14-1-1:繰り返される実験の中で

歌姫は壮烈に舞う

 がんばれ、わたし!

 ヴェーラはシミュレータの暗い筐体の中で気合いを入れ直す。

 ヴェーラとレベッカの訓練を兼ねた実験は、かれこれノンストップでニ週間続いている。この二週間で実戦への支援要請はニ回あった。それも休日が割り当てられていた日に。つまり、ヴェーラたちは一日も休めていないということになる。

 さすがにヴェーラもレベッカも、その表情や声に、疲労を色濃くにじませていた。しかし、それでも二人は「休みたい」とは言わなかった。

 データの確認を一通り終えたエディットが二人に呼びかける。

『今日は次の一戦でラストにする。終わったらティータイムといこう』

 それを聞いたヴェーラは、筐体内で指をストレッチしながら、努めて軽い口調で応じた。

「ピザも用意しておいてよ、エディット」
『はは、考えておこう』
「やったね」

 ヴェーラは「よし」とまた気合いを入れる。

『では始める。フォイエルバッハ少佐、準備はいいな』
『いつでもオーケーだ』

 ヴァルターが素早く応じる。これからヴェーラとレベッカの操る戦艦二隻と、ヴァルターの操る戦闘機で、先日の戦いを再現するのだ。もう幾度となくこなしているプログラムメニューであったから、ここに居合わせている誰にも余裕があった。

 このプログラムをこなしてきたことで、少しずつセイレネスによる精神への干渉と、それを跳ねける何らかの要因の関係性が見えてきていた。セイレネスによる強力な論理層への干渉を受けてもなお、ヴァルターの中にはそれを上回る補正能力があった。しかし、それは毎回そうではない。結果が良いときと悪いときの振れ幅は確実に存在していた。

 ヴェーラの視界の中に純白の戦闘機が入り込む。それは猛烈な速度で接近してきていた。対空機銃の射程に入る直前で対艦ミサイルが放たれる。もっともそれは、戦艦搭載のCIWSによっていとも簡単に迎撃、爆散させられる。戦艦たちはたった一機の戦闘機に向けてあり得ない量の砲弾を打ち上げるが、ただの一発もかすりもしない。

 それはヴァルターの戦闘センスによるものもあったが、それだけでは説明がつかない。セイレネスによる攻撃は、いわば必中、一撃必殺である。にも関わらず、ヴァルターはいとも容易たやすく回避してしまう。まるで対空火器自体に不備でもあるのではないかというほどに、当たらない。

「あっ、ちっくしょ!」

 ヴェーラは悔しげな声を発する。

 ミサイルは迎撃でき、対地ロケットもなんとかなした。しかし、それに続いた機銃掃射はもろに食らってしまった。副砲近辺の対空機銃が根こそぎ吹っ飛ばされ、危うく艦橋への被弾さえ許すところだった。

「やっぱりこの人、あり得ないよ!」
『そうね、同意するわ、ヴェーラ』

 レベッカが言う。レベッカの戦艦エラトーからも熾烈というほかにない対空砲火が上がっているが、効果は全くない。偏差へんさ射撃の尽くが機体を裏切られる。

「だぁーっ、ぶんぶんとぉっ!」

 ヴェーラは叫んだ。それによってヴェーラの中にあった薄いもやのようなものが一気に晴れた。なぜかはヴェーラには理解できていなかったが、ともかくももやが晴れるのと同時に、ヴェーラの中で跳ね回っていた不規則なが急に揃った。

 見える!

 ヴェーラにはヴァルターの機体の動きが見えていた。偏差射撃を裏切る機動も、今やヴェーラには手にとるように判る。AIに予測できないものが、ヴェーラには見えていた。

 そこ!

電磁投射砲レールガン、撃てぇっ!」

 第三主砲の両サイドに備え付けられた巨大な砲身がぐるりと動いて空を撃った。超高エネルギーが空を穿うがつ。本来は対艦用の兵器であったが、ヴェーラの強い希望で可動域を広げられていた。ヴェーラにとっては非常に扱いやすい兵器だったからだ。甚大な電力も、戦艦のジェネレータ出力を考えれば大した問題ではなかった。

 放たれた二つの弾頭の片割れがヴァルターの機体に直撃した。それで終了だった。

「ふー」

 筐体から出て目を細めながらヴェーラが額の汗を拭う仕草を見せる。

「今回も手強かったぁ」
「私、何もできなかった」

 少しいじけているレベッカの肩を、ヴェーラはさり気なく抱いた。

「今回はわたしだっただけだよ、ベッキー。いつもいつもベッキーに活躍されてたら、今度はわたしの立場がないよ」
「ありがと、ヴェーラ」

 レベッカはそのまま、ヴェーラの肩に頬を乗せる。その時、戦闘機シミュレータの筐体からヴァルターが姿を見せる。

「まったく手荒い実験だ。せめて被弾の衝撃だけでもカットできないものか」
「フォイエルバッハ少佐、貴官もご苦労だった」

 エディットは凄味のある微笑を浮かべつつ、右手を上げた。ややげんなりした表情のヴァルターもそれに応じ、筐体に背中をつけて腕を組んだ。エディットはブルクハルトを振り返る。

「ブルクハルト少佐、今回の実験でなにか?」
「正式な報告のためにはもっとしっかり分析が必要ですが」

 ブルクハルトはタブレット端末を見下ろしながらうなる。

「今までの実験のときと同様に、フォイエルバッハ少佐への脳波干渉は確実に発生していますね。ただ、今回、最後の攻撃を食らう前の間の脳波は、セイレネスの増幅器が検出している波長とほとんどシンクロしています。今回の同調率は99.95%という驚異的な数値になっていました」
「その同調率が高いとどうなる?」
「ええとですね」

 間髪を入れないエディットの問いかけに、ブルクハルトは少し考える。

「同調率は、セイレネスのと読み替えても良いでしょうね。フォイエバッハ少佐のような超エース級であれば、戦艦のハリネズミのような対空砲火を浴びたところで被弾なんかしないでしょう――セイレネスがなければ。一方で、セイレネスによる干渉がある程度見込めれば、かのマーナガルム1とはいえ、為す術もなく撃ち落とされます。今回のラストのように。しかし、それまでの99.95%の同調率、つまりセイレネス干渉率0.05%では干渉はほぼないに等しい。そりゃ撃墜は不可能ですよ」

 それを聞いてエディットは顎に手をやって考え込んだ。レベッカとヴェーラは、ヴェーラの筐体の脇にパイプ椅子を引っ張ってきて、ちょこんと座っている。

「しかし、ブルクハルト少佐。今回は最後の最後でその同調率が崩壊した。それはどう説明したらいい? 私も上に報告しなくてはならないからな」
「報告書に用いるローデータも添付してお送りしますけども」
「それは助かる」

 エディットは頷く。ブルクハルトは技術屋らしからぬ繊細で広い視野の持ち主だ。その報告書は極めてわかりやすく、過不足がない。その上仕事が異常に速い。ありとあらゆるものの効率を最適化して生きているのではないかというほどに合理的な思考の持ち主だった。対人能力も非常に高いのだが、これもまた彼の合理性が生み出した能力なのだろう。要は手戻りや再説明がめんどくさい、であるならばそれが必要のないくらいの完全なものを用意しておこう、ということである。

 ブルクハルトはすでに用意されていたデータをタブレット端末に表示する。

「さしあたり、最後の最後は、ヴェーラの集中力がフォイエルバッハ少佐を凌駕りょうがしたということです。それまでのヴェーラの脳波が、この瞬間に、ほら、明らかに変わっているでしょう?」
「本当だ」
「この波形に変わったことで、フォイエルバッハ少佐がやり過ごしていたセイレネスの波も変わった。それで少佐の防御が貫かれた。干渉のが変わったということです」
「ふむ」

 エディットは筐体に寄りかかっていたフォイエルバッハ少佐を呼び寄せる。

「フォイエルバッハ少佐。模擬戦中には?」
「ああ、いつも通りだ。頭の中にねじこまれてくるみたいな、そんな感覚だ。かと言われるといくらか疑問は残るが、と言えなくもない」

 ヴァルターはそこまで言って「ん……」と若干の間を置いた。

「だが、今回のは幾分鮮明に感じられたな。慣れかなとも思うが、頭の中の違和感がすぐに消えたような。そこから先は見ての通りだ。弾幕の動きも手にとるようにわかったから、回避自体に苦労はなかった」
「……だ、そうだが、ブルクハルト少佐」
「参ったな、慣れか。習熟度が影響してくるとなると、ルフェーブル大佐、現状のサンプル一名というのはちょっと厳しいです。多角的に分析する必要があります」

 ブルクハルトの渋い表情に、エディットは腕を組む。

「だがな、そんな能力の持ち主がゴロゴロしているわけでもない。どころか、捕虜の中には他に一人も適性のあるものはいなかったではないか」
「そうなんですが。このままではカウンター・セイレネスもなんだか微妙なものになりかねませんよ」

 ブルクハルトは飄々と言い、それはエディットをいくらかカチンとさせた。ブルクハルトはそれに気がついたが、全く意に介さなかった。

「まぁ、努力はしますけども。フォイエルバッハ少佐のデータから試作品は作りますが、量産機には搭載するのは難しいでしょうね。わずかでものある飛行士パイロットを見つくろって、その人専用のチューニングをほどこしてやっと、という感じでしょう」
「構わん」

 エディットは頷く。

「我々も最初から完全なものを求めているわけではない。たとえ何機かであっても、あの化け物どもに効果的な一撃を叩き込める可能性があるのだとすれば、歌姫セイレーンたちの負担も減る」
「了解です。それではさっそく報告書をまとめてきます」
「貴官は本当に頼りになる」
「自分の好きにやるためには、も必要ですからね」

 ブルクハルトは冗談めかして言いながら、モニタールームへと戻っていった。エディットは未だ近くで手持ち無沙汰にしていたフォイエルバッハに「収容所へ戻ってくれ」と伝えた。

 その時、「ねぇ、エディット」とヴェーラが立ち上がりながら声をかけてくる。

「わたし、そろそろ少佐とお話ししたいんだけど」
「許可できない」

 エディットはその提案を即座に却下する。ヴェーラは不満げに口を尖らせたが、レベッカに袖口を引っ張られたためにそれ以上は何も言わなかった。

「そんな顔をするな。下手に敵国人と交流してもやりにくくなるだけだ」
「でも」
「それにお前たちは我が国の生きる最高機密だ。敵の将校に、おいそれと接触させるわけにもいかん」
「こんなに一緒に実験させてるくせに」
「ヴェーラってば」

 小声でヴェーラをいさめるレベッカを見て、エディットは小さく肩をすくめてみせた。

「そう言われてもな。そもそも捕虜を巻き込んでこんな実験をしてることがマスコミにバレてみろ。それこそ私もお前たちもタダじゃ済まされない。有る事無い事書き立てられて、大変な目に遭う」
「でもわたし、この人にすごく興味があるんだもん。それにバレることとわたしがこの人と会話することになんて、何の因果関係もないじゃない?」
「……かなわんな」

 エディットは首に手をやってかぶりを振った。

「ではこうしよう、グリエール。今日のところはいつものように会話は禁止だ。だが、来週中には訓練抜きで面談ができるように手配する。とりあえず今日はこれで妥協してくれないか」
「うーん」

 ヴェーラはなおも不満顔だったが、渋々頷いた。

「わかった。それでいいよ、とりあえず。とりあえずだよ」

 憲兵に連れられて部屋を出ていくヴァルターを視線で見送りながら、ヴェーラはこれみよがしに溜息をついた。

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