05-1-2:量産型ナイアーラトテップ

歌姫は背明の海に

 またしてもによる圧倒的な戦力差を見せつけられたアーシュオンは、戦力および戦略の立て直しに四ヶ月以上沈黙しなければならなかった。カレンダー的にはもはや初夏だ。マーナガルム飛行隊の本拠地のある要塞都市ジェスターは年中夏の陽気なのだが。

 ヒトエ・ミツザキ大佐は自分のデスクに腰掛けながら、コーヒーを飲んでいた。ミツザキの目の前にあるソファには、マーナガルムの三人が座っていた。シルビア以外のニ名についてはお世辞にも行儀が良いとは言えない座り方だ。

「いよいよ量産、ですか」

 シルビアは穏やかならぬ表情で、その言葉を繰り返した。

「あんなものを――」
「ゲテモノであることは否定しないがな」

 ミツザキはニヤリと笑みを見せつつそう言った。

「そもそも、クラゲもといナイアーラトテップというのは必殺の兵器であり、無敵の要塞であるべきだったし、初期は実際にそうだった。だが今は、わずか沈められてしまう。が出てこなければ十二分に戦えるが、出てこられたら瞬間的に産廃確定だ。これではさすがに調達コストに見合わない。従来型のものではな」
「でもさ、大佐」

 クリスティアンが砕けた口調で言う。

「量産型って簡単に言うけど、性能は? 弱くなるんだったら――」
「量産型は、飽和攻撃を行うための、消耗前提のということになる」

 クリスティアンの言葉に被せるように、ミツザキは言った。誰よりも表情を険しくしたのはフォアサイトである。

「特攻兵器?」
「ああ。だが、コアウェポン自体は基本的には消耗しない。あくまで壊されるのは量産型ナイアーラトテップの本体のみだ……というのが建前だ」
「建前?」

 マーナガルム三名の声が揃う。ミツザキはコーヒーカップを傍らに置き、机から降りた。

「シルビア」
「はい」
「ナイアーラトテップのコアウェポンと言われて、どんなものかわかるか?」
「機密事項ですから、私たちは触れることはできません。ですが、あれが遠隔操作であるということは聞いたことがあります。となればコアウェポンというのは、遠隔操作を行う人物、または、それに付随する設備ということになるかと」
「ふふ、正解だ。正確にはということになる」
「ショゴス?」
「そうだ。というのはコードネームのようなもので、という意味で使われている。ヤーグベルテではと呼ばれているのだが」

 ミツザキは律儀に総説明し、赤茶の瞳を細めた。天井灯の輝きを反射するその瞳は、妖しく揺らめいている。シルビアは息を飲む。

「ともかく、それらをひっくるめた最低運用単位のことをコアウェポンと呼んでいる。基本的には彼女らによるであるから、もちろん人的な損耗はない。ということになっている。実際のところ例外の数機を除いては確かに遠隔操作だった。だが、彼女ら素質者ショゴスは、例外なく脳を焼き切られた。生存者はいるが、二度とこちらには帰ってこられない。そしてその損耗はもはや二桁に達している。苦労して調整したにも関わらず、な」
「二桁……まさに出撃して戦艦に遭遇したナイアーラトテップ全機ということですか」
「そうだ。そう言っている」

 ミツザキの口調は平坦だったが、その表情は険しい。クリスティアンが頬をひっかきつつ、ミツザキをはすに見た。

「ってことはさ、大佐。量産したところで、動かせる人間が確保できねーんじゃ?」
「そういうことだ。いや、そういうこと

 ミツザキは腰の後ろで手を組んで、軍靴の音も高らかに、シルビアの背後に移動した。そして上半身を倒して、シルビアの右耳に向けて囁いた。

「先方のセイレーンが頑張れば頑張るほど、が大量発生するという事実を突き止めたのだよ、我々は」
「それはつまり――」

 シルビアはキスできてしまいそうなほどに近くにある、ミツザキの整った顔を見る。冷気さえ感じられるほどに冷たいその表情に、シルビアは圧倒される。

「つまるところ、人材はもはや貴重ではないということだ。使い捨てにできる」
「でも、ハードウェアは」

 フォアサイトが顎に手をやりながら口を挟む。

「ソフトも、ハードも……ああ、そういうことか、大佐。量産型ナイアーラトテップは、飽和攻撃戦略のためのハリボテに過ぎないと」
「そういうことだ、フォアサイト。ナイアーラトテップとは名ばかりの、強化プラスティックの円盤に、旧型のディーゼルエンジンを積み込んだだけの代物に過ぎん」
「そりゃ安価なことで……」

 クリスティアンが苦虫を噛み潰したような顔を見せる。

「だが」 

 ミツザキは冷たく微笑して、クリスティアンを見やる。

「それでもナイアーラトテップはナイアーラトテップ。通常艦隊相手なら数隻で十分に対抗できる戦略兵器であることに間違いはない。そして同時多発的に、かつ波状的に攻撃を仕掛ければ、ヤーグベルテの二名のセイレーンは疲弊し、通常艦隊も四風飛行隊も漸減ぜんげんしていく。そのために現在、週一隻のペースでM量産型ナイアーラトテップを建造している」
「いくら安普請とはいっても、すっげぇ予算」

 クリスティアンが皮肉を込めて言った。

「ハードウェアは安普請、人材ソフトウェアはメール一通分の通信コストで集められるしな。さほど金は動かん」
「メール一通分……」

 シルビアが硬い表情でミツザキを見る。ミツザキは軍帽をもてあそんでいる。

「古典的に言えば、召集令状というやつさ」
「しかし、いくら集めるのは容易とはいえ、育成には時間がかかるのでは」
「そこそこ使えるようにするためには訓練期間は必要だ、もちろん。だが、今後ショゴスは増える。無尽蔵に増えると見ている。頑張って育成したところで、戦場でセイレーンと遭遇すれば例外なく死ぬ。だったら、そこにコストはかけられない。合理的な判断というところだ」
「しかしそれでは!」
「シルビア。M量産型自体、特攻兵器という扱いだ。無事に帰ってくることなどそもそも想定されていない。それを操るコアウェポンも、ハードが残れば御の字。安全性を考えなければ、コアウェポンのハード部分にしても駆逐艦一隻分未満の建造費用で済むからハードの破損についてのコスト的損失は限定的だ」

 そう告げられたシルビアは、開いた口が塞がらない。ミツザキはゆっくりと自席に戻り、デスクチェアに深々と身体を沈めた。

「業の深い国家だと思うよ、我が国は」
「しかしそれではあまりにも」
「貴様の気持ちは理解できぬではない、シルビア。だがな、我が国、我が軍は、あのフォイエルバッハすら処刑したのだ。素質者ショゴスの存在すら我らがアーシュオンは公式には認めんよ。ナイアーラトテップやナイトゴーントたちはあくまでも無人兵器であり、でなければならないのだからな」
「ですが、大佐。その、ショゴスと呼ばれる者たちは」
「彼女らは召集令状一つで集められた、ただの少女だ。世間的には無名の少女に過ぎない。彼女らの親兄弟らが声を上げることは許されない。そもそも極秘任務扱いなのだから、彼女らの生死すら親兄弟は知ることはできん」

 その冷徹な事実の通達に、シルビアたちは顔を見合わせる。ミツザキは腕を組み、背もたれに体重を預けた。

「人権がどうのなど、いまさら言ってくれるなよ、シルビア。彼女らはアーシュオンという国家のために生まれ、国家のために死ぬ。それだけだ。誰にも、などと、啖呵たんかを切ることなどできん。それだけの気概のある人間など何処どこにもいない。結局はそういうことだ。そしてそれは、ヤーグベルテのセイレーンたちにしてもしかり、だ」
「そりゃ、あまりにも不憫すぎやしませんかね」

 クリスティアンが顔を歪める。

「敵に同情するわけじゃねぇっすけど、セイレネスを使えるあいつらは国家にとっちゃ貴重でしょうが。なんてデカブツとセット運用されるほどだし。軍としてもそれ以上無いくらいに助けられているんじゃねぇのさ。なのに、そんな消耗品扱いされちゃたまんねぇよ」
「そうだな」

 ミツザキは目を閉じる。軍帽を右手でくるりと回し、被りなおす。

「だが、これが現実だ。その結果、未来に何が起きるのか」

 そう言って立ち上がり、窓の方へと身体を向ける。ガラスに反射した自身の姿は、ほとほと滑稽だ――ミツザキはそんなことも思う。とんだ茶番だ、と。

「――そのための布石はもうあれこれと、な」

 歌姫計画セイレネス・シーケンス。その果てに、私は興味がある。

 なれば――。

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