16-2-2:自由なる翼

歌姫は壮烈に舞う

 来たな――!

 F108+ISインターセプタ・シュライバーが出現したという報告を受けたその時には、ジギタリス隊とナルキッソス隊はすでに空に上がっていた。ちょうど艦隊の支援に送ろうとしていたところだったからだ。

「エンプレス1、カティ・メラルティン、発艦する!」

 カタパルトがカティのF108パエトーンを矢のように空中に打ち出した。数百メートルの弾道飛行の末に翼を展開し、巡航モードへと移行する。翼が展開し終えるや否や、オーグメンタを点火し、一息の内に加速する。遥か前方にジギタリス隊が見えた――カティの視力がなければ目視はできなかっただろうが。

 そんな超高機動を見せるカティに追いついてくる黒いF108パエトーンはエンプレス2こと、カルロス・パウエルの機体だ。

『隊長、インターセプタに当たりますか?』
「もちろんだ。奴には近づくな、アタシがやる」
『了解』

 パウエルは後続のエンプレス隊四機を率いて高高度へと移動する。カティは海面を蹴立てるようにして超低空を飛行する。

「エンプレス1よりエウロス全機! 対電子戦シフト! 下手に攻撃に出るな、防御に徹しろ!」

 言うが早いか。インターセプタからカティ機に向かって凄まじい量と質の電子的妨害が行われてくる。レーダーも照準もあって無きが如しである。機体のシステムは一瞬にして丸裸にされてしまったが、カティにはそんなことは想定の範囲内だった。何しろ相手はあの、エイドゥル・イスランシオとおぼしき者である。この程度の攻撃で驚いていては、命がいくつあっても足りはしない。

 電子戦で圧倒してくる相手に勝つ方法。それは、電子的サポートを使わないことだ。己の力量、ただそれのみで圧倒すること。それしかない。

 そのための訓練は積んできた。ヒントはヴァルターから貰っていた。「うちの隊に、電子制御に頼らない操縦を行うヤツがいる」――と。その詳細についてはヴァルターは何も語らなかったが、それを聞いて以来、カティはまるでレシプロ機を操るかのようなアナログな訓練も繰り返してきたのだ。

 カティは迫りくるインターセプタの動きを目で捉える。死角を意識しながら追い続ける。機体は自由自在に動かせる。手足よりも自由だ。逃げられないのはG加速度の制約からだけだ。制御系は生きている。さすがのイスランシオも、ここまではそう簡単には突破できない。

 インターセプタが真正面から多弾頭ミサイルを放ってくる。

 カティは操縦桿とペダルの踏み込み、そして己の目の力だけでそれらを鮮やかにやり過ごす。キャノピーを排気煙がかすめていく。その間にもカティはインターセプタから意識をらさない。

 反転して追いすがってくるミサイルも、海面ギリギリまで引き付けて反転上昇することで、そのすべてを海面に叩きつけて破壊した。血流と呼吸が圧迫されては解放されることを繰り返し、背中に冷たい汗をかく。だが、今はそんなことはどうでも良かった。

 頭上を飛び去ったインターセプタを即座に追尾し、近距離対空ミサイルを撃ち放つ。そもそもロックオンなんて効かない。カティはミサイルとの間に情報リンクを確立し、インターセプタの相対位置を入力し続ける。

 インターセプタは信じがたいほどの小刻みな機動を行って、ミサイルから逃げ切る。そこにカティの機関砲弾が襲いかかる。曳光弾を含んだ弾丸が、すっかり紺色に染まった空域を閃光に染め上げる。

 これでも当たらないか!

 カティは舌打ちする。

「イスランシオ! あんたはヤーグベルテを裏切った! なぜだ!」

 おそらく通信回線も奪われている。そうと知ってカティは叫ぶ。

「あんたのおかげで何人死んだと思ってる!」

 怒鳴りながら再度の銃撃。機関砲弾数十発が虚しく消える。眼下の駆逐艦からしつこく対空砲火が上がっていたが、それは不意に沈黙した。一瞬海面をうかがうと、大破していた。どこかの艦から主砲の一撃でも食らったのだろう。

「イスランシオ!」

 その隙に後ろを取られていたが、カティはまったく焦らなかった。不思議なことに、戦いのときの高揚感のようなものはたしかにあるのに、強敵を前にしたときのあの焦燥感のようなものはまったくない。勝てる――その確信からだろうか。カティには深呼吸をする余裕さえあった。

 その間にも、インターセプタは攻撃を繰り出してきていたが、カティにはそのすべてが読めていた。直感に従って機体を操るだけで、不思議と弾もミサイルもれていく。フレアを使う必要性すら感じなかった。

「アタシはあんたを超える……!」

 シベリウスを超えることは叶わなかった。だが、今なら。シベリウスと並び称された最強の飛行士パイロットを倒すことができる。できるはずだ。

 カティはすべての電子制御を解除した。機体のコントロールに関するモジュールも、解除できるものはすべて捨てた。F108パエトーンは優秀な機体だ。電子制御なしに飛べないような代物ではない。そう、あのF102イクシオンでやったように飛べばいい。それだけでいい。F102イクシオンですらできたのだ。F108パエトーンにできないはずがない。そしてこの状態でのコントロールについても、カティは十分に理解できていた。

 その途端、カティは自由になった。

 動く。完璧に。

 すべてが思い通りに、動く。

 空が足元に消え、海が頭上を覆う。イスランシオの機体が背後上空から追ってきているのがわかる。大量の機関砲弾がカティの両脇を掠めるようにして、海面に吸い込まれていく。

 当たる気が、しない!

 カティは機体を正位置に立て直すと、そのまま急上昇した。そのついでに、目の前にいた軽巡洋艦に機関砲の一連射をお見舞いしておく。

 振り返れば、インターセプタがぴたりとつけてきている。ロックオンアラートは沈黙していたが、それは警報システムをパージしたからだ。カティは冷静に上昇を続け、薄い雲を突き破る。インターセプタも後を追ってくる。雲の上ではエウロスのパースリー隊が戦闘を展開していたが、カティの到着を見て取って即座に空域を明け渡した。アーシュオンの機体にしてもの到来を見て、即座に退避行動に移っていった。

 カティの機体が再び夜の雲間に沈み、インターセプタの視界から消える。直後に放たれた機関砲弾が、雲を虚しく穿うがつ。

 インターセプタが雲から出た直後、カティは鉛直下方向から強襲を仕掛けた。カティの視界は薄く赤く染まっている。目の毛細血管がいくつも切れていた。

「あたれええええええッ!」

 カティがえた。機関砲が轟然と火を噴いた。インターセプタの翼に直撃したが、薄緑色の光によって弾き返された。

 セイレネスか――!

 となれば、引き金を引けただけまだマシだったということだな。

 カティは唇を舐めつつ、再び雲の上に逃げて仕切り直しを試みる。インターセプタがひねり込んで上昇し、カティの機体を斬ろうとするかのように機関砲を撃ち放ってくる。カティは機体をニ度、三度と回転させてやりすごす。

 高速徹甲弾と成形炸薬弾の混成群をやり過ごしたところで、カティは限界まで操縦桿を引いた。背面飛行に移行し、そのまま自由落下の体勢に入る。重力に捕われた瞬間にオーグメンタを点火し、海面に向けて一挙に加速する。

「イスランシオ! あんたはどうしてそこにいる!」

 答えなど、どうでもいい。

 カティは引き金トリガーを引く。上昇し始めていたインターセプタの右翼に三発命中。今度は弾かれることなく、翼を穿うがった。薄緑色の光は視認できたが、攻撃の無効化まではできなかったようだった。

 両機は闇空の只中ですれ違う。

「干渉か、ここにきて!」

 しつこいな!

 カティは毒付く。干渉と言っても、もはやイスランシオが制圧できるシステムなどない。

「アタシにはあるんだ」

 カティは呟く。この戦場にヴァルター・フォイエルバッハが出てくるのは必然だった。カティたちのところにも、ヴァルターとミツザキの間で交わされた会話がある程度リークされてきていたからだ。

 だから、この首をあんたにとらせるわけにはいかない。

 カティは海面を叩くようにして機体を跳ね上げた。限界までオーグメンタを吹かし、上空で体勢を立て直しているインターセプタに向かって吶喊とっかんする。

 多弾頭ミサイル、発射!

 放たれたミサイルが分裂する。

 インターセプタが退避行動を取り始める。が、加速していたカティはインターセプタを逃さない。

 多弾頭ミサイルがインターセプタを取り囲んでぜた。カティによる手動制御だ。インターセプタが爆風で翻弄される。

 その時すでに、カティ機の機関砲のガトリング機構が動いていた。六つの砲身が回転し、そして数百発もの三十ミリ弾を撃ち込んだ。曳光弾がレーザーのように晦冥かいめいの空を裂く。

 それらは正確無比にインターセプタに直撃した。

 ――かのように思われたが。

「消えた……!?」

 カティの視界から、インターセプタは忽然と消え去った。薄緑色オーロラグリーンの輝きだけを残して。

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