11-1-5:都市を焼く光

歌姫は壮烈に舞う

 アーシュオン本土は同時にいくつもの穴を開けられた。ヤーグベルテの歌姫セイレーンたちによる報復攻撃。それは本作戦の主旨から外れてはいたものの、極めて効果的なものとなった。

 アーシュオン本土への核攻撃。その命令は絶対だった。ヴェーラたちには拒否権なんてものはなかった。ヴェーラたちはアーシュオンの迎撃システムに期待もした。しかし、滅茶苦茶な軌道を描いたヴェーラたちのミサイルへの迎撃は叶わなかった。

 いっそのこと、第四艦隊にもいたような、強力な歌姫セイレーンがアーシュオン本土にもいてくれたなら。そんなことも願った。しかし、叶わなかった。結果として、四十全ての弾頭が、アーシュオン本土に突き刺さった。一発一発の威力はそれほど大きなものではなかったが、それでも直撃すれば中規模の都市なら半壊する。それに加えて高濃度の放射能汚染がある。人々に与えるインパクトは絶大だった。

 それでもヴェーラ達によって巧妙に軌道を操られた弾頭の大半は、都市部を避けるように落着した。地形は大きく変わったが、ヤーグベルテ首脳部が期待するような死者数は生まれなかった。

 だがそれでも、六つの都市が劫火ごうかに焼かれた。ザインズ、アルハバク、エケロン、エーデリア、要塞都市ジェスター、そして、トゥブルクである。

 人口五万の漁村であるザインズは、中心部を直撃されて文字通り蒸発した。アルハバク、エケロン、エーデリアは内陸奥深くにある商業都市だった。ヤーグベルテとは遠く離れており、戦争中であるという認識すら希薄な大都市でもあった。炸裂したその瞬間に、三都市合わせて合計三百万にも届く死者が発生した。内陸部のインフラもまた、ズタズタにされたと言っても良い。街そのものが軍施設とも言えるジェスターは、事前情報からシェルターに避難していた軍人の被害はほぼゼロだったが、数万人の民間人はその殆どが死傷した。軍の被害といえば、露天駐機していた戦闘機が十数機蒸発したくらいだった。

 六都市中、最も凄惨な状況に陥ったのが、ジェスターのベッドタウンであるトゥブルクだった。トゥブルクには合計三発が着弾し、その威力の前に住民の殆どが影も残さず消滅した。避難勧告が出るのとほぼ同時の炸裂であり、避難できた者は皆無だった。

 それぞれの都市の地獄絵図――ヴェーラはそれをつぶさに見てしまった。

 ヴェーラは全ての弾頭の落着地点を操り都市部を避けようとした。だが、初の実戦で不慣れだったこともあり、うまくいかなかった。避けた先にあった街、迷った末に制御が効かなくなった弾頭、ヴェーラの処理能力が追いつかず中途半端な誘導になってしまったもの――それらが積み重なった末の六都市蒸発だった。

「誰かを救った代わりに、誰かを殺してしまった……」

 ヴェーラは暗闇の中で膝を抱える。胸が痛くなり、唾も飲み込めない。

「こんなの、こんなの……ッ!」

 間近でのだ。核弾頭が炸裂したその瞬間を。セイレネスによって鋭敏になった知覚は、距離も時間も超える。ヴェーラの頭の中には六都市の崩壊のその時の状況が流れ込んできていた。核の光が地上を白転させる。熱線が人々を焼く。衝撃波が地上を洗い、熱線を耐えた人々や建物を粉砕した。吹き戻しがさらに地上を薙ぎ払い、数秒前まで生きていた人間たちの残骸を天高く吹き上げた。

 皮を引きずりながら彷徨さまよう人々を見た。川に落ちて死んでいく人々を見た。遺体につまづき、自らもその山に加わる人々を見た。赤い肉の塊と化した小さな影が泣いていた。地面に焼き付いてしまった誰かが痛い痛いとうめいていた。

 人間としての尊厳を奪われ尽くした人々の姿と、苦痛の慟哭どうこくと、呪詛じゅそ咆哮ほうこう。耳をふさいでも意味はなかった。その全てがヴェーラの脳に突き刺さってきた。誰も彼もがヴェーラを呪っていた。誰も彼もがヴェーラを地獄に叩き落とそうとしていた。

「ごめん、ごめんなさい……!」

 ヴェーラは焼け野原となったトゥブルクの中心に立ち尽くす。隣にレベッカの気配があった。ヴェーラは無意識にその手を握る。姿は見えなくても、そこにいることはわかる。体温も伝わってくる。そして、感情も。レベッカは震えて泣いていた。ああ、優しい子だ――ヴェーラはレベッカを抱きしめた。レベッカはヴェーラの胸にすがって泣いていた。

 吐き気をもよおす臭いが二人の周囲を回って去っていく。足元にはぐずぐずに溶けた肉塊があった。何人のものなのかさえわからない。とにかく、足の踏み場もないほどにかつて人間だったものが溢れていた。

『ご苦労』

 しばらくして、エディットの硬い声が聞こえてきた。

『任務、完了……だ』

 聞いたことがないほど、エディットの声にはがなかった。それは、何もかもを無理矢理押さえつけている時にしか出せない声だ。

「エディット、教えて」

 ヴェーラの声には感情も温度もなかった。

「わたしは、何をしてしまったの?」

 何を――。

 うごめく赤黒い人々の群れが、遠くに見えた。

 ヴェーラの心は凍り始めていた。

 その目からは涙も流れない――。

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