親愛なるベッキーへ
わたしは今日、ここでわたしを捨てようと思う。
もしこれで死ぬっていうなら、それはそれで仕方ないと思うし、そのほうが良いともわたしは思っている。
未来への試金石。そんな役割はわたしには重たすぎる。わたしには耐えられなかった。もうごめん、なんだ。未来のために、みんなのために。そんなおためごかし。わたしにはもう届かないんだ。どうやっても理解できないんだ。受け容れられないんだ。
そんな未来、どうやったって、わたしには色がついているようには見えないんだ。灰色の未来しかやってこない、そんなふうにしかわたしには思えないんだ。
この顔も。この手も。この声も。そしてこのヴェーラという贋作の名前も。
わたしはわたしの意志で、数少ないわたしの自由で、全てを捨て去るつもりなんだ。ごめんね。
わたしの歌は、届かなかった。人々の心には、響かなかった。
強すぎるディストーション。無駄なリバーヴ。わたしの歌は歪められて、わたしの思いはノイズに消されて。でも、それがこの世界なんだ。この社会なんだ。わかってる。わかってるんだよ、ベッキー。こうでもしなければ、人々に聴いてもらうことすらままならないことも、わかってる。
でもね、わたしは諦めが悪い、欲張りな女なんだ。
いちばん伝えたいことすら、まともにつたえられていなかったこのわたし。そんなわたしなんかに、いったいぜんたい何の意味がある? 存在の意味を見失っちゃった。なんか、ごめん。
わたしにはもうわからないし、考える気力もないんだ。ただ、きっと、こうしたら楽になれるかな。そう思っただけなんだ。本当に、実にたまらない誘惑だった。きみには悪いことをしてしまうっていう罪悪感はあった。けどね、不思議なものでね、この罪悪感が膨らめば膨らむほど、わたしは計画を止められなくなった。罪悪感がわたしを苦しめるほど、わたしは確かに歓びを覚えてしまったんだ。
話を戻すけれど。
世界にとっても、この国にとっても、人々にとっても、わたしは英雄であり、咎人であり、同時に単なる道具だ。都合の良いメッセージを発信するだけの音源に過ぎないんだ。わたしも、もちろん、きみも。
だから、わたしがわたしと認識するわたしが、生きようが死のうが。そんなのは彼らの認識するわたし自身にとっては、実に些細で瑣末な問題に過ぎないんだ。
世界にとって、国にとって、人々にとって、わたしという一人の人間の主張なんて、無視するに足るレベルの雑音に過ぎないんだ。音の完成度を高めるために、コンプレッサーであっさりと消されてしまうような、ね。
わたしは自分で火を放ったんだ。言うまでもないか。
あらかじめ手紙を書いておいてよかった。思いのほか火の回りが早くて、とても熱いよ、今。座ってられなくて部屋の中をうろうろしている。
家を燃やしちゃってごめん。これだけは言っておかなくちゃ。
ごめんね。ほんとうに、ごめんね。思い出の場所だったのに。ごめん。
でもね、どうしても。最期はここがいいなって、ずっと思ってた。
だって、わたしにとって、ここが心休まる唯一の場所だったから。エディットにひっぱたかれたりしたのも今は良い思い出。みんな一緒にずっと生きられたらよかったのにね。ほんとうにごめんね。
そろそろ家が持たなくなってきたね。タガートさんが呼んでる。なんて無茶なことするんだ。ほんとうにもう、みんなお人好しというか、なんというか。でもわたしは戻らない。もう戻れない。
そろそろだ。薬のおかげで意識が朦朧としてきたよ。
さようなら、ベッキー。
愛してる。
本当に。