00-0-1:晩夏のオリオン、その下で――。

歌姫は壮烈に舞う

 鮮烈に青い空は、たちまちのうちに熱量を上げる。無数の戦闘機が飛び回り、多弾頭ミサイルを撃ち放ち、爆炎に飲まれていく。何千何万というHVAP高速徹甲弾がお互いの命を削り合っていく。

 その数多あまたの死神たちの手をかいくぐり、青年の操る純白の戦闘機がぐんぐんと高度を上げていく。追いかけようとする敵機を悠々ゆうゆうと振り切る。空の色が夜のようだ。

 いた――!

 青年は成層高度を滑ってくる真紅の戦闘機を発見する。ということは、もうすでに友軍戦闘機部隊は大変な目に遭っているに違いなかった。あの真紅は、のみが使うことを許された色。彼女は人類史上最強とも呼ばれる戦闘機乗りだ。そして青年もまた、それには同意していた。同意せざるを得なかった。である彼女は、まぎれもなく天才だった。

 青年は挨拶代わりに多弾頭ミサイルを放つ。しかし、は回避行動すらしようとしない。全弾命中コースだった。しかし青年はその行く末を見ることなく、高度を下げた。彼女も下げてくると踏んでいた。

 しかし、空の女帝は高度を変えなかった。分裂したミサイルを最低限撃墜し、そのままその弾幕を突っ切った。狂気的とも言えるその行為は、しかし結果を伴っている。彼女は、無傷だった。

 やるッ!

 完全に上を、それも背後を取られる形になった青年は、冷静に仮想キーボードを叩き、機体の安全装置を解除する。加速限界を解除し、機体制御システムの自動制御モードを削除する。一歩間違えば空中分解だ。それを防ぐ機能を全て強引にオミットしたのだから。

 だが、にはそれですら不足だった。アーシュオン最強の戦闘機をもってしても、どんな戦闘機乗りアビエイターでも、女帝には及ばない。

『ひさしぶり、
「――そうだな」

 そうこうしているうちに、通信回線を奪われていた。レーダーすら何かの干渉を受けて不良状態に陥っている。彼女は電子戦の達人でもある。手の内を知っていてもなお、青年には手の打ちようがなかった。

『アタシを殺せばあんたは助かる。そういうことかい?』
「……肯定だ」

 それ以外に、俺には助かる道はない。

『良いだろう。アタシの望むところではないが、アタシも簡単にやられてやるわけにはいかない』
「もちろんだ」

 彼女はいつもの寂しげな表情をしていることだろう。彼女もまた、俺以上に重たい決断を迫られている――青年は機首を上げる。眼下の乱戦から離れた、静かな空へと向かっていく。女帝も静かについてくる。今はささやかな休戦時間だ。数秒後からが本番だった。

「リゲルだ」
『……昼間に見るには、良い星だね』
「晩夏のオリオン、か」
洒落シャレたことを言う』

 あまりにも高い、青年たちの戦闘機の限界高度。から解き放たれつつある空に、明るい星たちが幾つも張り付いていた。

『アタシが勝っても、負けても、あの子は泣くだろう。だったらアタシは勝つ方を選ぶ』
「たとえ君が相手だとしても、俺は負けるつもりでここにいるわけじゃない」
『知ってるさ。だからアタシはあんたの誘いに乗った』
「俺も君がそうすることを知っていた」

 青年は苦笑する。

『アタシたち、なんでこんなことをしているんだろうね』
がために、か」

 二機が進路を分かつ。そして互いの背後に食らいつこうと急上昇と急降下を繰り返し始める。

「俺は君とこうして戦えることには、意義だの意味だのを超えて、喜びを感じている」
『救いようがないね――お互い』
「まったくだ」

 青年が機体を倒し、高度を一度下げて急激に上げ直す。一瞬前までいたところを無数の機関砲弾が貫いていった。いつの間にか真紅の戦闘機が真横に並んでいた。コックピットの中に女帝の姿が見える。彼女は青年を見ていた。

 二人は無言で進路を分かつ。

「準備運動は終わりだ。始めよう、カティ・メラルティン」
『全力で相手させてもらう。お互い後悔はナシだ』
「わかっている。感謝する、

 オリオンの下でのラスト・フライト――。

 白と赤が、せ返るほどに暗い空を引き裂いていく。

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