07-1-1:ICBM

歌姫は背明の海に

 戦艦、セイレーンEMイーエム-AZエイズィが就役してから一ヶ月後、二〇九五年一月。アーシュオンは再び核弾頭を搭載したICBM長距離大陸間弾道ミサイルを打ち上げた。四十もの弾道ミサイルが、ヤーグベルテ本土に対して一挙飛来してきたのである。

 ヴェーラはセイレーンEMイーエム-AZエイズィ艦橋ブリッジで、士官学校のシミュレータルームでの訓練の様子をリモートで見学していた。だから幸いにして、数多くの歌姫セイレーンたちがスタンバイしていたタイミングであったとも言える。

「ブルクハルト教官、聞こえますか」
『戦闘モードにシフトチェンジだね。三秒待って』
「さすが、教官!」

 艦橋正面にある巨大なスクリーンに、シミュレータの設定状況が映し出される。その筐体情報が次々にからへと変わっていく。

「わたしもコア連結室へ移動する」

 ヴェーラはそう言って立ち上がる。そして苛立ちを隠そうともせずにマントを翻して艦橋を後にする。ドアの外にはちょうどマリアが到着したところだった。

「どうしてここまで気付かなかったの?」
「とにかく、急ぎましょう、姉様」

 マリアはヴェーラの前に立って走り出す。ヴェーラもやや面食らいつつも後を追う。

「どうしてきみまで」
「その方が都合が良いからです」

 まったく、ミステリアスだ。ヴェーラは眉根を寄せる。

 マリアは携帯端末モバイルを睨みつけ、ヴェーラを振り返る。

「迎撃限界まで五分」
「五分!?」

 ヴェーラは一瞬足を止める。が、マリアは止まらなかったので、慌てて再び駆け出し、コア連結室前に出るエレベータに飛び込んだ。

「これはいったいどういうことなの、マリア」
おごりと思い込みの末路まつろでしょうね」
「ったくッ!」

 ヴェーラは苛々とつまさきで床を蹴る。エレベータが目的地に到着するなり、ヴェーラは走り出て、真向かいにあるコア連結室の扉を開けた。マリアは入らずその場で腕を組む。

「落ち着いて、姉様。大丈夫、あの子たちならうまくやれます」
「一発でも落ちたら負けなんだよ!」
「地上の緊急展開班はおそらく間に合いません」
「最悪だ」

 ヴェーラは扉を閉め、システムを起動させた。

「エディタ、聞こえる?」
『はい、聞こえています。ミサイルが……』
「阻止限界まで時間は五分もない。わたしの展開は間に合わない。だからきみが指揮をれ」
『承知いたしました』

 エディタは迷いなく応じてくる。こういうところがエディタらしい。ヴェーラはようやく表情を緩める。

「普段の訓練どおりにやるんだ。すべての責任はわたしが取る。何も心配しなくていい」
『ありがとうございます、では』

 その後のエディタの行動は、ヴェーラには手に取るように把握できた。全く無駄も無ければ誤りもない。完璧な指揮だった。C級クワイアを含めた総勢七十名のオーケストラを完璧に導いている。

「すばらしいよ、エディタ」
『ありがとうございます。迎撃に移ります』

 最強の歌姫セイレーンS級ソリストのレネ・グリーグを中心とした防御結界がヤーグベルテの空に張り巡らされていく。

 ヴェーラはシステムの時計を確認する。限界点まであと一分もない。

『各々の目標に向けて、全力で、対空弾幕ハルピュイア・イレイザ! 地上設備は使えない、全力で集中しろ!』

 タイミングは完璧。C級クワイアの能力の及ぶギリギリまで近づけての一斉迎撃。エディタの友軍把握能力、状況分析力、冷静さ、的確な指揮――どこにも非の打ち所がなかった。

「きみがいて助かった」

 ヴェーラは惜しみなく賛辞を送る。ヴェーラの計算する限り、その迎撃機動はすべての弾道ミサイルを破壊するはずだった。地上への被害もほとんど出ることはないだろう。

『姉様』

 その時、マリアの声が頭の中に響く。

『一機、セイレネスの迎撃弾幕を突破した模様です』
「なんだって!?」

 そのしらせは、ヴェーラのセイレネスが完全に機動したのとほとんど同時だった。

『その一機は新型です。大きい』
「把握……した!」

 ヴェーラは頭上に迫る巨大な弾頭を睨む。直径だけで通常の三倍、いや、四倍はある。

「変な感じがする……!」

 ヴェーラは背中に冷たい汗を覚え、眉間にシワを寄せた。

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