こいつ、読めない――!
カティはひらひらと蝶のように不安定な機動で攻防を繰り返す預言者の機体を睨みながら唇を噛む。システムによる予測が全く役に立たない。それどころか逆に足枷になるほどだ。ロックオンの機会はおろか、正面に捉えることすらままならない。一見すると素人の隙だらけの戦闘機動に見えるのに、実態としてはまったく付け入る隙がない。下手に撃ち込めば逆にやられるのは間違いない――それだけは理解できる。
『メラルティン、そいつは特殊だ。セオリー通りじゃどうにもならない』
カティの二番機のポジションについたベテランが教えてくれる。
『そいつはひたすら直感で動き回る。だからお前も直感で対抗しろ』
「ちょ、直感……!?」
なんだそれ、どういうことだ!?
冷や汗なのか、脂汗なのか。よくわからない湿度が全身を包む。
出会ったことのないタイプの敵だ。そして間違いなく強い。なにしろ超エースの一人だ。カティの戦闘機動はことごとく見切られていた。幸いにして積極的に攻撃をしてくる様子はなかったから、カティはまだ飛べていると言っても良かった。
その時、シベリウスが機体を捨てて脱出した。システムを破壊されたゆえのやむをえない選択。その事実は、カティにとっては絶望を意味する。圧倒的な庇護者が突如いなくなってしまったわけだから。
どうすればいい! どうしたらいい!
動揺を隠せないカティの機動が崩れていく。
『メラルティン、他のことを考えるな! 眼の前のそいつだけに集中しろ! 集中が切れたら殺されるぞ!』
二番機が叱咤したその直後、預言者の機体から、後ろ向きにミサイルが飛んできた。それだけでも完全に不意打ちだったが、その誘導機動はおそらく手動で制御されていた。迎撃装置が役に立たない。
「くっそ!」
カティは追いすがるミサイルを引き連れて上空へ逃げる、と見せかけて反転宙返りを披露する。ミサイルが追いついてくるその寸前に、カティはペダルを踏み抜く勢いで加速した。ミサイルと正面衝突する寸前に機体をひねり、コックピットすれすれの位置を通過させる。カティはオーグメンタを点火し、更に加速を試みる。ミサイルは反転してこようとしたが、カティの機体の加速によって生じた衝撃波に飲まれて機動を著しく崩される。
『やるじゃないか』
追尾してきていた二番機がそのミサイルを機関砲で叩き落として称賛する。
「ありがとうございます」
『気にするな、お前が撃墜でもされようものなら、俺の査定に響――上だ!』
二番機の軽口が警告に変わる。カティは上を一瞬だけ見たが、機動を変えなかった。変えたらやられると判断してのことだ。
預言者の機体はカティの機体を掠めるようにして海面方向へ通過していく。
「あぶなかった」
カティは呟きつつも油断せず、周囲を見回す。
「!」
白いのが二機並んで接近してきている。明らかにカティを狙う機動だ。
「嘘だろ……」
『メラルティン、マーナガルム三機は無理だ! 逃げろ!』
もう一機がカティの隣に並ぶ。数では互角だが、勝ち目はほぼない。
『俺たちが時間を稼ぐ。とにかく距離をとれ!』
二番機が言ったその時には、三番機のほうがレーダーから消えていた。
「ほ、他の味方は……!」
『アテにするな! 待ってる間にやられ――』
二番機からの通信が途絶える。
眼下から預言者の機体が迫ってくる。水平方向からは二機の新型機。
よりによって、こんな……!
カティは唇を噛む。圧倒的な絶望感がカティの心を支配する。
だが、カティの感覚はむしろ研ぎ澄まされていた。一瞬先の動きが見える、そんな感じだ。機体が思いのままについてくる。まるで自分の手足、いや、それ以上にだ。
なんだろう、この感覚。
カティの頭の中で何かの音が鳴る。澄んだ金属音のような。何かと共鳴しているかのようだとカティは感じた。
空を駆け上がり、雲を突き破る。追いすがる多弾頭ミサイルのアラートがけたたましい。
だが、当たる気がしない。おそらく手動誘導されているのだが、その動きが読める。
身体への負担はとても大きい。胸が痛むし、目も痛い。だが、まだ耐えられる。
分厚い雲を貫いて、これ以上ないほど澄んだ空の終端に迫る。
その時、カティは見てしまった。
彼方から迫ってくる巨大な航空機――ISMTの姿を。