#08-05: 背明のセイレーン

本文-静心

 二〇九九年一月一日、夜明け前――。
 
 たったの三十五キロメートル。

 私たちがイザベラの艦隊を検知した――というより視認できた――のは、そこまで接近できてからだった。散開索敵に入っていた第七艦隊や、エウロス飛行隊の海上機動要塞アドラステイアを呼ぶ時間さえなかった。救援を要請はしたが、第七艦隊は二日はかかる。エウロスにしても戦闘終結に間に合うか否か……。

「……やらかした」

 私は意識を上空へ飛ばして、呻いた。東の空を背にしたイザベラの艦隊が、私たちにまっすぐ向かってきていた。

「レスコ中佐。私とアルマが前に出ます。私たちがセイレーンEMイーエム-AZエイズィと当たります」
『了解した。しかし、こちらの指揮はこちらに任せてもらう。いいな?』
「……お任せします」

 私は言う。アルマの意識を感じながら。

 セイレーンEMイーエム-AZエイズィは、私たちの制海掃討駆逐艦バスター・デストロイヤーの二倍を優に超えるサイズの巨艦だ。改めて見ると、大きい。

 明るくなり始めた東の水平線に、イザベラの艦隊が現れた。極至近距離だ。私たちは特に申し合わせたわけでもなかったけれど、双方揃ってその距離で停止した。

 背明はいめいのセイレーンEMイーエム-AZエイズィは、雄弁に沈黙を語る。いだ海にその白銀の巨体を休ませていた。その後ろには巡洋艦が二隻控え、さらには今や十数隻となったC級歌姫クワイアたちの小型艦が並ぶ。

『イザ……違う。ヴェーラ!』

 アルマがその名前を叫んだ。

『あなたの怒りはあたしにも理解できる気がする。理解できてると思う。でも! どうしてこんなにたくさん死ななきゃならなかったの? どうしてこんなに殺さなきゃならなかったの?』

 アルマの問い。そして、耳が痛くなるほどの沈黙の後に、ヴェーラの透明な声が響いた。

『この身勝手な戦いセルフィッシュ・スタンドのために、あまりにも多くの人が死んだね』
『もう、やめましょう、ヴェーラ』
『そうはいかないんだ』

 ヴェーラは言う。

『そうじゃないと、ベッキーに会いに行けないし、合わせる顔もない』
「そんなことない! なんとかするから、だから――」
『このに及んで恐れるものなどないよ。わたしについてきてくれてるみんなも、同じさ』
『死んで良い人なんて、どこにもいない!』

 アルマの血を吐くような叫びが響き渡る。

『画竜点睛を欠くわけにもいかないのさ、アルマ。が理解できるようにするためには、わかりやすいピリオドが必要なんだ』
『そんなことのために死ぬっていうの!? おかしいよ、そんなの!』

 アルマの口調が完全に素に戻っていた。

 暁の気配が、海面を鏡のように輝かせる。遠く浮かぶ朝焼けに燃えた雲の峰が、高らかに夜明けを告げた。

はね、自分たちにとって都合の良い現実しか見ない。都合の良い解釈しか理解しない。探さない。見つけない。見つけられない。わたしがこうして力を見せつけたところで、はその力がに向けて振り下ろされようとしていることに思い至る能力など持たないんだ。自身への脅威となるものであることなんて、想像すらできやしないんだ。そしてがそうである限り、わたしたちはにとっては都合の良い道具――快楽のための玩具に過ぎない。だからわたしは今、彼らを罪人つみびとと断じよう』

 断罪コンヴィクションだ。私の喉が干上がる。意識が重たい。アルマが叫ぶ。

『だからって、でも、そんなの……おかしい! 誰も望んでないのに人殺しをするなんて。人殺しをさせるなんて! そんなのただのの供給作業じゃないか!』
「ヴェーラ、お願いだから、もう、殺させないで。私たちのこの剣は、仲間同士で切りつけ合うためのものじゃない!」

 私の言葉に、ヴェーラは小さく息を吐く。

『こんなにつきあわせてしまったことについては、ごめん』
「茶番ならもう十分です!」
『ははははは!』

 ヴェーラは笑う。

『きみたちは純粋だね、マリー、アルマ。まるで昔のベッキーを見てるみたいだ。ああ、わたしもそうだったのかなぁ』

 呑気な口調で、ヴェーラは言う。セイレーンEMイーエム-AZエイズィが少しずつ装甲を展開していく。私たちのアキレウスとパトロクロスも同じように形を変えていく。と、見せつけるかのように翼を広げていく。

『さぁ!』

 イザベラが声を上げた。

『そろそろ頃合ころあいだよ。邪魔セコンドが入らないうちに、はっきりとしたピリオドを打とう。誰にでも理解できる、。わたしの想いと、きみたちの正義が掛け合わされた結果、何が生み出されるのか。
 このどうにもならない現実。こんな現実を、きみたちには変えられるのか? 愚昧ぐまいに見せつける何かを作り出せるのか? 這い寄る混沌どもを薙ぎ払えるのか? さぁ、今、わたしに見せて欲しい! わたしの期待に応えて欲しい! そして――』

 ヴェーラは一つ間を置いた。それは躊躇ちゅうちょか、あるいは――。

『そして、きみたちので、わたしを殺すがいい!』
「ヴェーラ!」

 私は叫ぶ。

「ヴェーラ! 私はあなたの歌が好きだった! あなたは私の憧れだった!」
『……ごめん』

 その反応は、まるで悪戯を叱られた子どものようだ。

「やめよう、ヴェーラ。私は――」
『ノー、だよ。もう止められないんだよ。そしてわたしには、止める気もないんだ。わたしが死ぬか、きみたちが死ぬか。今あるのはそれだけ。ただ、それだけ。だから、始めよう』

 ヴェーラ……。

 私の想いを完膚なきまでに払いけて、ヴェーラは高らかに歌った。

『イザベラ・ネーミアより、わたしに続く者たちへ! ただちに、戦闘行動を開始せよ!』

 手遅れだとは思いたくない。そうは思いたくないのに――私のふねは進んでいく。

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■本話のコメンタリー

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