12-2-4:撃破殲滅

歌姫は壮烈に舞う

 ヴェーラの視界から敵性体のマーカーが急速に消えていく。ヴェーラは容赦なく再度主砲を斉射する。レベッカも阿吽の呼吸でそれに同期し、戦闘領域の熱量が嵐を起こすほどに高まった。アーシュオン第四艦隊は、その砲撃により息の根を止められた。旗艦ニック・エステベスも轟沈したのが確認できた。

 苦し紛れに放たれた対艦ミサイルがいくつかあったが、それらはすべて前衛のメルポメネの直前数百メートルの位置で爆砕した。目に見えない障壁でもあるかのようだった。

『ヴェーラ、聞こえる?』
「感度良好。どうしたの、ベッキー」
『マーナガルム飛行隊、あの人たちを撃墜する。マーナガルムは強すぎる。カティの脅威になる』

 未だにうるさく飛び回っている艦載機が数十機。そのほとんどはシステム的に無力化することに成功していたが、マーナガルム飛行隊の三機とその他数機は未だにしつこく一撃離脱ヒット&アウェイを繰り返してきている。うるさいことこの上ない。

「確かに、しつこいね」

 セイレネスの干渉もなんか効いてないみたいだし?

 ヴェーラは二機の白い戦闘機とふらふら飛んでいるFAF221カルデアを睨みながら思案する。一撃離脱に専念されると、戦艦からは手を出しにくい。

『マーナガルムの電子戦機は取り逃がしてしまったわ。一撃当てることには成功したんだけど、生還したと思う』
「え。とすると彼ら、電子戦機の援護なしにここまで動けてるってこと!? 論理防御も自力!?」
『そういうことみたいね』

 レベッカの声には緊張がある。ヴェーラもまた口の中が乾き始めている。

「しかし見事な連携だね」
見惚みとれてる場合じゃなくて!』

 レベッカの温度の高い声に、ヴェーラは肩をすくめる。

「オーケー、わたしは隊長機を狙うよ、ベッキー」
『お願い。私はもう一機の白いのと、あの動きの読めないやつを狙う』
了解アイコピー

 このまま現状維持でも大勝利は間違いなく、参謀部の誰もが――アダムス大佐も――納得する戦果になる。だが、マーナガルムは仕留めておきたいとヴェーラたちは考える。カティにとって脅威となる敵はすべて排除しておきたかったからだ。

「艦長! 対空火器だけじゃなくて、ふねのコントロールもちょうだい!」
『了解。全コントロール、そちらに。訓練どおりに。……ユーハヴ』
「アイハヴ!」

 ヴェーラはメルポメネを振り回すように動かした。巨大な艦体が驚くほどのスピードで転回する。この機動が維持できれば、容易に一撃離脱攻撃を許すことはない。対空火器の死角を機動で埋める。

 さっき使ったみたいな攻撃はできないものか。ヴェーラは意識を集中する。だが、できない。なにかのようなものが邪魔をする。マーナガルム隊の隊長機を狙おうとするほど、ノイズによって視界が歪んでしまう。

「くそっ、干渉みたいなのがある!」

 おかげで距離感すらつかめない。敵方の攻撃こそ完全防御に成功しているが、このままでは何の戦果も挙げられない。

 マーナガルム隊長機が急速に距離を詰め高度を下げる。

「ばかめっ、当たるぞ!」

 ヴェーラは対空火器を一斉に放ち、セイレネスで追いかけ回す。だが、それらはすべて無力化された。信じがたい機動で攻撃を――レールガンさえかわし、あまつさえ機銃掃射を加えてきた。完全に攻撃にシフトしていたヴェーラは、それらの銃弾を防御できなかった。主砲上部に設置されていた対空機銃群が軒並み吹き飛ばされた。

「追いきれない!」

 どうやっても捕まえられない。マーナガルム1の機動が読めない。姿を捉えられない。

 んっ!?

 ヴェーラの意識の中に黒髪の青年の姿が浮かび上がる。

 男の人? 誰?
 
 この人がマーナガルム1だろうか?

 その瞬間に、今度は副砲が機銃掃射を受けた。被害は軽微、しかし――。

『捕まえたっ、ヴェーラ! そっちに行く!』

 レベッカの対空砲弾が、三番機を掠めた。バランスを失ったその瞬間、間髪入れずにヴェーラが放ったレールガンが左の翼を半ばからもぎ取った。

「落ちない!?」

 三番機はそのまま上空に逃げた。機体の制御すら困難なはずなのに、その動きには全く危なげがない。

『さすがはマーナガルム……残念だけどアレを追ってる暇はないわ』
「そうだねって、うわっ!?」

 マーナガルムの隊長機が艦橋をかすめるようにして飛んでいく。放たれた機関砲弾が対空機銃をまたも吹き飛ばし、ありったけ撃ち込まれた対地ロケット砲が試作型粒子ビーム砲を破壊した。

「技術本部に怒られる! ちくしょう!」

 ヴェーラの意識が急速に鮮明になる。先程から邪魔をしていたがふわりと消えた。

「狙える!」

 ヴェーラの意識の中でが揃った。完璧な和音がヴェーラの中に広がる。ヴェーラはいまや戦艦メルポメネと一体だった。何を意識することもなく、艦体も砲台も操れる。

「セイレネス、再起動リブート! 対空迎撃モジュール、ハルピュイア・イレイザ、発動アトラクト!」

 副砲が矢継ぎ早に砲弾を放った。それは次々とマーナガルム隊長機に吸い込まれた。

 撃墜だ!

 ヴェーラは心の中で喝采する。これでカティが立ち向かうべき危険は一つ減った!

 爆発した機体を追うように、パラシュートが海へと降下していくのが見えた。脱出は出来たようだが、ヤーグベルテがあれ程の飛行士を易々とアーシュオンに返すとは思えない。戦果としては十分だった。

『こっちは仕留められなかったけど、ヴェーラ、大戦果ね』
「隊長機さえやれれば」

 ヴェーラは頷き、ほうと息を吐いた。全身が凝り固まっている。残っていた航空機は軒並み逃げていった。どこかに回収用の潜水艦でも潜んでいるのだろう。こちらはマーナガルムの隊長だけを確保できればいい。

 意識の目で見渡せば、周囲は地獄のようだった。無数の金属塊やオイルが浮かび、脱出し損ねた飛行士たちの死体も浮いている。

「わたしたちがやったんだね」
『そうね。でも』
「だいじょうぶ、ベッキー。平気じゃないけど」

 ヴェーラは少し思案してから尋ねる。

「ベッキー、気になるよね?」
『なるわよ。なんでマーナガルムの、特に隊長機には私たちの力が通じなかったのか、でしょ?』
「さすが。そのとおり。すごく邪魔された感があるよね」
『この人たち、私たちのセイレネスに干渉していたようにも思う。軍としても気になるでしょうね。こんな人たちが大挙してきたら、さすがに私たちでも苦しいわ』

 二人はまるで手を繋いで会話をしているかのように、互いのことが見えていた。シミュレータを使っていたときよりも圧倒的に距離感が近い。息遣い、感情の動き、そういったものさえはっきりと知覚できるほどに。

 その時、二人の耳に第七艦隊司令官、クロフォードの声が届いた。

『ふたりともよくやった。アーシュオン第四艦隊の殲滅を確認できた。マーナガルム飛行隊、二機中破、隊長機を撃墜し捕虜とした。すばらしい戦果だ』
「嬉しくなんてないけど」

 ヴェーラはぼそっと言った。

『まぁそう言うな、グリエール。これでしばらくはアーシュオンもおとなしくなるだろう。一時いっときの平和のために、貴官らは貢献したと言ってもいいだろうよ』
一時いっときの、ですね』

 レベッカの声には棘があった。通信回線の向こう側で、クロフォードが声を殺して笑っている。

『平和なんてのは、戦争状態の中の一時の休息の中でしか得られないものだ。そういう意味では、貴官らは十分に平和を生み出したと言っていいと思うが?』
「悲しいね、なんか」

 ヴェーラはセイレネスからログアウトする。そしてコア連結室の通信回線を開く。室内は暗い。何も見えないくらいが、今はちょうどよかった。

「その一時いっときの平和だって、本当に手に入る?」
『さぁなぁ。そればかりは俺にはなんとも言えんよ。手に入る可能性は生まれた、とは言えるかもしれんがね。なにせ我が国は民主国家。が何と言うか。国民様の代表者たる方々が何と言うか。俺たちはそれに盲目的に従うことしかできないからなぁ。シビリアンコントロール様々だよ』
「救いようがないね」

 ヴェーラは暗闇の中で目を閉じる。何の音も揺れもないこの部屋で目を閉じると、自分が誰で今どこにいて何をしているのかわからなくなる。

『貴官らの腕の見せ所になってくるかもしれんよ』
「わたしたちの? どういうこと?」
『いまや国民的スターであるの二人が、実はアーシュオンに対する究極の切り札ジョーカーだった。軍はそんな具合に発表するつもりさ。あと三十分もすれば、国民は皆ひっくり返ることになるだろうね』

 そんな話聞いてない。

 ヴェーラとレベッカは同時に愕然とする。

『さて、それを聞いた国民様たちは、いったいどういう考えになるかねぇ?』

 クロフォードは他人事ひとごとのように言い、それはヴェーラを少し苛立たせた。

「わたしたちは――」
『祈る以外にできることがあるなら、私たちはなんだってします、提督』

 レベッカがヴェーラの言葉を遮って言った。ヴェーラはムスッとした表情を見せて黙り込む。

『良い心がけだ。だがね、俺にも、貴官らにも、できることなんて限られている。あまり過度な期待はするものじゃない。たとえ影響力がどれほどあろうと、結局選ぶのは国民様だ。彼らは簡単に掌を返すし、簡単に陰謀論に振り回されるし、自分たちが絶対正しい、自分たちの主張こそが正義だと簡単に思い込む生物だ。彼らを信頼しすぎると、想像以上にメンタルに来るぞ』

 そうかもね――ヴェーラは闇の中で頬杖をつきながら溜息ためいきをつく。

『ま、そんなことを言っていてもせんきことよ。それに作戦で貴官らは数千の命を奪ったが、それを悔いる必要もないぞ。平和のための対価としては安いくらいだ。よくやった。以上』
『ありがとうございます、提督』

 レベッカは低い声で律儀に応えたが、ヴェーラは無言だった。ひどくむなしかったのだ。

 溜息しか、出ないや。

 ヴェーラは立ち上がるとコア連結室を出て、明るい廊下へと踏み出した。

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