よろめきながら歩き去るヴェーラを見送ってから、マリアは再び壁に背を預け、拒絶するかのように腕を組んだ。
「いつから見ていたの」
その問いかけを受けて、マリアの目の前に二つの人影が現れた。銀の女と、金の女のような男だった。金が嫣然と微笑む。
「ずっと、よ」
「覗きとは、相変わらずの悪趣味ね、ツァトゥグァ」
マリアは冷淡に言い放った。
廊下は無限に続き、天井は無限に高い。彼らが現れる時、時空間は変異する。完全なる論理空間とでも呼ぶべき場所へと、マリアは隔離されていた。物理空間と比べて、この論理空間は時間の進みが極端に遅い。物理空間で言えば停止しているのとほぼ等しい。ゆえに、今のマリアという存在は、物理空間上のなんぴとにも認識することはできない。そしてその一方で、物理空間上に不在であるということも証明できない。
「それで――」
銀の方が優雅に腕を組んで口角を上げた。
「あなたが見ているほんの少し先の未来とやら。これで変わるのかしら?」
「ほんの少しは」
マリアは認識不能な銀の顔を見つめて、無感情に応じる。
「そう、よかったわね」
銀こと、アトラク=ナクアが目を細めた。金は後ろで手を組んで唇を歪める。
「でもこれで、セイレネスが物理の壁を超えられることがハッキリしたわねぇ。何の物理的触媒も使わずに、あそこまで核爆発の物理的影響を抑え込む、なんてね?」
「そうね、ツァトゥグァ」
アトラク=ナクアが視線を金に送る。
「ふふふ……私たちの未来も、変わったのかもしれないわね」
「まさか」
金が含み笑いを見せる。
「あたしたちの未来は、永遠に一つよ」
「うふふふ……」
アトラク=ナクアは堪えきれないという風に笑った。そんな銀と金をマリアは睨む。ツァトゥグァが言う。
「マリア、世界はティルヴィングの示す先に変異していくのよ。今こそその時代というわけ」
「くだらないわ。それに仮にそうだとしても、私たちはあなたがたの目的を成就させたりはしない。絶対に」
「矛盾ねぇ」
ツァトゥグァは首を振る。豪奢な金髪が揺れる。しかしマリアは全く動じることなく、氷のような表情と声音で言い切った。
「私たちの時代にそれが起きなければ、ただそれでいいのよ」
「ふふふ、薄情なこと」
アトラク=ナクアが艶美に笑う。ツァトゥグァが声を被せるようにして言った。
「でもね、ヴェーラのセイレネス活性状況を見るに、あたしたちの目的が成就する方が早いのだけれど」
「そうはならない」
「なぜ?」
「答える必要を感じませんが」
マリアは両手を握りしめた。舌打ちしたい気分だった。二人の悪魔は音もなく姿を消す。
『ふふ、そうね、さにあらば、斯くの如し』
銀の声が反響して、消える。
マリアは物理空間に戻されたのを確認してから、額に手を当てた。
「どうして」
我が創造主。
「なぜ……」
こんな――。