なし崩し的にマリアを加えた三人は、当たり障りのない話題を面白おかしく広げて話し、食事を進めていった。途中でヴェーラがピザを追加注文したり、レベッカがワインに口を付けてグラス半分で酔い潰れたりはしたが、その夜は概ね平和に過ぎていく。
ヴェーラとマリアがハーディの物真似をしあって笑い転げる中、レベッカはあられもない格好でソファに沈んでいた。時々ケラケラと笑うことから、完全に眠ってはいないようだったが、もはやコミュニケーションは不可能だった。
「おふたりさん、楽しそうなのら……!」
突然大きな声でそんなことを言ったレベッカに、ヴェーラたちは思わず「ビクッ」と肩を震わせるほど驚いたりもする。ヴェーラはレベッカの頬に触れ、マリアを見て肩を竦める。
「どーしてこうなるってわかってるのに飲むかなぁ」
「ヴェーラ姉様も止めなかったじゃないですか」
マリアの的確なツッコミに、ヴェーラは「まぁ、うん、そうだね」と歯切れ悪く返す。その時、ベッキーがムクリと起き上がって叫んだ。
「ふたりらけで高いワイン飲むとかないわー!」
そしてまたソファに沈み込んで寝息を立て始める。気付けばレベッカはブラウスを脱ぎ捨てており、下着もずれていた。ヴェーラは「やれやれ」と楽しそうに呟くと、空いているソファに置かれていたブランケットをレベッカの上半身にかけてやる。
「レベッカ姉様、本当にお酒に弱いんですね」
「ある意味最強だけどね。明日の朝にはケロっとしているだろうし、その上なーんにも覚えていないからね」
「まぁ……!」
ヴェーラはワインの最後の一滴までもグラスに落とし、軽く掲げてから飲み干した。マリアはすでにブランデーに移行していたが、まるで水でも飲むかのようなスピードで瓶の中の液体を減らしていく。アルコールに強いヴェーラから見ても、マリアはザル、否、リングのようだった。マリアの表情は平時と全く変わらず、口調もしっかりしていた。
「きみ、アルコールじゃなくてもいいんじゃない?」
「私だってお酒を飲みたい気分のときはあるんです」
「酔えない体質なんじゃない?」
「気分だけ、ですかね」
マリアは少し寂しげに微笑んでヴェーラを見た。ヴェーラは「よし」と気合を入れて立ち上がると、マリアの隣に移動した。
「あ、時間が」
マリアは壁に掛けられた時計を見て慌てて立ち上がろうとした。午後十一時をとっくに回っていた。が、ヴェーラはマリアの左手首を掴むと、強引に座り直させた。勢い余ってヴェーラの膝の上に座ってしまったマリアはまたも慌てて立ち上がろうとした。が、ヴェーラがそのマリアの腰をがっちりとホールドする。
「ね、姉様……?」
「ちょっとマリア成分を確認したくてさ」
「わ、私の成分?」
「ベッキーとは違うね、同じ歌姫なのに」
「そ、それは、別の個体ですもの」
「だけど、奥深いところで同じ匂いがする」
その言葉にマリアは一瞬言葉に詰まった。なぜならヴェーラたち三人は、全てジョルジュ・ベルリオーズによって創られた存在だったからだ。同じ匂いというのは至極当然だった。
「ところできみ、明日なにかあるの? なにもないなら泊まっていきなよ。部屋もあるしさ」
「明日は確かに休みですが……」
「きみがわたしたちと一緒に一晩過ごしたって、スキャンダルにはならないでしょ」
ヴェーラが冗談めかして言うと、マリアは小さく笑った。
「姉様とレベッカ姉様が相思相愛なのは誰の目にも明らかですしね」
「百合界隈は今日も盛り上がってるさ」
わたしはそっち系じゃない気がするけど――と、ヴェーラは思いながらも否定はしない。
「で、マリア」
ヴェーラはマリアを解放して、再び自分の隣に座らせてから、マリアの肩を抱いた。
「きみとはそろそろちゃんと話をしたいと思ってたんだ、ちょうどね。ずっとどこかすれ違ってたし。きみも軍の任務にはそろそろ慣れただろ、カワセ大佐」
「そうですね。あっという間の半年でしたね」
マリアはテーブルの上のほとんど空のグラスに手を伸ばす。ヴェーラはそこにブランデーを注いだ。
「そしてその半年の間に、きみはわたしたちの広報活動まで押し付けられたわけだ。影のマネージャーなんて呼ばれてもいるよね」
「本当は間接的に関与、という契約だったのですが、いつの間にか全権委譲されてしまっていますね、困ったことに」
「きみの計略じゃないの?」
「姉様方と一分一秒でも一緒にいたいという気持ちは本当ですが、雑事が増えすぎたのは全く計算外でした」
「あはは!」
ヴェーラは若干酔いが回っているのを感じつつ笑う。
「でもマリア、あのさぁ、わたしたちのスケジュール詰め込みすぎだよ」
「すみません。わたしだって姉様方にはお休みを十分にとっていただきたいのです」
「わかってるよ。そうじゃないと不意の出撃や戦闘サポートにも影響出るし」
「本音ではないですけどね」
「うん、わかってる。わたしたちが本音を口にできるのは、きみが建前で戦ってくれてるからさ」
ヴェーラはマリアの頭に手を触れる。マリアは少し頬を赤くして、その身を委ねる。
「まぁ、それに必要だとは理解しているよ、マリア。わたしたちのための設備維持費もあるし、何しろあの戦艦の建造コストも回収しなきゃならない。血税がーとか言われるのは致し方ないとしても、それでもわたしたちが自分で動けばある程度は補填できる」
「数曲リリースしていただければ、それだけで数千万から数億UCになります。メンテナンス費用程度には充てられるかと」
「真面目だねぇ、きみは」
ヴェーラは笑いながらウィスキーの入ったグラスを揺らす。琥珀色の液体が天井灯を受けてゆらゆらと輝いている。
「なんでさぁ、わたしたちを苦しめるものを維持するために、わたしたち自身が走り回っているのか。考えれば考えるほど滑稽っていうか、お人好しっていうか」
「すみません」
「マリアが謝ることじゃないさ。仕方ないことさ。アーシュオンの繰り出してくる馬鹿げた戦略をぶっつぶせるのは、目下のところわたしたちしかいないんだしね」
ヴェーラは自嘲気味に笑い、ため息を一つ吐いた。
そこでヴェーラは時計を見て、「あっ!?」と素っ頓狂な声を上げた。
「やばい、忘れてた! 歌詞作れって言われてなかったっけ!?」
「え、はい。今月中――」
「明後日かよ!」
ヴェーラは慌てた様子でグラスを置いて、自身の携帯端末を取り出した。スケジューラを見ると、確かに二日後に締め切りが設定されている案件が一つあった。
「あーあーあー……どうしよう」
「まさか、未着手、ですか?」
マリアの目が一気に剣呑になる。ヴェーラは乾いた笑い声を上げて誤魔化そうとする。
「いやぁ、ほら、あのさ。カ、カティにも相談したかったなーと思ってたら忘れちゃってて」
「電話とかはなさらなかったのですか、ヴェーラ姉様」
「こういうのってさ、あのね、対面じゃないとうまいこと伝えられないんだよ」
わたわたと動揺を隠さないヴェーラに、マリアは眉尻を下げて大げさな仕草で肩を竦めてみせた。
「いつもはどうやって作っているのですか?」
「ええと、大抵はベッキーと二人でああでもないこうでもないって。最後にカティにこっそりチェックしてもらったりね」
「メラルティン中佐がチェック……ですか?」
意外そうにマリアが訊くと、ヴェーラは誇らしげに胸を張った。
「うん。カティはすごくたくさん歌を知ってるから。小説もものすごい読むしね。世界が広いんだ」
「そうなんですか」
マリアは目を丸くする。カティの体外的なイメージは「女帝」だ。何事にも動じず、なんぴとも手を触れることの能わぬ存在――とても本や音楽を嗜むような雰囲気ではない。
「意外でしょ」
「え、ええ。正直とても」
「カティは繊細だし、とても優しいんだ。メディア戦略で真逆の方向性に行かされてるけど」
ヴェーラはやや不本意そうにそう言ってから、テレビの横に立てかけられていた電子メモパッドを取ってくる。作詞作業をする際の相棒である。
「マリア、手伝ってよ」
「ええっ?」
「きみのそのミステリアスな所をいい感じに活かせないかなって」
「む、無茶です。作詞とかしたことありませんし」
「きみが無茶なんて言ったのは、人生で始めてじゃない?」
ヴェーラは微笑むと、電子メモパッドの電源を入れる。黒い板面にいくつか単語が浮いている。
「これは?」
「わたしが予め入れておいた作詞メモ。そこからいくつか候補を出してくれてるんだ。キーフレーズが決まらないと何も始まらないからね」
「AIですか?」
「うん。簡単なヤツだけどね。ブルクハルト教官が趣味ついでに作ってくれたんだ。わたしが予めガンガン書き込んでおいた単語やフレーズを関連付けてみたり、こうして私のリクエストに近い言葉を選んでくれたりする。あと、過去に似た言い回しをした歌を作ってないかとか、他アーティストの歌詞に被ってるものはないかとかも調べてくれる。盗作疑惑防止機能ってやつだね」
「すごい方ですね、あの方は」
時代と出会いが違えば、もしかするとジョルジュ・ベルリオーズすら凌いだかもしれない。マリアは真剣にそう考えた。
「これこれ、これなんてどうかな?」
「笑いながら手を振るよりも、みっともないほど泣き喚きたい?」
「たしか今回の発注って、しっとり恋愛系だったよね」
「ま、まぁ、そんな感じです」
もうちょっと複雑な要求だったよな、と思いながらも、マリアは適当に肯定した。
「んじゃ、こいつを中心にいい感じに組んでみよう。マリア、きみは遠慮なく口を挟んで」
「は、はい。助けになれるか、わかりませんが」
「きみ、恋したことある?」
「姉様方になら……」
「うーん」
ヴェーラは苦笑する。
「今わたしにキスしていいよって言ったら、する?」
「そ、それは……」
マリアは顔を紅潮させる。ヴェーラが笑ってしまうほどに耳の先まで真っ赤になっていた。
「モテるって大変だなぁ」
「私はレベッカ姉様のことも」
「欲張りだね」
「何と言われましても」
マリアは胸を張る。
「でも、その想いがあるなら大丈夫。わたしと一緒に歌を創ろう」
「がんばります」
「終わったら、ほっぺでいいならキスしてあげる」
「……がんばります!」
そして二人は夜を徹して、ブランデーやウィスキーを片手に歌詞作成任務を遂行した。