リビュエ艦内に響き続ける分厚い重低音。それは当たり前のように常に存在し続けていて、だから普段は全く意識すらしない。だが、今はそれが酷く耳につく。ノイズだった。この艦にいる間は、決して逃れられない、悪意のないノイズだ。
眩暈がする。今しがた終えたばかりの戦闘による疲れのせいだ――そう思い込むにはいささかつらすぎる視界の揺れだった。
「落ち着け……落ち着け……」
カティは自室に入るなり、扉に寄りかかってそう呟いた。廊下と部屋を隔てる分厚い金属の扉は、なぜだかひどく頼りなかった。ふらふらする。くらくらする。思考がまとまらない。
「姉さんが、殺された、だって?」
聞いたばかりの事実を口にしてみるが、実感がこれっぽっちも湧かない。だって、最後に会った時だって、実にいつも通りで――。
その時、カティの携帯端末が無機的に着信を報せた。半ば以上自動的に端末を手に取り、発信者である情報管制官に向けて「どうした?」と問いかける。
『参謀本部第六課より、論理回線にて通信です』
「第六課……。誰が?」
『ハーディ少佐です』
「……つないでくれ」
『お待ち下さい』
数秒と待たずに、論理回線通信が開始される。カティはデスクの上に携帯端末を起き、椅子に座って呼吸を整えた。もともと電話は得意な性分ではなかった。
双方が名乗ってからしばらく、どちらも口を開かなかった。虚しく沈黙の時が流れる。
「ハーディ少佐」
痺れを切らしたカティが呼びかけると、ハーディが重苦しい吐息で反応した。
『すでに聞いていると思いますが』
「……ルフェーブル大佐の件、か」
『イエス、です』
そう答えたきり、ハーディはまた黙り込む。聡明なハーディらしからぬ様子に、カティは複雑な気持ちを抱く。カティは腕を組んで背もたれに身体を預ける。
「狙撃、だそうだな」
カティは可能な限り声を抑えて言った。ハーディが回線の向こうで大きく息を吐く。
『イエス、です』
「そう、か」
カティはそれ以上を言うべきか否か、迷う。それは何の意味も無い推測ではあったが、それでも誰が、何のためにそれをしたのかを今すぐ知りたいという気持ちがあった。だが、カティはそれをぐっと飲み込み、もう一つの懸案事項の確認を優先する。
「ヴェーラとベッキーの様子は? 現場にいたんだろう?」
『ヴェーラはショック症状が酷く、緊急入院させました。レベッカもしばらくは自宅療養が続くと思われます。身体的には無傷です』
「そう、か」
一刻も早く二人の顔を見たい――カティは強くそう思う。無意識に足を組み替える。
「しかし、六課はどうなる。姉さ……ルフェーブル大佐なしでは」
『その点はご心配なく』
ハーディらしい冷徹な声に、カティは思わず右の眉を跳ね上げた。
『我々第六課は、しばらく閑古鳥が鳴いている状態です。大佐の逃がし屋としての名声も、セイレネスのある今となってはもはや過去のもの。現に国民……大衆はもう忘れています。今さらそんな過去の二つ名を思い出したところで、単なる感傷か憐憫の類として扱われるだけです』
あまりといえばあまりの言いように、カティは少なからず苛立った。
「それで、六課は誰が引き継ぐ?」
『私です』
「……だろうな」
カティはまた足を組み替えた。
「狙撃の容疑者は?」
カティの詰問にも、ハーディは揺らがない。彼女は答える。
『不明です』
――と。
カティは携帯端末を睨む。まばたきを忘れていた目が痛む。
「不明、か」
カティの反復に、やや間が空いた。携帯端末のマイクはハーディの呼吸音を拾っていた。沈着冷静そのもので、その呼吸の奥に動揺を完璧に隠し通している――カティは直感的にそう感じたが、その直感が正しいか否かまでの判断はつけられなかった。
「これほどの重大案件、しかも街中での犯行。それにもかかわらず容疑者の一人も挙がっていない?」
『現時点、不明です』
ハーディからの感情のないレスポンス。
カティは「そうか」と義務的に相槌を打ち、溜息をつきながら通話を強制的に終了させた。