11-1-4:銀髪のセイレーン

歌姫は壮烈に舞う

 分離した十発の核弾頭がアーシュオン第四艦隊に向けて降り注ぐ。アーシュオンの迎撃も失敗に終わる。もはや万に一つも仕留め損なうことはない。旗艦さえ仕留めれば、そこに駐機している超エース部隊であるマーナガルム飛行隊もろともに葬ることができる。

 あれが旗艦ニック・エステベス!

 ヴェーラの視覚が巨大な航空母艦を捕捉する。散開していた核弾頭の軌道を強引に捻じ曲げる。アーシュオン艦隊は広く散った。被害を最小限にするための策だろう。だが、ヴェーラの狙いは最初から旗艦一択。

『旗艦捕捉、殲滅する!』

 弾頭の落下速度は音速の数倍に達する。ヴェーラはそれを真上から見下ろしている形だ。十条の光線がまっすぐに第四艦隊旗艦に突き刺さる、まさにその瞬間に、ヴェーラは見た。ニック・エステベスの甲板に一人の女の姿を。

 銀髪に赤い瞳の女性だった。彼女はヴェーラに向けて微笑んだ。錯覚などではない。ヴェーラの全身を怖気おぞけが走り抜ける。

 時間が静止した。全ての動きが止まっている。

「あなたは誰……!」

 ヴェーラの問いかけに、その女性は答えない。ただ嫣然えんぜん微笑ほほえむのみだ。

「なにをしているの!」

 女性はゆっくりと右手を上げた。そして掌を開き、握る。

 直後、まさに炸裂しようとしていた核弾頭が次々とした。

「何!?」
『……して! ヴェーラ、応答して!』

 レベッカの声が聞こえてくる。

『核弾頭全部ロスト! 何が起きたの!?』
「……歌姫セイレーン

 ヴェーラはその銀髪の女性から目をそらさず、呟いた。銀髪の女性は変わらず人形のように微笑を貼り付けている。

『えっ……?』
歌姫セイレーンがいる。敵の旗艦の上に」
『み、見えないわよ……?』
「いるんだ」

 ヴェーラは強く言う。

「エディット。まずい状況。敵に歌姫セイレーンがいる。たぶん、わたしたちじゃ太刀打ちできない」
『なんだと……!?』

 限界まで緊張をはらんだエディットの声。エディットもまた見ていた。核弾頭その全てが忽然こつぜんと姿を消したことを。

『見えた! 私にも見えました。この人、何……!?』

 レベッカの声が上ずっている。

『ナイアーラトテップをとびきり強くしたような、そんな力を感じます』
「その認識は正しい」

 ヴェーラは頷いた。どうやっても自分たちでは歯が立たない相手であることも、ヴェーラは理解していた。というより、いた。完全に身も心もすくんでしまっていた。

 エディットはヴェーラたちの報告を受けて数秒考え、やがて携帯端末モバイルで参謀部第三課アダムス中佐に繋いだ。

『おやおや、ルフェーブル大佐。こっちは作戦中で忙しいのですが』
「うるさい。どうするつもりだ、中佐。打つ手がないぞ」
『こちらの歌姫セイレーンたちはまだまだ未熟ですねぇ。調整が甘かったんじゃないですか?』
「今はその話をする時ではないと思うが。貴官の状況判断能力を疑うぞ」
『まぁ、いいんじゃないですか?』

 余裕さえ込められたアダムスの声に、エディットは苛立ちを隠せない。アダムスは挑発的な口調で続ける。

『敵に強力な歌姫セイレーンがいるというのは大誤算でしたね。それは認めましょう。しかし、クラゲが我々の戦力で撃破殲滅できることがわかったので、これはもう十分でしょう』
「ならば作戦行動終了で良いのか」
『まさか。弾道ミサイルはまだ数発無事ですし、できるは全て行ったほうが良いのではないですかね』
「ミサイルは敵艦隊に通用しない。無駄だ」
『誰が同じ失敗をしろと? それとも大佐は何度でも同じ失敗をするタイプでしたかね?』

 アダムスの口調はますます無礼なものになっていく。そのしゃくりあげるような言葉遣いに、エディットは生理的嫌悪感を覚える。思わず携帯端末モバイルを投げ捨てそうになるが、それはなんとかこらえた。

 そんなエディットの反応を楽しむように、アダムスは言う。

『セイレネスの制御であれば、ここからでもアーシュオンの都市部を焼くことができるでしょう? ああ、これはいい。これはいい作戦です。正式に発令します』
「なっ……!? 議会の承認がなければ――」
『なーんてね。とっくに承認済みですよ』
「まさか!」
『こんなこともあろうかと、二重三重に作戦を用意しておきました。私は誰かと違ってよく計算できますから』

 この……アダムスの野郎!

 エディットは心の中で思いつく限りの罵倒表現を展開する。

『そもそも、艦隊にこんな歌姫セイレーンらしきものがいて、艦隊を完全に防衛した。これは由々しき事態。ならば都市部もどうようの防御をされている可能性がある。反撃能力を封じられれば我々にとっては大問題です。可能性がある以上、アーシュオンの防衛能力を確認する必要がある。それに国民感情を考えても、このへんで一発本土を叩くというのは有効でしょうね。議会の承認がその証拠です』
「しかし、そんなことをしては……!」
『もはや戦争は行き着くところまで来ているのです、大佐。いえ、歌姫セイレーンの登場で、新たなフェイズにシフトしたと言っても良い。今さら核の使用に人道問題を持ち込むのは時代遅れオールドスクールですよ。そもそも我々は使のですから』

 アダムスの言うことはいちいち正しい。しかし、エディットには諾々だくだくとは受け入れられない。

 あの子たちにそんなことをさせるのか? あの子たちにそんな責任を感じさせるのか?

 こいつは、私にそれを命じろと言うのか?

 顔の火傷の痕がひりついた。右手の引きつった皮膚が痛みを訴える。

『大佐、国民の代表者で構成される議員たちの承認は、すなわち。そして我々は文民統制シビリアンコントロールもとにある』
「……わかっている」

 どんな非道なものであっても、ヤーグベルテの議会は絶対だ。彼らが殺せと言えば殺す。玉砕せよと言われれば玉砕する。それが軍人のだった。

『というわけで、アーシュオンの都市を適当に見繕いました。ジェスター要塞は必須として、他はそれっぽいところを適当に焼いてください』
「貴様ッ!」

 エディットの鋭い声が響くが、アダムスは動揺すらしない。

「適当に、で人を殺せと! アーシュオンの人間をそんな無根拠に!」
『根拠が必要ですって? 理由つけられて殺されたほうがたまりませんよ。これは天災のようなものです。たまたま頭上で核が炸裂した人は。それだけのほうがいっそシンプルでいい。理由付けなんて、殺戮する側の自慰行為ですよ』
「貴様……! そんな理由であの子たちに殺す人を選べというのか!」
『あの子たち? はは、これはなことをおっしゃる。あの子たちは兵器ですよ、我々、軍にとって。たまたま人の形をしているだけの兵器です。人を殺してやっと価値が生まれる。そのためにあなたは日々彼女らに接してきていたのではありませんか』
「ただの兵器などではない!」
『エディット』

 割り込んできたのはヴェーラだった。

『目標候補、確認したよ』
『ヴェーラ、どうする……?』
『……ジェスターを除いて、あとはもっとも人口の少ないところに落とす』

 ヴェーラは平坦な声で言う。

「グリエール……」
『エディット、わたしたちのために戦ってくれて嬉しかった』
「……すまない」

 命令拒否してもいいのよ、どんな理由を付けてでも揉み消すから。そう言えたらどれほど楽だっただろう。エディットは両手を握りしめて奥歯を噛む。

「アダムス、まだ聞いているか」
『ええ、ええ。わざわざあなたのために時間を割いておりますよ』
「目標はこちらで決める。いいな」
『候補地ならどこでも結構です。どうという意味もありませんから。人の命は儚いものですねぇ』
「これで私たちもアーシュオンと同じ穴のムジナだな」
『いえいえ。私たちは優しすぎたんですよ、あの野獣たちを相手にするには。よかったですねぇ、あなたがきたえ上げた歌姫セイレーンが、ちゃんと兵器として評価され、国家存亡の危機を救うわけです。でね』

 自惚うぬぼれやがって……!

 エディットはほぞを噛む。だがしかし、現状どう考えても、立場はアダムスの方が上だった。エディットには何も言えないのだ。アダムスはそうと知って、好き放題に言っているのだ。

『目標は、そうですねぇ。百万人くらいは殺しますか』
「アダムス! 少しは命に敬意を払え!」
『あはははは! 非道な敵国人が殴り返されるだけの話ですよ。百万人。安いもんじゃないですか。そして殴った方は救国の英雄だ。どこに敬意を払う余地なんてありますか? ああ、人身御供としてのなら納得ですね』
「よくもそうまで減らず口を叩ける!」
『天が私に与えた才能のうちの一つですよ、驚くことはありますまい』

 落ち着け、落ち着け、エディット・ルフェーブル。

 エディットは懸命に自分をなだめようと努力する。

『いまさら奴らに被害者ぶられても、ねぇ。そうは思いませんか、エディット・ルフェーブル大佐』
「戦争を感情の殴り合いに使うなとは習わなかったのか」
『無用の御託ごたくなど忘れるに限りますな。冷静な判断に悪影響を及ぼしますから』

 クソがッ!

 エディットは強引に通話を終え、吐き捨てる。

 すまない、ヴェーラ、ベッキー……。

 私は、お前たちを守ってやれそうにない。

 すまない――。

 エディットは唇を噛み締めた。

 その両義眼の表面は、カラカラに乾ききっていた。

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