戦艦、セイレーンEM-AZが就役してから一ヶ月後、二〇九五年一月。アーシュオンは再び核弾頭を搭載したICBMを打ち上げた。四十もの弾道ミサイルが、ヤーグベルテ本土に対して一挙飛来してきたのである。
ヴェーラはセイレーンEM-AZの艦橋で、士官学校のシミュレータルームでの訓練の様子をリモートで見学していた。だから幸いにして、数多くの歌姫たちがスタンバイしていたタイミングであったとも言える。
「ブルクハルト教官、聞こえますか」
『戦闘モードにシフトチェンジだね。三秒待って』
「さすが、教官!」
艦橋正面にある巨大なスクリーンに、シミュレータの設定状況が映し出される。その筐体情報が次々に青から赤へと変わっていく。
「わたしもコア連結室へ移動する」
ヴェーラはそう言って立ち上がる。そして苛立ちを隠そうともせずにマントを翻して艦橋を後にする。ドアの外にはちょうどマリアが到着したところだった。
「どうしてここまで気付かなかったの?」
「とにかく、急ぎましょう、姉様」
マリアはヴェーラの前に立って走り出す。ヴェーラもやや面食らいつつも後を追う。
「どうしてきみまで」
「その方が都合が良いからです」
まったく、ミステリアスだ。ヴェーラは眉根を寄せる。
マリアは携帯端末を睨みつけ、ヴェーラを振り返る。
「迎撃限界まで五分」
「五分!?」
ヴェーラは一瞬足を止める。が、マリアは止まらなかったので、慌てて再び駆け出し、コア連結室前に出るエレベータに飛び込んだ。
「これはいったいどういうことなの、マリア」
「驕りと思い込みの末路でしょうね」
「ったくッ!」
ヴェーラは苛々とつまさきで床を蹴る。エレベータが目的地に到着するなり、ヴェーラは走り出て、真向かいにあるコア連結室の扉を開けた。マリアは入らずその場で腕を組む。
「落ち着いて、姉様。大丈夫、あの子たちならうまくやれます」
「一発でも落ちたら負けなんだよ!」
「地上の緊急展開班はおそらく間に合いません」
「最悪だ」
ヴェーラは扉を閉め、システムを起動させた。
「エディタ、聞こえる?」
『はい、聞こえています。ミサイルが……』
「阻止限界まで時間は五分もない。わたしの展開は間に合わない。だからきみが指揮を執れ」
『承知いたしました』
エディタは迷いなく応じてくる。こういうところがエディタらしい。ヴェーラはようやく表情を緩める。
「普段の訓練どおりにやるんだ。すべての責任はわたしが取る。何も心配しなくていい」
『ありがとうございます、では』
その後のエディタの行動は、ヴェーラには手に取るように把握できた。全く無駄も無ければ誤りもない。完璧な指揮だった。C級を含めた総勢七十名のオーケストラを完璧に導いている。
「すばらしいよ、エディタ」
『ありがとうございます。迎撃に移ります』
最強の歌姫、S級のレネ・グリーグを中心とした防御結界がヤーグベルテの空に張り巡らされていく。
ヴェーラはシステムの時計を確認する。限界点まであと一分もない。
『各々の目標に向けて、全力で、対空弾幕! 地上設備は使えない、全力で集中しろ!』
タイミングは完璧。C級の能力の及ぶギリギリまで近づけての一斉迎撃。エディタの友軍把握能力、状況分析力、冷静さ、的確な指揮――どこにも非の打ち所がなかった。
「きみがいて助かった」
ヴェーラは惜しみなく賛辞を送る。ヴェーラの計算する限り、その迎撃機動はすべての弾道ミサイルを破壊するはずだった。地上への被害もほとんど出ることはないだろう。
『姉様』
その時、マリアの声が頭の中に響く。
『一機、セイレネスの迎撃弾幕を突破した模様です』
「なんだって!?」
その報せは、ヴェーラのセイレネスが完全に機動したのとほとんど同時だった。
『その一機は新型です。大きい』
「把握……した!」
ヴェーラは頭上に迫る巨大な弾頭を睨む。直径だけで通常の三倍、いや、四倍はある。
「変な感じがする……!」
ヴェーラは背中に冷たい汗を覚え、眉間に皺を寄せた。