クラゲこと、ナイアーラトテップを撃破殲滅し、その上アーシュオン本土に歴史的大打撃を与えることに成功したその功績により、参謀部第三課統括であるアダムスは、大佐への昇進を果たした。最高の頭脳と呼ばれる逃し屋エディットと並んだわけである。
アーシュオン国民約三百万を焼き殺したことについても、アダムスは「自分の命令によるものである」と公式に発表していた。エディットたちは責任逃れのためにヴェーラたち歌姫の暴走あたりのフレーズを使われるかと予想していたが、それは完全に躱された。アダムスは一定の非難は甘受しつつ、それ以上の称賛を得ようとして――まんまと成功した。「やられっぱなしのヤーグベルテ」が圧倒的強大な火力で敵の本土に大ダメージを与えたというのは、どうあれ国民の多くが求めていた結果の一つだったのだ。
そしてそれにより、ヤーグベルテの自縄自縛でもあった「専守防衛の原則」もなし崩し的に破棄された。
この一連の流れによって勢いづけられたのが、アダムスが主幹となって進めているT計画である。大幅な予算増となったT計画において、AX-799の試作二号機、三号機が完成し、直ちに実戦に投入された。
AX-799は強大な攻撃力を有する一方で、いざ接近されてしまうと防御が脆弱であるという弱点があった。しかしそれはセイレネスが解決した。ヴェーラとレベッカによって集中的に防衛されたAX-799は、生半可な攻撃では傷もつけられない、まさに成層圏の要塞と化したのだ。その結果、ヤーグベルテは半年と少々のうちに、数多くの被占領地域を開放した。また、アーシュオンによって建造された人工島や洋上施設の多くをこの世界から消し去った。
「さて、と。おぜんだては整いましたよ、ルフェーブル大佐」
参謀部第三課の執務室にて、アダムスは空中投影ディスプレイに向かって話しかける。その居丈高な口調に、そこに映し出されている火傷の女性――エディットは露骨に不愉快そうな表情を見せた。アダムスはその表情を舐め回すように見ながら、足を組み替え、胸の前で指を組み合わせた。
「戦艦も無事に完成しましたね、おめでとうございます。それで、エウロスの、なんと言いましたかな、空の女帝――」
『カティ・メラルティン少佐だ。隊長だぞ、覚えておけ』
「ああ、そうそう、メラルティン少佐。彼女とのシンクロ試験も進んでいるのでしょう?」
『遅滞なく、な』
エディットは腕を組んだ。彼女としてはアダムスの顔など一秒とて見ていたくはないのだ。アダムスはそうと知っていながら、ことさらゆっくりと喋る。
「まぁ、そうですね、彼女はバックアップとしておくとして。それでですね、次の作戦が決定しましたよ、ルフェーブル大佐。アーシュオン最強の艦隊、第四艦隊を撃破殲滅する。二隻の戦艦によって」
『どこの艦隊とだ?』
「私は今、二隻の戦艦によると、お伝えしたと思いますが?」
アダムスはコーヒーカップを手に取った。中のコーヒーはすっかり冷めてしまっていたが、アダムスは構わず口を付けた。ディスプレイの中のエディットは眉根を寄せている。
『戦艦といえどたったの二隻で?』
「十分でしょう。あの子たちの戦闘能力も、私のAX-799との共同作戦でだいぶ向上したはずです。それに未だに唯一残る課題、戦闘領域とセイレネス発動領域の物理的距離による処理時間差……のようなもの。それをこれ以後は限りなくゼロとすることができるのです。さぁ、なにがどうなることやら?」
『見世物ではないし、あの子たちもまだ不安定だ。お前たちはあの子たちをロボットかなにかと見ているようだが、あの子たちは――』
「おやおや? ずいぶんと肩入れなさる。共同生活の結果、あのコアウェポンたちに感情移入でも?」
アダムスの物言いに、エディットは気色ばむ。しかしアダムスはその様子をむしろ味わうようにして楽しんでいる。
「そもそも私たちも上層部も、そして政府も。あの子たちに人格など求めておりませんし、表向きはともかく、認めてもおりません。国民だって、あの子たちに無敵にして必殺の兵器である、という以外のステータスなんぞもとめてはおりませんね。軍隊アイドルとしての売り出しもちょうどよい資金調達の口実になりましたし、なにしろ、そのアイドルが戦争の道具であり、絶対無敵の守護神であるのですから、政府も軍部も色々とやりやすくなりました。けっこうけっこう」
どこまでも挑発的なアダムスの口調に、エディットは無表情になっていく。
「もっとも、遺憾なことに、あのコアウェポンは人格的安定性もまた必要であることがわかってしまいましたが。そしてあなた、ルフェーブル大佐は、そのケアこそが、現状唯一のタスクなのですよ。自覚ありました?」
『重要な任務だと理解している』
「任務といっても、子守のようなものですがね。まぁ、素人カウンセラーとして、是非とも国家のためにがんばってくださいとしか」
『あの子たちがいなければ何もできぬくせに』
「あなたがいなくてもどうとでもなりますがね」
アダムスは唇を歪める。
「あなたである必然はないのですよ、ルフェーブル大佐。たまたま暇そうだからあなたがアサインされ、たまたまもっと暇になったからあなたが継続的に対応している。それだけに過ぎませんよ」
アダムスは目を細めて、そして「ははは! それではごきげんよう」と、一方的に通信を切った。
「まったく、とっとと失脚してもらわなければ。とは思うが、あの女をこうも合法的に足蹴にできるというのもまた気持ちが良いな」
爬虫類のような瞳で殺風景な執務室を見回し、アダムスはコーヒーカップを手に立ち上がる。
「逃し屋の時代は、もう終わった」
アダムスはその唇の両端に、冷え切った微笑を浮かべていた。