13-1-5:二人の、出会い

歌姫は壮烈に舞う

 この子たちが……!?

 ヴェーラ、レベッカと対面したヴァルターの心の中の第一声はそれだった。

「その顔も無理はない」

 例の面会室に椅子をニ脚追加しつつ、エディットは言う。

「この子たちこそセイレネスである、とも言えるのだからな」
だったのか――」
「無論、依存するハードもソフトも存在する。しかしその中心コアにいるのはこの二人、ヴェーラ・グリエールとレベッカ・アーメリングだ」

 エディットは右にヴェーラ、左にレベッカを座らせて、自分も腰を下ろした。ヴァルターもようやく座る。

 最初に口を開いたのはレベッカだ。

「フォイエルバッハ少佐、はじめまし――」
「あ! やっぱりだ!」

 割り込んだヴェーラに、エディットは怪訝な顔を見せる。レベッカもヴェーラの言葉の意味に気が付いて、「ああ」と声を発する。置いていかれたのはエディットとヴァルターだ。

「戦艦で戦ったあの日、んだ」
「見えた?」

 エディットとヴァルターの声が重なる。ヴェーラは「うん」と頷いた。

「マーナガルムの戦闘機と戦ってたあの時に、チラッチラッて見えたんだ。間違いない、この人だよ。この人の顔が、セイレネスを通じてはっきり見えた」
「そんなこともあるのか、セイレネスには」

 驚くエディットだったが、すぐに話題を切り戻す。

「そのことは追々はっきりするだろう。それで、私を呼び出したということは、フォイエルバッハ少佐。結論が出たということでいいな?」
「結論から聞くか、そこに至った過程から聞くか」

 フォイエルバッハの言葉に、エディットはわざとらしく腕時計を見た。

「十八時半か。腹は減ったが、時間はある。過程から聞くとしよう」

 エディットは背もたれに右肘をかけ、優雅に足を組んだ。ヴァルターは背もたれに体重を預けた体勢で、腕を組んでエディットを直視している。

 そのピリピリするほどの緊張感に晒されて、レベッカは背中がじわりと冷たく湿ってくるのを感じていた。エディット越しにヴェーラを見ると、ヴェーラは息をするのもわすれたかのように、じっとヴァルターを観察していた。

 ヴェーラは、ヴァルターの顔を瞬きすることすら忘れて見つめていた。あの戦いの中ではもっと殺気立った印象があったが、今はなんだか魂が抜けてしまったかのような――さながら仙人のような雰囲気だった。やや伸びて不揃いになった黒髪、感情の読みにくい黒褐色の瞳、そしてカティと同じくらいに白い肌。背も高く、顔立ちもシャープで、なんとなく全体的にカティによく似ていた。試しに脳内で赤毛にしてみたら、「カティの兄です」と言われても信じてしまいそうなくらいに違和感がなかった。

「なんだ、俺の顔がどうかしたのか」
「ううん」

 ヴェーラは首を振る。

「なんでもないよ」
「そうか」

 ヴァルターはさほど関心がなかった様子で応答する。そこでエディットが「本題を」と促した。ヴァルターは「ああ」と頷いて話しはじめる。

「貴国の研究に協力するなんてのは、当然ながら利敵行為にたる」
「そうだな」

 エディットは当然のように頷いた。ヴァルターも動揺の片鱗も見せない。

「だが俺は、セイレネスというやつについて興味が湧いた。にもなるしな」
「ほう?」

 エディットは目を細める。機械の瞳孔が音もなく広がる。

「しかし貴国もクラゲ、ISTM、そしてあの戦闘機モドキのような超兵器オーパーツを多数保有しているではないか?」
「それだ」

 エディットの問いかけに、ヴァルターは小さく頷いた。

「俺もあいつらの正体は知らない。どうやって誰が動かしているのかも知らないし、知る権利もなかった。だが、とりわけクラゲだが、やつらはセイレネスと似ている、そう感じた」
「ほう……?」

 エディットは顎に手をやってから、ヴェーラとレベッカに視線を飛ばす。

「実際にクラゲを撃沈したこの二人も、同じ見解だ。確度は高いな」
「ああ、それならそういうことだろう。裏にいるのは大方ヴァラスキャルヴ、もとい、ジョルジュ・ベルリオーズとか、そのあたりの連中になるんだろう。あの軍産企業複合体コングロマリットが絡んでいるのだとすれば、同じ時代に別の場所に、にたような技術が浮かんできたというのも頷ける」
「奇遇ながら、私も同意見だ」

 エディットは面白い、と言いつつ同意した。ヴァルターは生真面目に相槌を打つ。

「だから興味が湧いた。今の俺には帰れる場所なんてないし、帰ったところで待っているのは緩やかな死か、急激な死か、そのいずれかだろうからな」
「そんな」

 ヴェーラが言いかけるが、エディットが目で制する。

「貴官の本音も、およそそのあたりにあるということだろう?」

 エディットの言葉に、ヴァルターはれた笑みを浮かべた。ヴェーラたちがはじめて目にした、ヴァルターの人間らしい表情だ。その黒褐色の瞳が、ヴェーラとレベッカを順に撃ち抜く。

「俺にはもう家族もない。に死んだ」
「えっ……あの時って、その」

 ヴェーラの言葉に、ヴァルターは曖昧にうなずいた。

「だから本国に未練はない」
「でも――」

 レベッカが言う。

「でも、だからといって、いきなり本国を裏切るような行為に手を貸そうとはならない気がします」
「裏切るつもりはない。あんな国でも俺の故郷ふるさとだ。国民のほとんどは善人だ。ヤーグベルテがそうであるようにな」
「では、なぜ」

 レベッカの鋭い問いかけに、ヴァルターは一瞬宙を見た。

「本国は裏切らない。だが結果としてそうなってしまう側面もある。それだけだ」
詭弁きべんだが、わからんではない」

 エディットは足を組み替えた。

「アーシュオンではスパイ容疑をかけられ、貴官の人的な価値も名声も地に落とされた。今のままでは捕虜交換のカードにもならない。貴官は帰れない」
「そうだ」
「だからヤーグベルテで何らかの付加価値を着けてもらわなければならない。それを考えた結果が、今回の結論――そういうことだろう?」
「そうだ」

 ヴァルターは静かな口調で肯定する。

「俺は見ての通り暇だしな。俺は俺でセイレネスの情報収集のために、貴官らの実験に参加する。それだけだ」
「十分だ、フォイエルバッハ少佐」

 エディットは立ち上がり、ヴァルターに右手を差し出した。ヴァルターはその手とエディットの顔をじっと見る。エディットは「ああ」と声を上げる。

では気になるか」
「バカにするな、逃がし屋」

 立ち上がったヴァルターは、そのケロイドに覆われた手を握り返す。エディットはニヤリと笑みを見せ、ヴァルターは無愛想にその表情を見った。

「一つ、訊いていいか、大佐」
「なにかな?」
「マーナガルム飛行隊はまだ無事なのか?」
「撃墜の報告はないな。どころか、あれ以来、戦場に出てきていないはずだ」
「そう、か」

 ヴァルターは小さく息を吐いた。エディットはまた凄味のある笑みを見せる。

「マーナガルムに帰りたいんだろう?」
「まぁな。良い仲間だ」

 ヴァルターはそう言って、エディットに促されて部屋を出て行った。あとは憲兵たちが部屋まで連れて行ってくれるだろう。エディットは扉を閉め、ヴェーラたちを振り返る。

「どう思う、今の話」
「問題はないと思います、今のところは」

 レベッカが即答した。ヴェーラも頷く。

「実験に参加したって、大事なものは見えたりしないし。ブルクハルト教官と接触させるのはだめだと思うけど」
「それはその通りだな」

 エディットは同意する。レベッカは椅子に座り直し、膝の上で指を組む。

「あの人の能力が判明したら、超兵器オーパーツへのより効果的な対処方法がわかるかもしれません。もしかしたら、私たちの能力無しで対抗できるようになるかもしれない」
「そだねー」

 ヴェーラは難しい顔をする。

「今だとさ、あいつらが出てくるたびに叩き起こされるし」

 今でも時間を問わず、緊急の参戦要請が手軽に行われている。出撃未遂を含めれば、酷い時には三日に一度のペースで呼ばれる。停泊している戦艦のコア連結室に飛び込んで状況を追い、必要とあれば遠隔セイレネスで支援する。そんな日々にはさすがのレベッカでも疲労を隠せない。三日連続で叩き起こされた時には、さすがのレベッカもしばらく不機嫌になっていたほどだ。

「よし、なら決まりだな。暇を持て余している私が言うのもアレだが、非戦闘時にはびっしりと実験を組み込むことになる。彼の時間は有限だ」
「……わかった」

 ヴェーラはしかめつらしく頷いて、立ち上がる。そして「ん?」と首を傾げてから微笑ほほえんだ。

「どうしたのふたりとも、変な顔しちゃって。だいじょうぶだよ、わたしは」
「なんでもない」

 エディットは早口で言い、レベッカは取ってつけたような微笑を浮かべた。

 二人は気付いている。ヴェーラの「だいじょうぶ」はだということに。二人はヴェーラの表情の中に、深すぎる闇を見ていた。そのは、ヴェーラが核弾頭を落としたその日から、時折姿を見せていた。

「無理するな、グリエール」
「え?」

 ヴェーラはきょとんとした表情でエディットを見た。数秒の沈黙の末に、ヴェーラは腰の後ろで手を組んで猫のように伸びをした。

「無理してないかって言うとね、そりゃしてる。いろいろと。わたしだって考えてるし、感じてるし、傷ついてるんだよ、知ってると思うけど。でもそれ、ベッキーもいっしょ。ベッキーよりとかベッキーに比べて、とか言うつもりはないよ? でも、ベッキーがいてくれるから、わたし、まだまだだいじょうぶ」
「ヴェーラ……」

 レベッカの呼びかけを受けて、ヴェーラはレベッカを素早く抱きしめた。

「ヴェ、ヴェーラ?」
「きみをこうやって抱きしめるだけで、わたしは元気になれる」
「ヴェーラ……」

 レベッカもヴェーラの背中に手を回す。エディットはさりげなく目をらし、胸の中で問いかけた。

 ――だいじょうぶなんかじゃ、ないんだろう?

 しかし、それへの応答はなかった。ヴェーラの空色の瞳が、エディットをじっと見つめていた。

→NEXT