10-2-2:赤 vs 白

歌姫は壮烈に舞う

 敵機、百二十か――。

 カティはコックピットの中で情報を確認する。百二十に加えて、奴らには特殊航空戦力と分類される厄介な連中がいる。総数ではヤーグベルテが勝る。だが、数的優位など意味のないものだった。

『こちらナルキッソス1、第五艦隊艦載機群と合流。制空戦闘始まってまっす』
『ジギタリス隊も現着。今のところ特殊航空戦力の姿なし』

 先行したエリオット中佐とマクラレン中佐が報告を入れてくる。カティは「うん」と頷いて、機体のメインシステムを起動させた。

「エウロス・エンプレス1、カティ・メラルティン、出撃する!」 

 次の瞬間、カティの身体は強烈なGでシートに押し付けられる。カタパルトで空中に押し出されたカティは、素早く愛機を立て直し、オーグメンタを点火する。カティのF108Pパエトーンプラス真紅あかい。ある日突然、愛機が真紅に染め抜かれたのを見たカティは文字通り動転した。だが、カティの戦闘技術とこの赤は、思わぬ相乗効果を生んだ。のだ。に道を開けようとするかのように。

『カルロス・パウエル、エンプレス2、続きます』

 カティのニ番機である若きエースが追いかけてくる。四機のエンプレス隊もそこに続く。全員が選抜に選抜を重ねられた超エースたちである。ヤーグベルテのメディアは「一騎当千」などと書き立てるが、それもあながち間違いではない。彼らは一糸乱れぬ隊伍を組んで、カティの後方につけてくる。

「エンプレス隊各機。アタシたちはマーナガルム飛行隊のみを相手にする。他の敵は無視しろ」

 戦闘直前だというのに、緊張がない――カティは自分の身体の軽さに驚いていた。いつもなら感じる、ひりつく程の筋肉の硬直がない。遠くに見え始めた敵味方の機影がやたらと遅く見える。日没まで、あとニ時間。どちらの陣営も夜間航空戦はしたくはないはずだと思いつつ、カティはマーナガルム飛行隊を目視で見つけ出そうと空をにらむ。

「エリオット中佐、マクラレン中佐。マーナガルムは確認できたか?」
『こちらジギタリス1、マーナガルム飛行隊と思しき機体を三機確認。マークしています』
「残り一機は」
『見つけられていません。高高度にいると思われます』
「了解」

 カティはそのまま加速を続けて、戦闘空域へと飛び込んだ。

「リビュエ、マーナガルム飛行隊をフォーカスし続けろ」
『こちらリビュエCIC、了解。艦隊イージス艦および情報収集艦とのデータリンク確立。および友軍機のレーダーともリンクしています。監視の包囲網は完成しています』
「了解、さすがだ」

 カティは乱戦のさなかに多弾頭ミサイルを打ち込む。後続の五機もそれにならう。お互いに様子見をしていた空域は、たちまちの内に熱量を増す。

「エンプレス2、敵の電子戦機を探し出せ」
『了解、シュミット機ですね』
「そうだ。無理に撃墜を目指す必要はない。にらみをかせてくれればそれで十分だ」
『承知です。パースリー隊連れて行きます』

 エンプレス2こと、カルロス・パウエルは一挙加速して上空へと飛び去っていく。

 こっちはこれでよし――カティはレーダーに表示されているマーナガルム飛行隊を目視しようと戦場を見渡す。白い機体はすぐに見つかった。先方もカティを発見したのだろう。ほとんどまっすぐに戦場を突っ切って向ってくる。

「アタシはマーナガルムの隊長の相手をする。エンプレス隊は他の二機をひきつけろ。必要以上に手は出すな。引き付けるだけでいい」
『了解』
『こちらエンプレス2、敵電子戦機F201Eフェブリススターリング、シュミット機発見。戦場から追い出します』
「頼む。あと、エンプレス隊の指揮も頼む」
『了解。論理防御もこちらで引き受けます』
「助かる」

 フォアサイトはともかく、マーブルことシルビア・ハーゼスの繰り出してくる論理攻撃は、撃墜の直接要因だと言っても良い。まったくもって油断の出来ない手合てあいである。

 が互いにミサイルを放ちながら交錯する。そこから生まれた小弾頭が互いの尾翼に目掛けて変幻自在な軌道を描く。艦隊からの対空砲火が空域をいでいく。だがしかし二機にはかすりもしない。

 航空戦はヤーグベルテの圧勝だった。だが、未だにマーナガルム飛行隊は無傷だったし、何しろ敵はナイトゴーントらをまだ出してきていない。勝利を確信するにはまだまだ早い。カティは気を引き締める。

 二機が暴れまわる空域には、敵も味方もいなかった。誰もが距離を取っている。うっかり戦闘半径に入ろうものなら、もののついでに撃破されかねない――熟練の飛行士パイロットたちはそう悟っていた。

「さすがに強い!」

 マーナガルム1、ヴァルター・フォイエルバッハ少佐。少数生産のカスタム機であるPXF001レージングの機体性能は凄まじく、大量生産機であるカティのF108Pパエトーンプラスよりも機動性は明らかに上だ。カティは持ち前の直感力と技術でその差をなんとか埋めている。

 互いが互いの後背を狙う超高速ともえ戦に移り、一瞬一瞬で彼我ひがの位置関係が変わる。思い出したように上がってくる艦対空ミサイルなど意にも介さず、互いの背中を撃ち抜こうとする。飛び交うHVAP高速徹甲弾の衝撃波が機体を揺らし、急加速と急減速の繰り返しが機体をきしませる。

 カティはHUDに示される情報を無意識に確認しながら、目視でマーナガルム1の白い機体を追いかける。機体の操作には全く意識を向けない。機体はカティが思った通りに動く、それだけだ。

 ペダルを踏み込み仮想キーボードを叩き、音声と視覚でコントロールを補助する。右手の操縦桿は一瞬たりとも動きを止めない。すきあらば機銃弾、あるいはミサイルが飛んでくる。天地を反転させ、機種を立て、あるいは海面ぎりぎりまで急降下し敵味方の艦艇の狭間はざまを飛び、そして急上昇。マーナガルム1の直上に躍り出る。そしてそのまま上から圧をかけ、マーナガルムの高度を下げさせる。カティはそれを追うと見せかけて真上に逃げる。そのまま高度二万メートルまで駆け上がる。ここぞとばかりに敵艦からの艦対空ミサイルが打ち上げられくる。

 よし!

「エウロス全機、艦隊の目をこっちに向けているうちに、敵艦を無力化しろ!」
『りょーかいっす!』

 エリオット中佐が応じてくる。

『こちらエンプレス2、マーナガルム三機を拘束中。隊長機、そっちに向っています』
「了解、助かる」

 カティははるか眼下に白い機体を確認する。

 今回のカティのミッションは、マーナガルム1の撃墜、ではない。マーナガルム隊から友軍への被害を最小限に食い止めること、そして、だった。

 好きで撃墜されるヤツなんていない。

 カティは機首を下げてマーナガルムと数メートルのところですれ違う。互いに放った機関砲は当たらない。衝撃波が双方の機体を波打たせる。

 あぶなかった――!

 機体をひねるのが一瞬被弾していた可能性があった。マーナガルム1は射撃をギリギリまで引き伸ばしてカティの動きを見ていた。それはカティも同様だったが。一秒の数十分の一という時間の駆け引きだ。

 ――か。ヨーン、君の預言は当たってしまったな。

 カティは交錯後に訪れる一瞬の平穏のうちに、愛する人を思い出す。その瞬間に、疲労の極地にあったカティの中に力がみなぎってきた。機体と一体化してしまったのではないかというくらいに、ありとあらゆる感覚が鋭くなる。危うく万能感に引きずられてしまいそうなほど、今のカティはとがっていた。

 カティ、がんばって!

 ――声?

 マーナガルム1を追尾する体勢に入った時、カティの中に声が響いた。聞き慣れた愛しい声――ヴェーラのものに聞こえた。

「セイレネス関係のなにかか?」

 あの得体の知れないシステムに、おそらくヴェーラたちは乗せられている。何が起きるのかはわからないが、何かは起きるに違いない。であれば、声くらい。

 カティはマーナガルム1の直上に移動していた。すかさず最後の多弾頭ミサイルを撃ち放ち、機関砲で追撃を仕掛ける。逃げられる間合いではない、まさに必殺の一撃――となるはずだった。だが、マーナガルム1はチャフすらかずに海面を利用してけきった。ミサイルの最後の小弾頭にはヤーグベルテの艦艇を盾にした。カティは寸でのところでミサイルを操り、上空でぜさせた。

「危なかった」

 がフレンドリーファイアだなんて、洒落シャレにならない。

 カティはオーグメンタを点火し、先をいくマーナガルム1に追いすがる。

「!」

 眼下に何かが見えた。か!

 カティは友軍艦隊に警告を発する。敵味方の艦隊のちょうど中間あたりにいる。

『リビュエからエウロス全機! 本土からの弾道ミサイルが終末段階ターミナルフェイズ! 警戒! 影響範囲についてはレーダーに反映! 確認の上、進路に注意!』
「弾道ミサイル?」

 聞いてないぞ? カティは眉根を寄せる。

 カティがいるあたりに着弾する予定……となると、狙いはクラゲか。

 しかし、水平線近傍にいる敵艦隊から無数の迎撃ミサイルが上がっている。これでは弾道ミサイルがほぼ無力化されてしまうだろう。どうするんだ?
 
 カティは機首を上げてそのまま反転する。マーナガルム1とは正反対の方向へ、友軍艦隊に向けて飛ぶ。これ以上追撃しては、味方の弾道ミサイルにとされかねない。

『エンプレス2より、エンプレス1。シュミット機逃走。マーナガルム3および4も待避行動に入りました。追いますか?』
「いや、その必要はない。戦闘は次のステージに移ったようだ。リビュエに戻り補給、しかのち、待機!」
『了解、エンプレス隊の指揮権も戻します』
「わかった」

 カティはエウロスの被害状況を確認する。艦隊艦載機にはいくらか被害は出たようだが、エウロスは全機がほとんど無傷だった。修理に時間のかかるような損害はなさそうだ。

『弾頭ミサイルって、何やらかすんですかねぇ。核ミサイルが効くとは思えねぇっすけど』

 隣に並んだエリオット中佐機から通信が入る。

「いや……。クラゲへの必殺の一撃になるかもしれない」

 ヴェーラ、ベッキー。軍はお前たちに何をさせようとしている?

 だがしっかりやれ、やるからには。

 カティは美しい少女たちを思い浮かべて心の中でそう告げた。

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