02-1-1:アーシュオンのアビエイターたち

歌姫は壮烈に舞う

 

 遡ること二ヶ月半。ヤーグベルテ士官学校襲撃事件から二週間後、二〇八四年二月二十日のことである。

 アーシュオン共和国連合の最前線基地、軍装港湾都市ジェスターは相変わらずの慌ただしさの中にあった。ヤーグベルテに最も近い基地であり、そのため常に装備は最新鋭、駐留部隊もまた最精鋭が揃えられていた。

「今日は一段と暑いな」

 鋭い視線で窓の外を眺めている黒髪の青年が呟く。ジェスターはほぼ赤道直下に位置しており、ほとんど年中暑い。昼前だというのに、その陽光には容赦がなく、窓辺の青年をじりじりと焼いていた。青年は黒褐色の目で、格納庫へとタクシングされていく大型の電子戦闘機FA201Eフェブリススターリングを追っていた。その後ろに続くのがFA221カルデアだ。その純白に塗装された多目的戦闘機マルチロールファイターは青年の専用機だった。青年は若干二十五歳にしてとの二つ名を持つ超エースである。時として「アーシュオンの白き暗黒空域」などという名前でメディアに書き立てられることもあった。

「まーまー、ヴァリー君」

 室内にはもう一人いた。金髪に青い瞳を有した細身の青年である。ヴァリーと呼ばれた青年は面白くなさそうに鼻を鳴らし、自分のデスクチェアに腰を下ろした。青年はヴァルター・フォイエルバッハという名前だったが、親しい者はヴァリーと呼ぶ。

「落ち着こうぜ、隊長。あんな味方殺しを見せられちゃぁ、しゃーねーってのはあるけど」
「しかしクリス。二個艦隊だぞ。同盟国の艦隊を二つも消滅させたんだぞ、こっちの兵器の実験のために」
「しゃーねーっしょ。大国に隷属する小国の立場なんてそんなもんよ」

 クリスこと、ハインリヒ・クリスティアン・シュミット中尉が、自身の携帯端末モバイルから視線を上げようともせずに言ってのける。

「実際、ベオリアスもキャグネイも、遺憾の意を表明しているだけ。いつも通りさ」
「何千人と死んだのに、そんなこと――」
「んなもん国の都合よ。俺たちの考えるこっちゃねーよ。大尉殿も余計なことを言って、変なことに巻き込まれるなよ」

 その発言にはヴァルターは反応しなかった。代わりに、自分の端末のモニタに移されている三次元画像を睨む。そこには超大型変形球体爆弾こと、ISMTインスマウスの姿があった。冗談のように巨大で、冗談のように頑丈で、冗談のような破壊力を有した虐殺兵器だ。ヤーグベルテの八都市を同時に破壊した
無差別破壊兵器である。国際法の無意味さを知らしめた兵器でもある。

「戦争にだってルールはある」
「ねぇよ、ない、ない」
「しかし」

 ヴァルターはクリスティアンを睨む。しかし彼は意にも介さない。

「アイスキュロス重工によってもたらされた三種の神器。それが平和に結びつく可能性だってあらぁな」
「あれを見せられたヤーグベルテが降伏するとでも?」
「無駄な小競り合いは減るだろうさ。ある意味、核兵器なんかより確実な抑止力じゃねぇ?」
「だが、軍部はこれで止まるつもりはないぞ、間違いなく」
「だねぇ」

 そう言って、クリスティアンは立ち上がる。そしてヴァルターのデスクの前まで来て腕を組んだ。

「俺たちの仕事は命令に従って空に上がり、命令に従って敵を殺すこと。違うか?」
「それは――」

 そうだが、と、ヴァルターは口ごもる。

「最近さ、情報部の動きも慌ただしい。おまいさんはトップエースだからお目こぼしはあるかもしれねぇが、それでも情報部の連中は怖ぇぞ。守りたいものがあるうちは歯向かわねぇことだよ」
「しかし」
「俺が情報部の関係者じゃねぇって、誰が証明できる? 言動には気を付けておけよ、ヴァリー君」

 その言葉を一笑に付そうとしたヴァルターだったが、クリスティアンのいつにない鋭い表情に立ち止まる。クリスティアンを数少ない親友の一人と認識していたヴァルターだったが、同時によくわからない人物であるとも思っていた。だがそれは、アーシュオンの軍人にとっては日常茶飯事である。

 クリスティアンはヴァルターを見下ろして口角を歪め、また応接用ソファに戻った。彼は暇があるとこうしてヴァルターの執務室に居座ることが多かった。

「アーシュオン最強の飛行隊」

 クリスティアンが誰にともなく呟く。

「第四艦隊第一戦術飛行隊・マーナガルム」
「……?」
「忙しくなるぜ? だから、政治の瑣事さじなんぞに心を砕いてる暇はねぇよ」
「しかし、非戦闘員を何十万も殺したんだぞ、俺たちの国は」
「関係ねぇよ。敵国人なんざいくら殺したっていいだろ」
「憎しみを増やしてどうする!」
「憎しみが増えたからってどうなる?」

 禅問答のようにクリスティアンが応じる。ヴァルターは奥歯を噛みしめる。

「手を取り合って仲良く世界平和、なんてことが今さら実現できると思ってんの? 百年も前から憎しみしかねぇんだよ、お互いに。だからこそ、より強い力でねじ伏せることが必要だ。アーシュオン、俺たちの国家は、降伏した敵国の男を皆殺しにするくらいはやりかねねぇんだよ。知ってるだろ、ヴァリー君」

 流れるように吐き出されるその言葉に、ヴァルターは反論できなかった。

「それにその冷酷さはさぁ、外国にだけ向けられているわけじゃねぇのも知ってるだろ?」
「まぁ、な」
「ヤーグベルテ系ってだけで、おまいさんはマークされてんだ。せいぜい国家の犬として忠実に任務を遂行してくれよ――情報部としてはそんな思いだろうさ」

 ひとしきりまくし立てて、クリスティアンは飄々とした様子で部屋から出ていってしまった。ヴァルターは窓の外に向き直り、遠くに見慣れない機体を発見する。純白であることは陽光のさなかにあっても見て取れた。

「あれがPFA001レージングか」

 ヴァルター用に一機だけ先行配備されることになっている、アイスキュロス重工製の最新鋭戦闘機である。

「ヤーグベルテ系がこの国で生きていくためには――」

 ヴァルターはうんざりと口にし、「やれやれ」と首を振った。

 ISMTインスマウス、ナイアーラトテップ、ロイガー……。いったいぜんたい、俺たちの国は何処に向かおうとしているんだ?

 ヴァルターは深々と溜息をついた。

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