07-1-1:センセーション

歌姫は壮烈に舞う

 

 二〇八五年十一月――。

 四風飛行隊ボレアス飛行隊隊長、エイドゥル・イスランシオが戦死してから、早くも一年が経っていた。しかしその間もアーシュオンからの攻撃は継続的に続き、ヤーグベルテはもはや防戦すらままならなくなっていた。アーシュオンの超兵器オーパーツが登場した時点で負けが確定するのだ。とても戦闘とはいえなかったし、戦略なども立てようがなかった。国民もそれを理解し始めたために政府への支持は急降下していた。また、最大の同盟国家群のエル・マークヴェリアも、ヤーグベルテとの距離を置き始めていた。

「国家崩壊も時間の問題……か。メディアが崩壊煽ってどうすんだ」

 金髪碧眼の青年は、エウロス飛行隊の訓練場の休憩スペースで携帯端末モバイルを見ながら呟いた。三人掛けソファの隣には女性の大尉がいて、同じように携帯端末モバイルを見て何かを入力していた。

「ごめんなさい、エリオット中佐。少し現場でトラブってて」
「構わねぇよ。ベッドの中でやられるよりゃいいさ」

 エリオットはのんびりとニュースサイトを巡る。最近のニュースでは、彼の所属するエウロス飛行隊の話題が一際目立つ。主に新人二人の話題だ。

 一人はカルロス・パウエル。あのエリソン・パウエル中佐の弟で、初の実戦、それも「羽つき棺桶」と評されてすらいる旧式機F102イクシオンで、アーシュオンの攻撃機とほとんど互角に渡り合った実力の持ち主だ。「次世代のトップエース」などという見出しをつけられてもてはやされている少年だが、当のカルロス少年はというと別に気取った様子もなくただひたすらに過酷な訓練メニューをこなしていた。今はマクラレン中佐の指揮下に入っているが、まだまだ実戦には出られないだろう。空戦は個人技の世界ではないからだ。それはあの暗黒空域シベリウス大佐ですらそうだ。シベリウスがいくら強くても、それだけで雲霞のごとく押し寄せる敵機を退ける事はできない。

「にしても天才っつーことには変わりゃねぇか」

 エリオットはソファから立ち上がると、自動販売機の方に向かう。

「お」

 反対側からふらふらと歩いてくる赤毛の新人を見つけて、エリオットは右手を上げる。彼女――カティは慌てて立ち止まるとどこかキレのない敬礼をした。

「そうとうしごかれてんなぁ。厳しいだろ、シベリウス大佐」
「あ、はい。でも」
「おかげで十一回目の出撃も無傷で乗り切れた、と」
「え、ええ」 

 カティは硬直したままそう応じた。エリオットはそんなカティの右肩を軽く叩くと、カードを小さく掲げた。おごってやる、という仕草だ。

「いえ、しかし」
「生還記念にコーヒーの一杯くらい奢らせろ、バカ」

 エリオットはそう言うとカティにコーヒーを選ばせて支払いを済ませる。自分自身はカフェインのきつい栄養ドリンクをチョイスした。

「ありがとうございます」
「お前さんも大変だな。最近の報道のアレ、お前さん見たくもねぇだろ」
「漁村襲撃事件のですね」

 カティはコーヒーに口を付けて小さく唇を突き出した。思ったより熱かったのだ。それを見てエリオットは小さく笑う。

「二度の地獄を生き残ったなんて表現、いまいち美しくねぇやな」
「でも事実ですし」
「おや、意外とクール。と、見せかけるのは上手いなぁ、お前さん」
「えっ……と」
「なんでも抱え込むのが正義ってわけじゃねぇよ、カティ。嫌なもんは嫌と言う、腹立つことには怒る、悔しけりゃ泣く。難しいのはわかるけどよ、お前さんの性格的に。だけど、他人のために自分を作って生きていくなんて続けてたら、いつか必ずどっかでその反動が出るぜ」

 エリオットはニッと笑う。確実に美青年に所属するその容姿に浮かぶ擦れた微笑には、多くの女性がいとも容易く篭絡させられる。エリオットにはその一種軽薄そうに見える言動意外に、欠点らしい欠点がない――多くの女性誌ではそう書かれている。実際にエリオットはエウロスのみならず、ありとあらゆる場所にファンがいる。エリオットと寝た女性の数は間違いなく三桁に達している――などというゴシップ記事もある。

 エリオットは顎をしゃくって、先程まで自分が座っていたソファの方を示す。カティには拒否権はなく、またとにかく今は休みたい一心だったので、それに一も二もなく従った。先客の女性は少し位置を変えて、カティのための場所を用意する。

「俺も五年前までは結構やられてなぁ。おかげで今もこうしてトップクラスにいられるわけだが」
「シベリウス大佐に、ですか」
「大佐も若かったからまぁ、苛烈なもんだったよ。俺もマクラレン中佐も、その時があったからこそ今まだ生きているのは事実だな」

 エリオットは栄養ドリンクを一気に煽り「相変わらずマズいぜ」と呟いた。

「あの、中佐」
「ん?」
「アタシ……自分は、強くなれるでしょうか」
「空戦技術だけなら十分強くなるさ」

 エリオットはそう言うと、空いた缶をもてあそぶ。

「でもな、なんのために強くなりたいのか。その理由がないやつはそれだけで終わるぜ」
「なんのため……」
「俺は口説き成功率を上げるため、だ」

 エリオットは茶化すように言うと、座っていた大尉の頬に触れる。カティはとっさに目を逸らす。

「こら、中佐。若い子の前で何するの」
「いいじゃん、減るもんじゃなし」
「純粋な子をあなたみたいな不純で穢すのは良くないわ」
「ひでぇなぁ! 俺は美男子で君は美女だろ。美男と美女のキスなんて生で見る機会はそんなにねぇだろ」
「私、そういう趣味はないの」

 大尉は首を振ると携帯端末モバイルをバッグにしまって立ち上がる。カティもつられて立とうとしたが、エリオットが「座ってろ」と制止する。

「ま、理由は大事だぞ、カティ・メラルティン。そうだな、うん、今のお前にとって大切な人間はいるか?」
「い、います」

 即答するカティに、エリオットは満足げに頷く。

「ならいつでもそいつを守れるだけの強さを手に入れろ。何があっても離さない、絶対に傷付けさせない。それだけの強さを求めて日々はげめ」
「はいっ!」
「良い返事だ。それがあるなら、シベリウス大佐の鬼の訓練にも十分耐えられる。ま、寂しくなったら抱いてやってもいいぜ?」
「こら!」

 すかさず大尉がエリオットのつま先を踏みつける。エリオットは「いてぇよぉ」と泣き言を言いながらも、しっかりと大尉の肩を抱いていた。

「ま、お前さんも難儀だな。こんな時代に拾われるんだから」
「こんな時代じゃなかったら自分は拾われていなかったと思います」
「言うねぇ、カティ。ま、何があろうとそんなに思い詰めるなよ。今は何があってもおかしかねぇ時代だし」
「はい」

 カティはコーヒーを持ったまま、エリオットを見上げる。

「カティは今はとにかく強くなれ。誰にも文句を言われないくらいにな。俺やマクラレンを使いこなせるだけの強さを手に入れることだけ考えろ。そうすれば自ずと、お前さんのに近付く。あるいは、にな。難しいことを考えるのは後でいい。今は強くなるのが最優先だ」

 エリオットは鼻歌交じりに大尉の腰に手を移動させ、カティに背を向ける。

「んじゃ、明日もがんばろーぜ、カティ。あ、彼女のことは大佐には秘密だぞ。大佐は意外とこういうところ小煩こうるさいんだ」

 悪ガキめいた口調と表情でそう言うと、エリオットたちは今度こそ立ち去った。

 薄暗いロビーに取り残されたカティはふと携帯端末モバイルの時計を見る。午後八時十五分と表示されている。

「帰って寝よう……」

 カティはコーヒーを飲みきり、立ち上がろうとする。が、力が入らずソファに逆戻りする。思った以上に疲労困憊だったようだ。

「はぁ」

 休日などなく、二十四時間緊張状態を強いられている現環境には、カティはまだ慣れていない。しかしそんなカティのために時間を割いてくれるシベリウスを思うと泣き言も言っていられない。とにかく一刻も早く独り立ちして、シベリウスや他の隊員たちの負担を少なくしなければ。

「強く、か」

 カティは呟き、コーヒーを飲み干した。少し冷めた苦い液体が、疲労で打ちのめされた身体を少しだけ回復させてくれたような気がした。

「ん?」

 予感がして携帯端末モバイルに視線を落とす。

 その直後、端末が振動し、ヴェーラからの着信をしらせた。

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