07-2-1:ポリティカル・パフォーマンス

歌姫は壮烈に舞う

 ヤーグベルテ南東諸島全域を守護する第八特務海兵旅団司令部より交戦報告が上がったのが、午前四時五十三分である。その情報は遅滞なく参謀部全体に行き渡り、エディットもそのフローに準じて招集された。

「おはようございます、大佐」

 夜間担当だったレーマン大尉が駆け寄ってくる。エディットは「うむ」と頷くと、早足で司令室の自席に移動する。レーマン大尉も歩幅を大きくしてそれに並び、歩きながら状況を報告する。エディットは情報の遅延を激しく嫌う。

「今上がってきている情報の大まかなところは把握している。クラゲだな?」
「はい。クラゲもといナイアーラトテップとその艦載機により、八特海兵の司令部が奇襲されたと」
「その後の情報は?」
「ありません。送られてきていた相互監視カメラの映像がありますが」
「解析と再構築は?」
「いましがた」
「見せろ」

 エディットの短い支持にレーマンは頷き、手にしていたタブレット端末を操作して、エディットに手渡す。

「ふむ」

 そこには巨大な爆発が捉えられていた。あまりに急激な爆発が発生したせいで、数十キロ離れた位置にあったはずの相互監視カメラが破損している。

「反応兵器、あるいはISMTインスマウス
「後者だというのが、うちの解析班の見解です。と言うより、それ以外説明が付けられません」
「弾道ミサイルの線は?」
「ないですね」

 レーマンは即答して、その根拠となる監視衛星ログを表示させる。

「静かなものだな」
「ですよね」

 なにもないところから、突然爆発が発生した――ように見える。となれば考えられるのは――。

「基地の至近距離から潜水空母によるISMTインスマウスを射出した、ということか」

 エディットはタブレット端末をレーマン大尉に返してから、顎に手をやって考え込む。

「遅くなりました、大佐」
「ハーディ?」

 背後からかけられた声に少し驚くエディット。ハーディの足音はとても小さいのだ。それは狙撃屋時代の癖らしいが、それでも意識して足音を立てているのだという。

「朝方まで会議があっただろう。休んでいないのではないか、少佐」
「私は元狙撃屋です。二、三日ベッドで眠らなかったところで判断力が下がることはありません」
「そうか」

 ハーディの黒髪は少し塗れていた。シャンプーの仄かな香りをエディットは感じ取る。おそらく帰宅後シャワーを浴びていた時にこの状況を知り、即座に舞い戻ってきたというところだろう。

 ハーディはそのまま早足で自席の端末に向かった。冷徹な表情でモニタを睨むその横顔は、エディットにとっては何者にも代えられない頼もしいものだった。ハーディはレーマン大尉から状況説明を受けつつも、ものの数分で現状を把握する。恐るべき分析力と理解力だと、エディットは毎回関心する。

 ハーディはエディットの席を振り返って、硬質な声で呟いた。

「ついに来た、という感じですね」
「そのようだ」

 今までの散発的な挑発戦闘行動とは明らかに規模が違う。この一年間の軍事行動は、「新兵器実戦試験のためのもの」というのが参謀部の見解で、エディットもそれには賛成だった。しかし、今回のこれは違うとエディットもハーディも考えた。

 ハーディは少し考えてから髪を撫で付けつつ尋ねる。

「第七艦隊は、どのあたりに?」
「南洋だ。いつでも作戦行動が可能だ。鳴り物入りのミサイル駆逐艦も合流済みだ」
「核ミサイル搭載艦ですね。ハイペリオンでしたか」
「ああ。とにかく今はこの核ミサイルつきの第七艦隊が、自由行動していることが重要だ」

 ほとんど誰も、第七艦隊の正確な居場所を知らない。独立遊撃部隊として、旗艦ヘスティアの隠蔽能力を活かして敵からも味方からも見えなくなっている。その全ての判断は、あのことリチャード・クロフォードが行っている。一個艦隊の司令官としては行き過ぎた権限であるという意見もあったが、エディットがそれを押し通した。その甲斐あって、エディットだけは第七艦隊の動きをつぶさに把握できている――クロフォードが小細工をしていなければの話だが。

「レーマン大尉、今の指揮は第一課だな?」
「肯定です」
「わかった。分析班に映像解析を急がせろ。どんなものでもデータを集めておきたい。他課に出し抜かれるのだけは避けたい」
「了解しました。急がせます」
「うん」

 階下に降りていくレーマンを見送ってから、今度はハーディに視線を送る。

「少佐、宛先に君が入っているメールは――」
「全てチェックしました。急ぎの用件はありません。サマライズに五分ください」
「あ、ああ」

 エディットは毎度のことながら、ハーディの頭の中はどうなっているのかと思う。緊急時になればなるほど、ハーディの頭脳は研ぎ澄まされていく。それも狙撃屋の経験によるものなのか。ハーディのその沈着冷静さ、観察力のすさまじさ、忍耐強さ――そのどれもに軽く嫉妬すら覚える。

「君は本当にすごい人だ」
「恐縮です」

 ハーディはそう短く応える。無駄話をするなと言わんばかりの雰囲気に、エディットは肩を竦め――その時ちょうど、携帯端末モバイルが着信を報せた。その発信元情報を見て、エディットはややうんざりした顔をする。

「第六課ルフェーブルです」
『私だ』
「なんでしょう、副部長」

 参謀部ナンバー2であるところ参謀部副部長が今回の対話相手だ。周囲に音が漏れないように、素早くイヤフォンマイクを装着する。

『政府がこの奇襲作戦を侵攻作戦であると断定した。三分前の話だ』
「となると全面交戦に?」
『イエス。その骨子案もまもなく出るだろう。政治屋にしては仕事が早い気がするが』
「下院の中間選挙がありますから」
『なるほどね』

 すらっとぼけた中年というのがこの副部長の印象ではあるが、エディットはその実態がであることを知っている。参謀としての能力は三流だが、味方を選ぶ能力には非常に長けている。三流である自覚があるから、現場には口を出さない。しかし、味方にしたい人物や部署には最大限の便宜をはかる――つまり金を出す。現時点、彼は「セイレネス」を統括するエディットたち第六課を最重要視しており、そのためにエディットはかなりの裁量権を与えられるに至っていた。実績の欲しい副部長と自由にやりたいエディットの間の利害が一致した結果の今である。セイレネス・シーケンスがある程度動いている限りは、という条件はつくが、現時点ではかなり良好な関係であると言えた。

「島ごと司令部爆破。推定死者数民間人を含めて五千名。これだけやられて黙っていては与党は大変な批判にさらされるでしょう」
『だがなぁ、ルフェーブル大佐。逆襲したところで待っているのはあの超兵器オーパーツたちだぞ。逆に壊滅させられるのがオチなのではないか?』
「アーシュオンもヤーグベルテを滅ぼしたいわけではありません。永遠の敵対国家でなければ都合が悪いですからね、企業としては。それにあまりにもやりすぎたら、今度はヤーグベルテの同盟国、こと、軍事強国エル・マークヴェリアを挑発しているとも取られかねません」
『そんなものかねぇ。もっとも、国民にはヤーグベルテ亡国の危機というくらいの危機感を持ってほしいものだがね』
「正常性バイアスに支配された人々には何を言っても無駄ですよ、副部長」

 エディットはため息をついた。

「八都市空襲すら、ヤーグベルテの自作自演だとか、ひどいのになるとそんな事実はなかったとか言ってしまえる人々がいますからね。被害者は全員アクターによる演出だとか言い出すメディアもあります」
『言わせておくしかないなぁ。まぁ、ISMTインスマウスが直接統合首都に降ってきたとしても、陰謀論者は主張を変えないだろうし』
「ですね」

 エディットは意識半分でそれを聞き流しつつ、端末のモニタを興味深げに見つめている。ブラウザの中で現時点までに把握できている情報が自動的に体系的に組み上げられていく。レーマン大尉らの通信、作戦に関するメール情報、映像や音声などの情報が自動的に収集されて関連付けられていくシステムだ。

 このシステムはブルクハルト大尉のの範囲で作られたものだそうだ。技術本部でその性能を検証した後に、参謀部、まずは第六課にて試験運用を依頼されたものである。一ヶ月使ってみての感想は、エディットは「便利」と感じ、ハーディは「脳が退化しそうだ」という感想を述べていた。噂ではあるが、ブルクハルト大尉はこのシステムの開発を評価され、年明けには少佐に昇進することになるようだ。

「副部長」
『なんだね、大佐』
「ブルクハルト技術大尉を第六課に引き抜くという話は」
『ああ、それだがね、極めて難しいな。話はしてみたのだが、技術本部は絶対に渡さないの一点張りだ。我々としても技術本部と一戦交えるなんていうリスクは犯したくない』
「そうですか。彼がこちらにいれば――」
歌姫計画セイレネス・シーケンスも円滑に?』
「可能性ですが」
捗々はかばかしくはないと聞いている』
「遺憾ながら」

 エディットは舌打ちをこらえる。今、最も痛い場所を突かれたからだ。

『あの子たちを君とともに生活させている理由、わかっているんだろうね?』
「理解しています」

 エディットは反射的にそう応えた。参謀部、ひいては政府の意向を理解はしているのだ――うまくいかないだけで。

『まぁ、それもまたデータと言えばデータか。今後の役に立つかもしれないから、しばらくは様子を見よう。しかしそうなると主導権は三課のT計画の方に移るな』
「……致し方ありません」

 エディットは忸怩たる思いでそう応じた。我を張り続けられる場面ではなかった。

『なに、気にするな。多少の遅延は想定の範囲内だ。第三課の方も、アダムス中佐がうるさくてな。政府からも予算の示しをつけろと突き上げられている。第六課ばかりに肩入れしていると言われると、それはそれで動きにくくなるし』
「そう、ですね……」

 エディットは渋々同意する。

『一刻も早く、セイレネスを実戦試験に挑めるレベルにしてくれ。頼むよ、ルフェーブル大佐』
「……はい」

 通話を終えると、エディットは不貞腐れたようにイヤフォンマイクをデスクの上に放り投げた。そこで椅子を回してエディットを見ていたハーディと目が合う。その冷めた視線を受けて、エディットは大きく息を吐いた。

「私は、その」
「結構です、大佐。大佐の迷いは理解できます」
「助かる」

 エディットは火傷で固まってしまった手の甲を見ながら、また息を吐く。

「子どもと良好な関係を築くというのは、案外難しいものだ」
「大佐が間違えていますよ」

 ハーディが感情の欠落した声で言う。エディットは虚を疲れて目を見開く。義眼が忙しく焦点を合わせようとしている。

「ヴェーラもレベッカも、もう子どもじゃありませんよ、大佐」

 ハーディはそう言うと、座面を回して再び自分のモニタに向き合った。

 子ども、ではない、か。

 エディットはしばし、その意味について考え込んだ。

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