ムリアス湾にある要塞島オウェングス。オウェングスは長らくアーシュオンが占領していたヤーグベルテ領の巨大島であったが、半年前に奪還されたという経緯があった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　オウェングスはアーシュオンにとっては重要な橋頭堡とも言える立地だった。ここを占領しておくことで、アーシュオンは母艦に頼ることなくヤーグベルテに直接かつ強力な打撃を頻繁に加えることができたからだ。絶対に取り戻されてはいけない場所であったのだが、それもセイレネスの登場によってあっさりと奪還されてしまった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ある種勝利の象徴とも言えるオウェングスがたったの数日の作戦で奪還されてしまったことは、アーシュオン首脳部に大きな衝撃を与えた。しかし半年経過したアーシュオンの国民たちは、その事実を――公式には――知らないでいる。アーシュオン軍部の隠蔽工作の成果である。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　しかし、この超高度情報化社会に於いて、隠し続けられる秘密など存在しないということも、アーシュオンの上層部は身を<ruby data-rt="もっ">以<rp>（</rp><rt>もっ</rt><rp>）</rp></ruby>て知っていた。よって、アーシュオンは圧倒的な逆襲によってオウェングスを取り返す必要に迫られた。再度占領した上で、それらしい脚色をつけて大々的に発表すれば良い――上層部はそのように考えた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「……ってことなんだろうけどさ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは戦艦メルポメネのコア連結室の闇の中で呟いた。セイレネスにはすでにログオンしている。時々オレンジや緑の光が、ヴェーラを包み込む闇を<ruby data-rt="うが">穿<rp>（</rp><rt>うが</rt><rp>）</rp></ruby>つ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『敵潜水艦艦隊、第七艦隊によって殲滅』<br>「見えてるよ、ベッキー」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　レベッカの短い報告にヴェーラは億劫そうに応えた。二人の戦艦、メルポメネとエラトーは、オウェングスから三百キロ離れた海域にぽつんと浮かんでいた。クロフォード准将に率いられた第七艦隊を始めとするヤーグベルテ海軍は、押し寄せるアーシュオンの三個艦隊の迎撃にあたっている。時刻は黄昏――空が金色から濃紺に変わっていく頃合いだ。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「ひどい戦いだね、これは」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　文字通りの泥沼だった。お互いを磨り潰し合うような砲雷撃戦が繰り広げられ、艦載機は双方ともに全出し状態だった。空を埋め尽くす航空機の群れが空域をバラバラに切り取っては砕いていく。アーシュオンの攻撃機の中には、ヤーグベルテ艦船に体当りするような者すら出ていた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『せめてクロフォード准将に指揮権があれば』<br>「確かに、こんな惨めで狂った戦いにはならなかっただろうね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは小さく舌打ちする。そこにあるのは数千人分の<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">無</span><span class="boten">駄</span><span class="boten">な</span><span class="boten">死</span></span>だった。前線から遠く離れた参謀部によって出された<ruby data-rt="ずさん">杜撰<rp>（</rp><rt>ずさん</rt><rp>）</rp></ruby>な指示と、それに諾々と従うだけの前線司令部が組み合わさったことによって生み出された、<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">単</span><span class="boten">な</span><span class="boten">る</span><span class="boten">死</span></span>だった。海軍と空軍の勢力争いの産物とも言える。</p>



<p class="wp-block-paragraph">『ヴェーラ、私たちはこのまま待機なのかしら』<br>「命令が出るまではね」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの言葉には感情がほとんど見えなかった――セイレネスを通してでさえ。レベッカは息を飲み、そのまま沈黙する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「クラゲが出てきたら前に出る。それまでは待機。基本的にはこの作戦、カティたちにお任せだよ」<br>『わかっているわ、でも――』<br>「そういう命令なんだ。感情は不要だよ、ベッキー」<br>『ヴェーラ、でも』<br>「無駄話はよそうよ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラはゆっくりと息を吐いた。ヴェーラには無数の<ruby data-rt="レティクル">照準円<rp>（</rp><rt>レティクル</rt><rp>）</rp></ruby>が見えている。水平線のはるか彼方。手を出そうと思えばできる距離だ。しかし、この作戦に於いて<ruby data-rt="イニシアティヴ">主導権<rp>（</rp><rt>イニシアティヴ</rt><rp>）</rp></ruby>を取ったのは空軍だった。だから今は何をすることもできない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「わたしたちは見ていることしかできないんだ。最前線で必死な味方を、敵を。だったら、目を<ruby data-rt="そ">逸<rp>（</rp><rt>そ</rt><rp>）</rp></ruby>らさずに見ているのが、わたしたちの責務なんだ」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　わたしは、逃げない。目を、逸らさない。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは<ruby data-rt="ひとかけら">一欠片<rp>（</rp><rt>ひとかけら</rt><rp>）</rp></ruby>の迷いもなく、そう言い切った。その静かな剣幕を受けて、レベッカは沈黙する。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　その時、二人の脳内を鋭い<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">音</span></span>が走り抜けた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「インターセプタ！」</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラの意識の中に、イスランシオの<ruby data-rt="インターセプタ・シュライバー">F108+IS<rp>（</rp><rt>インターセプタ・シュライバー</rt><rp>）</rp></ruby>が映し出される。その後ろにはナイトゴーントが数十機も続いている。今まで見たことのないくらいの数だった。どこからともなく現れたそれらの機体は、たちまちの内に空域を制圧するべくヤーグベルテの航空機を駆逐し始める。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「カティ、だいじょうぶ？」<br>『誰に言ってる？』</p>



<p class="wp-block-paragraph">　思わず声を掛けたヴェーラに、カティが即答してくる。カティの機体も、他のエウロス飛行隊員とともに、すでに空にあった。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　インターセプタやナイトゴーントたちが空域を荒らし始めて五分もしない内に、エウロスのジギタリス隊が到着した。次いでナルキッソス隊、本隊であるところのエンプレス隊。その後もパースリー隊、ローズマリー隊、セージ隊と続いた。総数五十を超えるエウロス飛行隊は、完全に敗走ムードに陥っていたヤーグベルテ空軍の勢いを盛り返させた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　エウロスが加わってもなお、未だ圧倒的優勢とは言えない。しかし、各部隊の隊長機を中心に搭載された、オルペウス・デバイスは地味ながらも堅実に効果を発揮していた。オルペウス搭載機からの攻撃を受ければ、ナイトゴーントはほとんど確実に火を噴いた。</p>



<p class="wp-block-paragraph">「気になるのはヤツだ」　</p>



<p class="wp-block-paragraph">　ヴェーラは空域を俯瞰しながら呟く。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　薄紫の戦闘機、<ruby data-rt="インターセプタ・シュライバー">F108+IS<rp>（</rp><rt>インターセプタ・シュライバー</rt><rp>）</rp></ruby>。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　カティの真紅の戦闘機が、混迷を極める空域を切り裂いて飛んでいく。</p>



<p class="wp-block-paragraph">　<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">空</span><span class="boten">の</span><span class="boten">女</span><span class="boten">帝</span></span>と<span class="botenparent kuromaru"><span class="boten">異</span><span class="boten">次</span><span class="boten">元</span><span class="boten">の</span><span class="boten">手</span></span>が、今まさに激突しようとしていた。</p>



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