03-1-3:ロジカル・レイヤー

歌姫は背明の海に

 ヴェーラはほとんど真っ暗なコア連結室の中で、シートに背中を預けたまま、腕を組んだ。

「イスランシオ大佐とのコミュニケーションが成立した……!」

 その事実は、戦闘をモニタリングしているブルクハルト中佐やハーディ中佐も認識したことだろう。おそらくはセイレネスのチューニングが以前よりもピーキーに、つまりヴェーラに完全にフィットした形に調整されたことが、その理由だ。

 セイレネスの感度が上がって、他の周波数帯とも更新できるようになったとか?

 ヴェーラは現在進行形の対空戦闘の様子を眺めつつ、そしてもちろん自分も戦いつつ、考え込む。

「確かに、V級ヴォーカリストのシミュレータでも、同調率云々って言ってた気がする」

 最後のナイトゴーントを叩き落とし、ヴェーラは思い切り伸びをする。長すぎた午睡の後のような、そんな倦怠感が意識を覆う――いつものことだ。

「ハーディ、敵機殲滅完了。わたしの探査範囲内には機影を確認できず。ナイアーラトテップしかり」
『確認しました。現時刻をもって、作戦完了と致します』

 味方の損害は小中破こそあるが、総じて軽微。損害レポートでも何とか死者はゼロで踏みとどまれたようだった。ヴェーラはそこまでじっくりと確認してから、ようやく立ち上がる。

「インターセプタが出てきたけど、逃がしちゃったよ、また」
『やはり逃げられましたか。映像解析に回していますが、今のところ――』
「消えるんだよ、あいつ。致命弾が出るか出ないかのうちに、ふわっと。あれじゃぁ、やっつけようがないよ」

 ヴェーラは不機嫌そうな声を出す。ハーディとの対話時にはいつもこうである。必要最低限の情報を極力感情を排して伝える。レベッカがいる時には、彼女が緩衝材になるのだが、今は完全に差し向かいの対話である。お互いにナイフでも抜いているかのような、不気味ながあった。

 ヴェーラはドアを押し開き、真新しい臭いのする廊下へと歩み出る。その表情は暗く沈んでいた。

 この論理層にこそ、辿り着きたかったのだ、俺は――。

 イスランシオは何を言いたかったのか。ヴェーラはその言葉の意味を考える。

 そもそも、死んだはずの男が、どうして存在しているのか。あれは本当にイスランシオ大佐その人なのか。わたしは幻でも見ているのではないか。

 いや、アレは間違いなくF108+ISインターセプタ・シュライバーだったし、そもそも。あれがイスランシオでなかったとしたら、それは一瞬で露呈するはずだった。それにもしあれがイスランシオ大佐でなかったとしたら、じゃぁ、いったい誰が何のために? ということにもなる。

 だったら?

 その本体――その存在の本質――を、物理層から論理層に移した?

「いや、まさか」

 そんなことができるわけがないと、ヴェーラは首を振る。そしてふと足を止めて、廊下の壁に背中をつけ、両手の指を組み合わせる。

「わたしは今、物理層にいる。けど、セイレネスを起動している時って、わたしの精神はわたしの肉体から飛び出している」

 いつも浮かんでいる。全てを俯瞰ふかんしている。

 果たしてその状態は、物理層に「いる」ということになるのだろうか。を、ごく普通に行えてしまっているのも事実だ。はるか昔なら「魔法」と言われていても仕方のない現象を、わたしは意のままに操っている。

 高度に集中している時に至っては、物理制約なんてまるで考えない。論理層の中にある自分こそが主体となっているようにも思う。思えば物理と論理のボーダーラインを、わたしは全くの無意識のうちに超えている。それがこの巡洋戦艦デメテルにあわせてチューニングされたセイレネスでは、より顕著だった。ログオンのその瞬間から、わたしは――。

 ヴェーラは首を振り、廊下の壁から背を離す。

「最初からトランス状態、だったのかも」

 気付かないうちに、そこまで

 だから、あのとの会話が成立した……?

 わたしはあの時、本当にだったんだろうか?

 背筋が冷える。

 震えが来る。

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