雨音が静かに浮かんでは消えていくのを聞きながら、私は今、ベッドに寝転がりながら、先の「イザベラの反乱」についてのサムが書いた特集記事を読んでいる。珍しくも紙媒体の雑誌だった。ちなみに何度読んだかは数えていない。暗記するほど読み込んだのは事実だ。そういう事情もあって、私に腕枕をしてくれているレオンは雑誌の方は見もせずに、私の顔ばかりを見ていた。
「あれからもう五ヶ月。出撃もないなんて不思議だね」
少し恥ずかしくなった私は、レオンにそう言ってみる。レオンは頷く。
「確かに不思議だ。アーシュオンにしてみれば絶好の機会なのに」
「あ、ううん。でも不思議じゃないかも」
「うん? どうしてだい?」
「だって、歌姫計画が戦争継続のための方法論だとしたら、今、アーシュオンが積極攻勢に出てくることはないと思う。もし、今全力で殴られたら、私たちの艦隊が壊滅しちゃって、全部台無しじゃない?」
実際のところはどうなのだろう。ナイアーラトテップI型や、生首の歌姫たちも気にかかる。
だけど、それは多分カワセ大佐が考えるべきことだ。私たちは文字通りの歌姫としての活動に勤しめればそれでいい。
私は立ち上がって、窓の外を見た。士官学校のあの部屋を引き払ってまだ三ヶ月だけど、この部屋にももう慣れた。レオンと二人で住む事を決めた小さな家だ。もちろん、セキュリティはあれこれと完璧だ。いざとなればジョンソンさんやタガートさんが助けに来てくれるし。
そして何より気に入ったのが、庭の奥、窓から良い感じの所にある大きな桜の木だった。そして、ちょうど今が見頃だ。私の隣にレオンがやってくる。レオンは本当に片時も私から離れようとしなかった。その追跡能力たるや、よく慣れた手乗り文鳥の如しだ。レオンは言う。
「雨が上がってるね」
本当だ。つい今さっきまで降っていたのに。私が来るのを待って止んだのかもしれないな、なんて自惚れてもみる。そしてそこに、ごう、と春の風が吹く。庭の桜の花が、薄紅色の花弁を散らしていく。雨を耐えた花たちが、風によって解き放たれていく。
「ひさかたの光のどけき春の日に――」
レオンがふと呟いた。私は続きを知っていた。だけど、少しアレンジする。
「静心にて、花の散るらむ」
西暦二〇九九年五月。
ディーヴァのいない世界は続いている――。
ー静心にて、花の散るらむ:歌姫による戦争継続のメソッド・完