08-2-1:エウロス vs マーナガルム

歌姫は壮烈に舞う

 四十八機の戦闘機が、一路アーシュオンの第四艦隊に向けて飛行していた。エウロス飛行隊である。シベリウスは稼働戦力のほとんど全てを持ち出し、その圧倒的戦力でアーシュオンの艦隊戦力を殲滅することを目論んでいた。その破壊対象には無論、マーナガルム飛行隊も含まれる。シベリウスのその作戦案は参謀部第三課の思惑とも一致し、一見するにスムーズに事が運んでいるように見受けられた。

「ナルキッソス、ジギタリス、パースリー、ローズマリー! 各隊良いな、マーナガルムには三機一組で仕掛けろ。現状戦闘空域にいるのは六機!」

 シベリウスの号令に各隊の隊長が「了解」を返してくる。戦闘空域がはるか彼方に見え始める。方々で苛烈な爆発が起きている。

「今出ているマーナガルムの連中はおそらくは囮部隊。本隊、あのは俺たちが出ていったところで参戦してくるはずだ」
『隊長、今いる六機には自分たちジギタリス、ナルキッソスの二隊で当たります』
「そうしてくれ、マクラレン。エリオットも抜かるなよ」
『へーい』

 いつものように気の抜けた応答をしてくるエリオット中佐に苦笑しながら、シベリウスは加速する。暗黒の専用機、F108P-BX2パエトーン・ストラトスを駆って部隊の戦闘に躍り出る。シベリウスが多弾頭ミサイルを撃ち放ったのを皮切りに、後続の四十七機も一斉に多弾頭ミサイルを放った。千を超える小弾頭が空域を塗りつぶし、戦闘空域内にて炸裂した。味方を巧みに避け、敵航空機および艦船を正確に狙い撃つ。パイロット各々が、戦闘機動を取りながら数十の弾頭を制御しているのだ。およそ人間業ではない。

 エウロスの大部隊が登場したことにより、アーシュオンの航空戦力は一気に崩れた。ヤーグベルテの第二艦隊は援護しながらの退避行動に入り、救助活動を開始する。エウロスが一撃しただけで、戦局がひっくり返ったのだ。

「エリオット、マクラレン! 今飛んでるマーナガルムの連中、!」
『パラシュートごと粉砕してやりまっす』

 ナルキッソス隊隊長であるエリオット中佐が気楽な口調で応じ、その進路を上空へと向ける。高高度にいる電子戦機、FA201Eフェブリススターリングを目標と定めたのだ。シベリウスの後ろに付けていたマクラレンが高度を下げながら言う。

『あれはシュミット機ですかね』
「間違いねぇな。他のはFA221カルデアか。やっぱり目標はいねぇな」

 マーナガルムの隊長機は最新鋭のPFA001レージングだったはずだ。事前情報では白い機体だということだが。ならばやはり読みどおりか。

「メラルティン、聞こえているか」
『感度良好です』

 シベリウスのすぐ隣を飛んでいるF108パエトーンから応答がある。彼女の機体はシベリウスのと同様に暗黒色に塗られている。

「俺達の出番はこの後だ。今は戦況を観察しておけ。不測の事態に備えろ」
『了解』

 短く応えるカティに対し、「落ち着きすぎだろ」とボソリと言った。これから最強の敵とやりあうというのに、カティの声はあまりにも落ち着いていた。訓練の時のほうがむしろ人間らしい反応がある。

 現在カティはシベリウスの二番機を任されている。単独戦闘力の高いシベリウスには、それまで二番機はいなかったのだが、育成を兼ねて敢えて配備されたのだ。もっとも、カティがシベリウスについてこられなければ、その配備は取り消される予定だった。だが、カティは幾度かの戦闘を経て、今やシベリウスに完全追従することができるようにまでなっていた。先読みに先読みを重ねた動き――シベリウスはそう考えている。天性のセンスと弛まぬ努力、そしてシベリウスたちから技術を盗む目によって為せる技だ。すでにカティは二十を超える単独撃墜数を記録しており、その成長の著しさにはナンバー2であるところのエリオット中佐をして「天才と認めざるを得ねぇっすな」と言わせしめていた。

「メラルティン、クラゲはいるか」
『見えません。インターセプタも今のところいません』

 カティの目の良さは部隊内でも群を抜いていた。誰もが視認出来ない距離で、正確に目標を把握する。レーダー妨害技術の発達している現在、戦闘はほとんどが有視界戦闘。視力の良さは圧倒的なアドバンテージだ。

「マーナガルム本隊を探せ」
『了解』

 カティの声はなおも落ち着いている。

 エウロスはマーナガルムをすでに二機叩き落としている。対して味方の被害は一。それも脱出に成功しているから、初撃は完全勝利と言って良い。機体などどうでも良い。

 ひらりひらりと逃げ回る電子戦機を追いかけて、エリオット中佐が空域を目まぐるしく駆け回る。事実上の一騎打ちである。電子戦機に似合わぬ機動で逃げ回るシュミットに対して、エリオットは決定打を出せない。マーナガルムナンバー2は伊達ではなかった。もしシュミットが戦闘機に乗っていたら、或いはエリオットがやられていたかもしれない。

『大佐、エリオット中佐に支援は』
「気にするな、メラルティン。あいつはいつでも上手くやる。今はあいつがシュミットを抑えているとも言える。上々だ」
『了解。敵のあら手を発見しました。六機、四時半!』
「見えねえな」

 シベリウスは目を凝らすが、まだ見えない。しかしカティがそう言うのだ。確実に何かが六機いる。そこにカティが情報を追加する。

『大佐、が二機います』
「おっと! ってこたぁ、奴らが本命か。よくやった、メラルティン」

 シベリウスは機首をその方向へ向ける。カティもぴたりとついてくる。眼下にはアーシュオンの第四艦隊。恐ろしいほどの対空砲火が上がってきている。シベリウスは有無を言わさず高度を下げる。カティも迷いなくついてくる。

 敵の対空砲火で、マーナガルムの射線を切ろうという算段だ。

 高度四メートルという狂気じみた高さを飛ぶ二機。ほとんどの対空砲が狙えない高さだ。敵の艦船を縫うように飛行し、時々思い出したように打撃を与えていくシベリウス。カティもその過程で駆逐艦を一隻大破させていた。カティの見せるまるで迷いのない攻撃行動に、シベリウスは寒気すら覚える。

「メラルティン、マーナガルムは食いついたか」
『高度を上げてきました。急降下で来るかもしれません。機動からして、確実にこちらを視認しています』
「よし、さすがだ、メラルティン」

 この時点でエウロスの被害は四機である。

『高高度より多弾頭ミサイル! 逃げ道を塞がれます!』
「急上昇仕掛けるぞ! 対空砲に気をつけろ!」
『了解』

 シベリウスとカティの暗黒の機体が空を駆け上がる。対空砲が執拗に狙ってくるが、カティが振りまいたフレアによって欺瞞される。そこにパースリー隊とローズマリー隊が切り込んでくる。敵の艦隊の狙いが崩れていく。

「当たるなよ、メラルティン!」

 襲い来る多弾頭ミサイルの小弾頭を真正面に見据え、シベリウスは機関砲のトリガーを引く。並んでいるカティの機体も回転しながら機関砲を乱射している。直撃コースの小弾頭を撃墜するなり、シベリウスが叫ぶ。

「メラルティン、ミサイル!」
『はい』

 二人が同時に多弾頭ミサイルを撃つ。空域が爆炎に包まれる。双方のミサイルが激突しているのだ。ミサイルが消えた空域に横から突っ込んだローズマリー隊だったが、瞬く間に六機が撃破されてしまう。はもちろん、僚機の動きも尋常ではなかった。エースであるエウロスが一瞬で六機も撃破されるなど、前代未聞と言えた。

 手強いな、さすがに――!

 白い機体の一機は間違いなく、ヴァルター・フォイエルバッハのものに間違いない。戦闘機動の解析結果からも確信できる。もう一機の白いのはおそらくは大理石マーブルと呼ばれている超エースで、その後ろにつけている予見不可能な機動をとっているのが預言者フォアサイトのものだろう。他の三機もまた、彼らほどではないが超がつくエースだ。

「エリオット、そろそろ遊びを終わらせるぞ」
『すんません、後処理おまかせしまっす』

 エリオットはそう言いながらも、巧みにシュミット機を追い立てていた。シベリウスの前に、である。

「よくやった」

 シベリウスは機関砲を一連射した。それは虚空に消えたかと思われたが、そこに突如として出現したような形となったシュミット機に吸い込まれていった。尾翼を半ばからもぎ取られたシュミット機は、ふらふらと空域を離脱しようとする。カティはその機動を解析しつつ尋ねる。

『まだ飛んでいますが、追いますか?』
「いや、撃墜できないのは心残りだが、今はそれどこではないし、ヤツはもうここには留まれん。放っておこう」
『了解』

 その瞬間、正面に回ってきたマーナガルムの二機が多弾頭ミサイルを発射してくる。シベリウスたちは機体を立てて上空へと逃げ、そのまま宙返りして海面に向かう。そしてギリギリの間合いで機首を起こし、高度数十センチのところで水平に戻す。二人の目の前には敵の重巡洋艦がいた。カティはシベリウスと反対の方向へ機首を向ける。ミサイルの多くが制御しきれずに重巡洋艦に直撃した。

「よくやった、メラルティン」

 示し合わせたかのような機動を見せるカティを褒めるシベリウス。二人はそのままミサイルの尾を引きながら合流し、マーナガルムの待ち受ける空域へと戻っていく。

『このまま行きます』
「行けるか?」
『ミサイルのコントロールを幾つか奪いました』
「やる」

 シベリウスは舌を巻く。この短時間でどうやったのかは、シベリウスにもわからない。

 ――こいつ、あいつイスランシオ以上じゃねぇか?

 そんな思いすら抱く。

「行くぞ、メラルティン。信じるぜ」
『はい、速度上げます』

 マーナガルムの六機と、シベリウスたち二機が交錯する。カティの左手が仮想キーボードを高速で叩く。追いすがってきたミサイルのうち十ばかりが、機動を外れて散開する。

『当たれぇっ!』

 カティの怒号がシベリウスのヘルメットの内側で響く。

「嘘だろ」

 シベリウスが思わず呻く。

 ミサイルがマーナガルムの後方二機に吸い込まれる。まさか味方のミサイルに撃たれると思っていなかったのだろう。彼らの回避行動は明らかに遅れていた。だが、カティの操るミサイルは無慈悲だ。

 その間にシベリウスは一機を機関砲で粉砕していた。

「メラルティン!」
『更にミサイルを補足。当てます!』

 カティはなおも追ってきていたミサイルを全て掌握していた。カティ自身が放つ多弾頭ミサイルと合わせて合計五十もの弾頭がマーナガルムの残存三機を襲う。

『あっ、くそっ』
「どうした」
侵入攻撃クラッキングをくらいました。火器管制が』
「ちっ、こっちもか」

 シベリウスのロックオンも解除されていた。ミサイル発射モジュールに対して侵入されている旨のアラートが出た。

「あの二番機のしわざか!」

 大理石マーブルめ、やってくれる!

 シベリウスは用意してあった侵入阻止ブロックコードを実行して、各種モジュールを再起動させる。戦闘機動をとりながら、だ。その隙を見逃すマーナガルムではない。預言者フォアサイトの機体がシベリウスを狙って格闘戦を仕掛けてくる。

「こいつの格闘戦はシステムをアテにできねぇ」

 シベリウスは即座に二番機、カティを探し出す。

「メラルティン、預言者フォアサイトをひきつけろ! お前のセンスならこいつと格闘戦ができる!」
『行動開始しました』

 カティは即座に預言者フォアサイトの機体に攻撃を仕掛け始める。さしも預言者フォアサイトといえども、カティ・メラルティンの攻撃を無視することは不可能なはず。

 そしてその間に俺は速攻でマーナガルム1を撃墜する。

 シベリウスの前方には二機の白い戦闘機、PFA001レージングがいる。どっちがなのかはわからない。シベリウスは機体を思い切り右へとひねる。海面が右に、雲が左に見える。そのまま惰性に任せて一回転する。そこでシベリウスはレーダーの異常に気が付いた。

「空域全体にECM電子妨害! 気をつけろ!」

 何を考えているんだ、アーシュオン。そもそもが有視界戦闘である以上、ECMそれ自体に意味などほとんどない。シベリウスは敵方の戦術を計りかねている。

 そうこうしているうちに、白い機体が真正面に来る。ヘッドオンだ。相対速度は秒速九百メートルを優に超える。引き寄せろ、引き寄せろ! もっとだ!

 シベリウスは機関砲のトリガーに指をかけ、ひたすらに意識を尖らせる。目標はすでにロックしている。引き金を引けば、当たる!

 引き金を引いた。はずだった。

 だが、弾が出ない。FCS火器管制システムがロックされていた。一方で敵方は撃ってくる。F108P-BX2パエトーン・ストラトスの翼をかすめていく。機体装甲がいくらか傷ついた。だが、まだ戦闘に支障は――。

「くっ、マジか!?」

 あの空域全体へのECMは、この侵入行動ハッキングをカムフラージュするのと同時に、システム破壊クラッキングに気付くのを遅らせるための囮だったってことか!

 シベリウスは舌打ちしつつ、システムの汚染状況を確認する。無論、その間にも二機の白い戦闘機からの攻撃を受け続けている。

「くそっ、真っ赤じゃねぇか!」

 システムはまだ乗っ取られこそしていない。だが、かなりの広範囲に渡って破壊されていた。母艦に戻る以外に修復の方法はない。このままでは脱出さえままならなくなるだろう。

「エウロス全機! 緊急! 俺の機体のシステムがやられた。脱出する! 援護しろ!」
『げっ、隊長が!? マジっすか!』

 エリオット中佐が驚愕の声を上げる。

 カティは預言者フォアサイト機との戦闘で援護に行けない。だが、ここで焦ってはいけないと、カティは己に言い聞かせる。

 そうだ、こいつを縛り付けておくだけでも意味がある。カティは即座に考え方を変えて、目の前のフラフラと飛ぶ超エースに意識を向け直した。

 しかし、やはり意識に靄がかかる。

 無敵のが敗北しただって?

 そんな心配をよそに、シベリウスが言う。

「なに、心配するな。友軍の海域までは飛べる。後の指揮はエリオット中佐、頼む。メラルティンも援護してやってくれ」
『了解っす。ジギタリス隊も頼む。ローズマリー、パースリーは大佐の護衛!』

 エリオットはいつものように飄々とした口調でそう指示を出した。

「頃合いだな」

 シベリウスはシステムが完全に汚染される寸前に、脱出装置を作動させた。

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