13-1-3:イントルーダー

歌姫は背明の海に

 被弾!

 いや、しかしまだだ。まだだ、が――。

 シルビアは真後ろにつけている真紅の大型戦闘機をカメラで確認して青くなる。逃げるなら右か、左か、上か、下か――。シルビアは落下の加速度に身を任せつつ、海面ギリギリで機体を捻り上げる。肋骨が激しくきしむ。

「まだ!?」

 しかし、赤い戦闘機は未だに真後ろにいる。完全に捉えられている。次の掃射はけられない! シルビアの両手が汗で湿った。

『最後まで面倒くさい人だね、あんたは!』

 絶望におちいりそうになったその時、割り込んできたのはフォアサイトの声だった。

 視界の端に白い物体が入り込む――フォアサイトのPXF-001レージングだ。シルビアの右手が緩慢に動き、脱出装置のスイッチの方へとジリジリと移動する。だが、間に合わない。ボタンを押す前に機関砲弾にられるだろう。

 音よりも速く、赤い戦闘機から機関砲弾が放たれる。シルビアはオーグメンタを点火し上に逃げる。赤い戦闘機は離れない。今の一連射は調整作業のようなものだ。次は命中弾が来る――それも致命弾だ。

 シルビアの心臓が爆音を奏でる。意識が集中できない。

 ロックオンアラート。ミサイルが来る……!

 シルビアはペダルを駆使して機体を射撃軸線から外そうと試みる。だが、赤い戦闘機――空の女帝はそのはるか上を行っていた。シルビアの動きは尽く読まれ、全てに先手を打たれていた。

 赤い戦闘機から対空ミサイルが放たれる。退路は機関砲で断たれた。

 その時、シルビアの機体が大きく揺れた。命中弾ではない。

「ッ!?」

 フォアサイト……!?

 後部カメラを確認すると、白い機体が爆炎に飲まれていた。対空ミサイルは消滅していたから、その直撃を受けたのだろう。レーダーからマーナガルム2の反応が消えた。

「フォアサイト!」

 黒煙を吹き上げて落下していく白い機体を、シルビアは半ば呆然と目で追った。

「脱出しろ!」

 その叫びも虚しく、機体は爆発四散してしまう。パラシュートは開かない。

 ――よくも!

 声にならない。シルビアを仕留め損ねた赤い戦闘機は一旦海面付近まで降下していた。上から迫るシルビアの照準円レティクルに、赤い戦闘機のコックピットが捉えられる。引き金を引く。当たらない。当たるはずもない。近付く海面。機体を襲う空気抵抗。操縦桿を引き機首を上げる。海が巨大な白柱を打ち上げる。飛沫をかいくぐり、白い戦闘機レージング赤い戦闘機スキュラを追う。スキュラは重力に逆らう瀑布を打ち上げて、滑るように右に左に進路を変える。追っているはずなのに、もてあそばれている。

 スキュラがいきなり機首を上げた。後方六百メートルに位置していたシルビアはその隙を逃さない。機関砲が轟然と火を噴いた。普通のエースが相手だったならば、これで勝負は決していたはずだ。だが、エースだった。

 オーグメンタが海面を焼き、激烈な水蒸気の渦が巻き起こる。一瞬にして白霧に覆われた世界に、シルビアは突っ込んでしまう。その直後、大きな衝撃がシルビアの機体を襲う。それが右の翼付近への命中弾だと悟るのに、一秒半ほどの時間を要した。ダメージアラートが鳴り響き、翼から黒煙が上がり始める。シルビアのそのすぐ頭上を赤い機体が天地反転の状態で通り過ぎていった。次はないぞ、そういう警告だとシルビアは悟る。背中は汗でびっしょりだった。

 スキュラが再び上昇を仕掛けたその瞬間、空域が燃え上がった。多弾頭ミサイルが降り注いだのだ。

『こちらマーナガルム4、支援に入る』
「貴様! 遅い! 何をしていた!」

 いけしゃあしゃあと現れた青紫の機体に向けて怒鳴るシルビア。

『乱戦は嫌いなんでね』

 マーナガルム4、つまり、ヴァシリー・ジュバイルは全く動じた風もなく回答する。シルビアは大きく舌打ちしつつ、はるか上空へと戦闘空域を移したを睨みつけた。どのみち、この機体ではこれ以上戦えない。

『空母に帰れ、マーナガルム1。生きていれば雪辱の機会もあるだろう』
「くっ……!」

 シルビアはきつく唇を噛んだ。

 フォアサイトを失ったにも関わらず、に傷の一つもつけられなかった。ありとあらゆる局面で、遅れを取った。

 は――あまりにも圧倒的だった。

 シルビアは震える手で操縦桿を握り、母艦へと機首を向けた。

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