07-2-2:諦観の艦隊戦

歌姫は壮烈に舞う

 ヴェーラとレベッカが参謀部第六課作戦司令室に到着したのは、それから約三時間後のことである。午前八時を回っていたが、今なお司令室は喧騒に包まれていた。半ば呆然と立ち尽くす二人の少女に気がついたエディットは、すぐに立ち上がって迎えに来る。

「戦況は酷いものだ」

 未明の一撃の後、ヤーグベルテの各地に対して同時多発的な攻撃が実施された。軍事基地を中心とした攻撃範囲ではあったが、民間人の犠牲者も少なくはない。ヤーグベルテ側の対処は遅れに遅れ、アーシュオンの攻撃機たちを迎撃するどころかほぼすべてを取り逃がしていた。作戦指揮権の移譲を巡って、参謀部第一課と第三課が火花をちらしたことがその原因だ――エディットはそう思っている。

 エディットは開いている椅子を自分のデスクに引っ張り、ヴェーラたちを座らせる。自分はデスクの前に仁王立ちして、メインモニタを睨みつけた。

「ハーディ、状況を」
「第三艦隊が敵主力艦隊と会敵しましたね。第二艦隊も一時間以内に合流する見込みです」
「一時間か。各個撃破されなければいいが」

 エディットは目を細めてモニタを見る。今のところ、ナイアーラトテップら超兵器オーパーツは確認されていない。それが唯一の救いとも言えたが、そんなはずはないだろうともエディットもハーディも考えている。

「ナイアーラトテップ……」

 レベッカがおずおずと口にしたその単語に、エディットは思わず振り返る。

「どうした、アーメリング」
「……いると思います」
「クラゲが?」
「いるよ、エディット」

 ヴェーラがレベッカの言葉を後押しする。エディットはしばし言葉を探し、視線を彷徨わせる。

「なぜ、いるとわかる? 断定できるのか?」
「わかる。断定できる。なぜなら、聞こえるから」
「聞こえる?」 

 エディットは眉根を寄せた。レベッカが「はい」と頷いた。

……のようなものが聞こえるんです。朝もそうでした。五時五分から十分頃、何かありましたよね?」
「ハーディ、ISMTインスマウス落着時刻は?」
「五時八分です」
「なぜその時間がわかった?」

 エディットの口調が鋭くなる。レベッカは胸に手を当て、ヴェーラを見てから、エディットに顔を向けた。

「今のように、が聞こえたんです、その時間に。でもある瞬間にそのが凄まじく跳ね上がって、それから、ぷつりと途絶えました」
、か……」

 エディットは腕を組んで思考を巡らせる。

「それは、セイレネスに関連するなにかと言って良いのか?」
「わかりません。断定はできません」

 レベッカは慎重に答えたが、ヴェーラは少し不満げな様子を見せてから、ぼそりと言った。

「セイレネスに間違いないよ。おんなじ。あれはセイレネス。あっちの国でなんて呼ばれてるかまでは知らないけど、原理としてはまったく同じものだ」
「グリエール、根拠は?」
「感じるから。それ以上なんてないし。すくなくともはわたしたちとおんなじ――」

 そこでヴェーラは不意に立ち上がった。レベッカはきつく目を閉じる。その時、階下で声が上がる。

「第三艦隊旗艦がロスト!」
「ロストではわからん。状況を説明しろ!」

 エディットが素早く切り返すが、誰よりも早くヴェーラが「ナイアーラトテップだよ」と答えを示す。振り返ったエディットは、レベッカが肯いているのを確認する。

「ハーディ」
「クラゲですね。衛星画像で捉えました」
「グリエール、アーメリング、本当に聞こえるんだな?」
「うん」 

 ヴェーラは頷いてみせる。

「でも今回はちょっと違った。が教えてくれた」
「あの子?」
「ナイアーラトテップのだよ」

 クラゲが次々と第三艦隊の所属艦艇を沈めていく様子がメインモニタに映し出される。無事な艦からの映像だが、それが次々と入れ替わっていく。それは取りも直さず、次々と撃沈されていっているという事実の証明だ。

「いや、しかし、クラゲは無人機であるという話だったが」
「誰も鹵獲してないんだからそれが事実かどうかなんてわからないでしょ、エディット。アーシュオンはたしかに無人機と喧伝しているけど、それは単にとして数えていないだけじゃないかな」

 ヴェーラの空色の瞳は冷たい。その口調こそ落ち着いていたが、巨大な怒りをはらんでいた。エディットは思わず目を逸らす。

「大佐」

 ハーディが呼びかけてきて、エディットはようやく我に返る。

「クラゲの艦載機が出ました。三、いえ、四です」
「……おい、ハーディ」
「四機目が……」

 エディットとハーディは二人らしからぬ動揺を見せた。三機は例の超兵器オーパーツのロイガーだった。しかし――。

「あれって、イスランシオ大佐のインターセプタじゃない?」

 ヴェーラの呟きがざわついた空気を凍りつかせる。レベッカはヴェーラの右手を握りしめて頷いた。ヴェーラも頷き返す。

「どういうことだ。インターセプタが出てくるはずがない」

 エディットの声が少し震えている。しかしエディットも、今カメラに映し出されている戦闘機が、イスランシオ大佐の専用機、|F108+IS《パエトーンプラス・インターセプタ・シュライバーであることは理解できていた。

「しかし、あの機体は爆散したはず。いったいなぜこんなものをアーシュオンは」
「大佐」

 第二層からエスカレータを駆け上がってきたのはレーマン大尉だ。

「技術本部ブルクハルト大尉より情報。今映っているインターセプタは、イスランシオ大佐機との一致率が99.99%以上とのこと。アーシュオンの模造品ではないというのがブルクハルト大尉の見解です」
「……そうか」

 ブルクハルト技術大尉が言うのならば間違いない――エディットはそう信じることにする。それに今は、この艦載機たちがたったの四機で第二、第三艦隊の艦載機を翻弄している状況の方が重要だった。まったく手も足も出ないというのにふさわしい状況が続いており、艦隊艦載機たちは瞬く間に数を減らしていく。

「四風飛行隊を送ったところで状況に変化はなし、か」

 エディットは呻いて自席に座る。自分が指揮を執るにしても、尻尾を巻いて逃げる以外の選択肢はないに違いない。

「大佐、悪いことに敵潜水艦艦隊が二個、交戦海域に出現しています。第二艦隊、第三艦隊、制空権喪失の上、半包囲されています」
「一課め、なにをやっているんだ」
「いえ、大佐。ここで指揮権を渡されるのは貧乏クジです。大人しくしておきましょう」
「やむなし、か」

 その時、ヴェーラは「?」を頭の上に浮かべて、レベッカを見た。レベッカも同じような表情でヴェーラを見つめ返す。ヴェーラは未だ確信を持てない声音で問いかける。

「増えたよね?」
「増えたわ。三……全部で四」
「一つはナイアーラトテップ。だから、残り三つはあの戦闘機ロイガーたちだ」
「インターセプタらしいのはないわね……」

 そのやり取りを聞きつけて、エディットが顔を向ける。

「あれも機じゃないということか?」
「おそらく」

 レベッカが首肯する。その時、エディットの携帯端末モバイルが、参謀本部副部長からの着信を報せる。

「第六課、ルフェーブルです」
『指揮権の移譲先が、第三課になった』
「第三課!? この期に及んでなぜ――」
『予定通り、なんだよ、大佐。私は六課に渡すべきとは主張したが、ね』
「予定通り……。まさか、AX-799テラブレイカーが……!?」
『第七艦隊にも核兵器使用許可が出された。核ミサイルを敵艦隊に向けて打ち込む』
「核を使う、と……」
『大統領命令なんだよなぁ、一応』
「しかし、味方は敵艦隊に包囲されています。このまま打ち込んだら味方も――」

 いつぞやのアーシュオンと同じ非道をするつもりかと、エディットは怒鳴りつけたい気持ちになる。が、彼女の立場がそれを押し留める。そうこうしているうちに、増援に駆けつけた第二艦隊ともども、第三艦隊は包囲されていく。ここにミサイルを打ち込めば確かに戦果は上がるだろう。しかし、味方は――。

「最初から、いや、まさか、そんな――」
『んー、まぁね。アダムス中佐もよく考えたものだと思う。今回のこの戦闘、AX-799テラブレイカーのデビュー戦にまことに相応ふさわしいと言えるんじゃないかな』
「しかし!」
『我々も国民に示しを付けねばならぬからな。莫大な予算を費やしてもなお、成果の一つも挙げられていない歌姫計画セイレネス・シーケンスのための時間稼ぎも必要だ。Tテラブレイク計画は、ずいぶんと税金に優しい兵器とも言えるな、現時点。万が一、AX-799テラブレイカーの試作機が撃墜されることになったとしても、だ。歌姫計画セイレネス・シーケンスが順調であったなら、この味方殺し作戦を止める口実もできたのだろうがねぇ』
「……申し訳ございません」

 エディットは苦虫を噛み潰したような顔で呻く。

『まぁ、気を落とすな、ルフェーブル大佐。S計画セイレネス・シーケンスも、いずれ成果を挙げる日が来るさ。いや、来てもらわんと困るんだがね』

 副部長はそれだけ言うと、エディットの反応を待たずに通話を終えた。

「くそっ」

 弾かれたように立ち上がり、携帯端末モバイルを乱暴にデスクに置くエディット。それとまったく同じタイミングで、ヴェーラが「あっ!」と声を上げる。

「消えた!」
「消えた?」

 エディットとハーディが同時に問い返す。レベッカが口を開く。

「ロイガーとインターセプタが姿を消しました。一瞬光ったかと思ったら、消えて」
「テレポーテーションじゃあるまいし――」

 エディットは無感情に言いかけ、口を閉じる。そしてハーディと共に機影が映っていないか映像をチェックし始める。しかし、ヴェーラとレベッカが言う通り、何一つ痕跡がない。まさしく忽然こつぜんと姿を消したようにしか見えなかった。

 そういえば――エディットは思い出す。

 士官学校襲撃事件のときも、襲撃者は見つからなかった。あれだけの規模での殺戮があったにも関わらずだ。海域は清々しいほどいでいた。しかし、そこには禍々まがまがしさしかない。

 私たちはいったい、何と戦わされているんだ?

 エディットは厳しい表情でメインモニタを睨んだ。

 第七艦隊から放たれた核ミサイルを迎撃すべく、敵艦隊が尋常ではない数の迎撃ミサイルを撃ち上げ始める。包囲網に取り残された第二艦隊および第三艦隊の各艦艇たちは、もはや作戦行動が不可能なほどの深手を負っていた。

「許せ……」

 エディットは奥歯を噛み締めたまま、呻き声を上げた。

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