10-1-1:迎撃用意

歌姫は壮烈に舞う

 ヤーグベルテの守護神、カレヴィ・シベリウス大佐の戦死より、一年が経過しようとしていた。二〇八七年七月である。

「中央参謀司令部はヤーグベルテが侵攻してくるという情報を入手した」

 険しい表情でヴァルターは言う。クリスティアンは退屈そうに天井を見上げ、シルビアはまっすぐにヴァルターを見つめ、フォアサイトは堂々と船を漕いでいた。

「ヤーグベルテが侵攻、ねぇ。一世紀以上ぶりじゃね?」
「そうだな、クリス。今までは専守防衛に関しては頑なに遵守していたからな、ヤーグベルテは」
「しかし隊長。軍の首脳部はこの情報には懐疑的です」

 シルビアが淡々と言った。ヴァルターは頷く。

「ヤーグベルテでほぼ定数を維持しているのは第七艦隊だけだ。他の艦隊はせいぜいが半個艦隊。もはや戦力として計上し得るかすら怪しい。そこにきて逆襲を仕掛けてくるとはちょっと考えにくい」
「四風飛行隊もボロッボロだしな。エウロスくらいか、まだまともに動けるのは」

 クリスティアンが少しだけ真面目な顔で呟く。

「しかしヤーグベルテが侵攻を仕掛けてくるというのが正しいとするなら、俺たちは立ち向かわなければならない。事実、我らが第四艦隊が迎撃にあたることになった」
「うへぇ。仮に奴らが来るとなれば、何らかの必殺のテクノロジーを持ってるってことになるじゃん。俺たちの超兵器オーパーツと同じような、さ」
「しかし」

 シルビアが鋭い表情を見せる。

「世論は迎撃からの殲滅を求めるでしょう。先方の新兵器のことなど考える余地がありません、軍にも」
「だな」

 ヴァルターはそう言うと、フォアサイトに視線を向ける。

「フォアサイト、起きろ」
「んにゃっ!?」
「気を引き締めてくれ、フォアサイト」
「先生! 飛行機の乗り方忘れました!」
「ってことになるわな」

 フォアサイトの言葉にクリスティアンが乗っかった。

「もう俺たち、一年も飛んでないんだぜ、実戦で。気を引き締めるにも限界があらぁな」
「死なれるわけにはいかなかったからです」

 シルビアが感情を込めずに言う。

「私たちはを撃破殺害せしめた国家的英雄ですから」
喧伝工作プロパガンダの道具だもんねぇ」

 フォアサイトが子供っぽく唇を尖らせて言う。

「って言ってもさ、今ほど身の安全が確保されてるって感じたこともないよね」
「違ぇねぇな」

 クリスが頷く。シルビアも不承不承ながらそれには同意した。アーシュオンの国家首脳部にとっては、国民的英雄を失うという事態は、せっかく払拭できつつある厭戦ムードに逆戻りしかねないものだった。ゆえに、国家を挙げてマーナガルムの四名は厳重に保護されていたのである。

「でもよぉ、ヴァリー君。いつになったらウチに補充くるわけ? いつまでも四人ってわけにゃいかねぇだろ」
「確かに――」

 ヴァルターが同意しかけた時、ドアがスライドして開いた。軍靴の音も高らかに入ってきたのはミツザキ大佐である。さすがのクリスティアンやフォアサイトも緊張した表情を見せつつ敬礼する。

「ご苦労、座ってよろしい。フォイエルバッハ少佐も」

 ミツザキは赤茶の瞳でメンバーを見回し、ヴァルターが席についたところで一つ咳払いをする。

「補充人員について愚痴っていたのだろうが、その話は私がすべて却下した。我が国の飛行隊もまた損耗しすぎた。指揮官ではなく、かつ優秀な飛行士アビエイターとなるとそうはいない。中途半端な人材を入れるわけにもいかん。万が一、マーナガルム飛行隊が損失を出そうものなら、世論は大きく揺れるだろう」
「アウズやナグルファリの連中は? 暇してんじゃね?」
「それは私も考えた、シュミット大尉。しかし奴らと貴様らでは住んでる世界が違いすぎる。簡単にいえば、貴様らとは

 ミツザキの言葉にヴァルターは「そうかもしれない」と心の中で同意する。アウズとナグルファリの両飛行隊はまず表に出て来ない。というよりも、その居場所さえ定かではない。規模もだ。ただ、最強格の練度と装備を保有しているということしか、ヴァルターでさえ知らないのだ。しかも、実戦記録すらないのだから、彼らが本当に最強なのかどうかの保証もない。

「というわけで、この話はおしまいだ。さて、本題に移ろう」

 ミツザキは室内前方のスクリーンに作戦概要を表示させる。

「知っての通り、ヤーグベルテは我が国への反攻作戦をくわだてた。第七艦隊が中心になることからも、奴らの本気度がわかるというものだ」

 アーシュオンにとっては「第七艦隊」というよりも、その司令官であるリチャード・クロフォード准将が問題なのだ。クロフォードと、エディット・ルフェーブル大佐の
組み合わせは、アーシュオンにとっては悪夢だった。実際にクロフォードが前線に立ち、ルフェーブルが作戦指揮を行った作戦では、アーシュオンは一度も勝てていない。とにかくクロフォードはのだ。アーシュオンも負けこそしないものの、痛打を浴びせられることが度々あった。こと、潜水艦部隊はクロフォード率いる第七艦隊によって幾つも壊滅させられている。

「奴らは本気だが、我々は第四艦隊のみで迎撃にあたる」
「えっ……!?」

 思わず声を出すヴァルター。ミツザキは一つ頷いて情報を補う。

「ただし、ナイアーラトテップを二隻つける。一隻で一個艦隊に匹敵する戦力だ。第七艦隊を迎え撃つには十分な戦力だろう」
「大佐、しかし、このクラゲには指揮系統の問題がありましたよね」
「そうだ、フォイエルバッハ少佐。簡単にいえばな兵器だったわけだが、我々中参司二課はその問題点を克服した」
「克服……?」

 ミツザキの言葉をいぶかるフォイエルバッハ。ミツザキは「詳細は機密だ」と唇に人差し指を当てる。ヴァルターはそれ以上の追求を諦める。

「その戦力で迎撃にあたれ、という命令については理解しました」
「うむ」
「ところで大佐。ヤーグベルテの航空戦力の情報をアップデートしておきたいのですが」
「それも今日のトピックの一つだ」

 ミツザキはスクリーンに赤毛の女性の姿を映し出した。クリスティアンが口笛を吹く。

「この女がエウロス飛行隊の現隊長。カティ・メラルティン少佐だ。の直率だったということだ」
「もしかして、あの撃破の戦闘でも二番機を?」

 フォアサイトが食いついた。ミツザキは頷く。

「貴様と互角に張り合った新米だ。今や超エースの一人だがな」
「ひえ」

 フォアサイトが演技じみた驚きを見せる。

「確かにあいつはすごかった。あたしの攻撃を全部見切ったし」
「今はこいつ、赤い戦闘機に乗ってるらしいな?」

 クリスティアンが問うと、ミツザキは頷いた。

「誰が呼び始めたかは知らんが、ヤーグベルテ国内ではなどと呼ばれているらしい。実際のところ、彼女が隊長になってからというもの、彼女と副隊長の二機によって、我が方は五十以上の損失を計上している。たったの一年間でだ。アシストも含めれば三桁に余裕で届く」
「今回の戦闘で、エウロス飛行隊と彼女が出てくると?」

 フォイエルバッハの問いに頷くミツザキ。

「十中八九だ。第七艦隊を出しておいて、現状最強のエウロスを動員しない理由がわからない」
「なるほど、理解しました」

 フォイエルバッハはそう応じた。

「何にしても最大級の警戒が必要だ。アーシュオンの首脳部連中めでたいやつらは、もうすでに勝を確信している。私は変な横車を押されないように睨みを効かせておく。貴様らは貴様らできちんと自衛しろ。得意だろう、フォイエルバッハ少佐以外の三人は」
「まーねぇ」

 クリスティアンは面白くなさそうに同意する。

「くれぐれも気を付けろ。貴様らの命は、貴様らが思っているほど安くはない。残念ながらな」

 ミツザキはそう言うと、軍靴を鳴らして部屋を出ていった。

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