14-1-2:指揮官エディタ・レスコ

歌姫は背明の海に

 第一の目的、それはM量産型ナイアーラトテップを殲滅することだ。第二の目的は新人V級歌姫ヴォーカリスト、ハンナ・ヨーツセンの初陣をサポートすること。第三の……いや、副次的目的としては、C級歌姫クワイアたちの被害を少しでも抑えること。

 エディタはそれらのことを十分に理解していた。感情面では納得できていないところだらけだったが、エディタはとにかく理性的であろうと努めた。

「ハンナ、君にとってはM量産型はかなりの脅威になる。だが、現在の状況として、私と君で奴らを殲滅する必要がある」
『このケースですと論理戦闘で片をつけるのが一番だと習いました』
「模範解答だな。だが、相手は六隻。つまり二対六での白兵戦頭になる。やれると思うか?」
『い、いえ。しかし』

 言い淀むハンナ。エディタはハンナが何を言いたいのかを知っている。

C級クワイアのみんなを囮に……』
「それが最適解だ、ハンナ」

 エディタはそう言い切ると、C級クワイアたちの艦艇を七隻を一組としてグループ分けした。それと同時に、エディタの重巡アルデバランが、接近してきているM量産型に対して威嚇射撃を開始する。有効打が出ないのは承知の上だ。

C級クワイアたちは今指定したグループで行動。それぞれM量産型をひきつけろ! 私とハンナで各個撃破を行っていく。慎重に距離を取れ。近付かれたらやられるぞ!」

 エディタの実戦経験はわずかに一年。しかし、彼女はもうすでに指揮官としての頭角を現してきていた。レベッカによる厳しい教育の成果だと、エディタ自身も思っている。

 そのレベッカから通信が入る。

『エディタ、上出来です。私はマイノグーラを撃滅した後、督戦に入ります。そのつもりで』

 手助けはしないという宣言、か。鬼もく――まさに、だ。エディタは大きく深呼吸を繰り返し、再び意識を集中した。いくらなんでも全員が無傷で済むとは思えない。何隻かは沈み、何十あるいは何百人かが死ぬだろう。その中には歌姫セイレーンも含まれるだろう。それはとりもなおさず、同期や後輩の死を意味する。

 私の指揮で、あの子たちの誰かが死ぬ――エディタは唇を噛んだ。

 だが。

 エディタは首を振る。

 今は後悔のタイミングじゃない。今は目の前の敵を倒すことだけに集中する!

「ハンナ、やるぞ。相手もセイレネス使いだ。かなりのが来る。覚悟しておけ」
『は、はい!』

 反動、言い換えればだ。特殊な音域、特殊な音圧を持った何かの力。
それはたやすく精神に作用し、場合によっては急性薬物中毒のような症状をもたらす。強力な向精神薬を過剰摂取オーバードーズするようなものなのだ。その影響は敵味方問わずに発揮され、そのため、そのは、一般市民の間にも広く行き渡っていた。文字通り、リスクなくするためだ。

「まずはマークした一隻を! ハンナ!」
『り、了解です!』

 ハンナは重巡洋艦アルネプの火力を総動員し、M量産型の一隻を集中攻撃した。その熾烈な攻撃により、M量産型は数多く被弾するが、その堅牢な防御は貫けなかった。表面装甲がいくらか傷ついただけだ。

 そのM量産型は、重巡アルネプに針路を向け、一気に距離を詰めてくる。触手攻撃で一気に決着をつけようというのだろう。

『せ、先輩ぃぃっ!』
「取り乱すな、ハンナ。操艦は乗員に委ねろ。君は攻撃に専念するんだ」

 エディタの放った光の槍が、そのM量産型に突き刺さる。

「ハンナ、ボケっとするな、トドメだ!」
『は、はい!』

 重巡アルネプの垂直発射式ミサイルが、鋭い角度でM量産型に突き刺さる。エディタによって破壊された装甲の内側に矢継ぎ早に叩き込まれたミサイルが、M量産型を内部から破壊していく。

「よし、ハンナ。次行くぞ。休んでるヒマはない!」
『はい!』
「担当のC級クワイアたちは、こいつの完全な沈黙を確認するまで攻撃を続けろ! コーラスを維持しろ!」

 エディタの重巡アルデバランが唸りを上げて、次なる獲物に向けて針路を変える。

 ハンナは判断が遅く、冷静さもなく不測の事態に弱い。そのため指揮官には向かない。だが、戦闘単位としてはかなりの強さで貴重な戦力であることに間違いはない。エディタは冷静に考える。

「ハンナ、あいつを一人で沈めろ。二撃で片付けろ」
『二撃、ですか』

 ハンナの一斉射撃が海面に突き刺さる。薄緑色オーロラグリーンに輝く海域はたちまちのうちに静寂に包まれる。

「ハンナ、まだ倒しきれていないぞ!」
『あっ、はい!』

 ターゲットは水深三百メートルまで高速で潜航した。こうなると主砲もミサイルも通用しない。

『対潜拡散弾、用意!』

 良い判断だ。

 エディタは即座に別のM量産型にターゲットを切り替える。

 その時エディタの重巡アルデバランと、ハンナの重巡アルネプのちょうど中間地点で巨大な水柱が上がった。対潜拡散弾によって水面に逃げざるを得なかったM量産型が、ハンナとC級歌姫クワイアたちの連携攻撃によって撃沈されたのだ。

 残り四隻。

 エディタがターゲットした二隻が並走して、C級歌姫クワイアたちに肉薄していく。

「もう少し」

 重巡アルデバランの火砲のほぼ全てがそのターゲットを狙う。

「一斉射!」

 砲弾が一斉に海中のM量産型ナイアーラトテップに飛んでいき、命中直前で爆ぜる。粒子レベルに砕かれたそれらは、海中に溶け込み、突然大爆発を起こした。まるで気体爆薬サーモバリックのそれのように、だ。海から叩き出された二隻のクラゲが空中で衝突し、また派手な爆発を起こした。

 そこにハンナがこれでもかと言わんばかりの火力を集中する。やはりハンナの戦闘力は高い。エディタは一定の満足をした。

 二隻のM量産型ナイアーラトテップは空中で完全に粉砕された。

 C級歌姫クワイアたちの悲鳴が矢継ぎ早に上がった。一番遠くに展開していた班が半壊していた。M量産型に捕まったらしい。

『どうしますか、先輩! ここからでは間に合わない!』
「論理戦闘に引きずり込む。プロトコル・スタンバイ!」
了解アイ・コピー、プロトコル・スタンバイ!』

 それとともに、エディタとハンナの意識が白い空間に放り出された。一面の白い世界に、床の感覚だけがある。永遠に続く白い床、際限なく広い空間、そして白い空。具合が悪くなるほどに眩しい白い空間だ。

 エディタはアサルトライフル、ハンナは長大な対物ライフルを手にしていた。三十メートルばかり離れた位置に、両手に拳銃を持った二人の黒髪の少女が立っている。

「速攻で押し切るぞ、ハンナ」

 エディタはそう言うなり走り出す。後ろからハンナが対物ライフルを速射する。だが、その弾丸は明後日の方向に飛んでいく。

「ハンナ、よく狙え! 相手は殺す気で来ているんだぞ!」

 しかし、ハンナは完全に怖気おじけづいていた。顔の見える相手を直接その手で殺すことに、ハンナは怯えているのだ。

「う、撃てない……!」
「君は敵を生かして味方を殺すつもりか!」

 エディタはアサルトライフルを乱射する。黒髪の少女たちは壁を立ててそれをやり過ごす。

「そんなことは!」
「君がしくじれば私が死ぬ! 皆死ぬ!」

 少女たちの反撃が来る。エディタは寸でのところで回避し、壁を立てて逃げ込んだ。少女たちの拳銃は連射速度が異様に速い。その上、弾切れもない。強敵だった。

 二人の少女たちの連携攻撃に隙はない。二人は執拗に手前のエディタを狙ってくる。エディタはハンナが壁を立てて駆け上がっていくのを確認する。

 何をするつもりだ?

 その身のこなしはエディタ以上だ。その上、気配を殺している。少女たちはハンナに意識を向けていない。

 ならば!

 エディタは壁を消して走り出す。少女たちの攻撃がエディタを襲う。エディタは少女たちの背後に回り込む。ハンナと挟み込むような体勢に持ち込むためだ。

 爆音がエディタの鼓膜を揺らす。

 少女の頭が、文字通りに吹き飛んだ。

 残った少女が振り返る。エディタはそれを見逃さない。

 アサルトライフルの銃弾が少女の腹部に突き刺さった。

『……っ!?』

 振り返りざまに放たれる銃弾の群れを、エディタは転がって回避する。

 そこに飛来する連続的な射撃音。

 対物ライフルが三度火を噴いた。少女の右腕が消し飛び、腹部に大穴が空き、次いで頭部が弾けて消えた。

 二人の少女がブロックノイズと化して消えたのを確認して、対物ライフルを手にしたまま、ハンナが壁から飛び降りてくる。その身のこなしから、身体能力はやはり非常に高い。

「終わり、ましたか?」
「ああ、問題なくな」

 エディタはそう言ってから、ハンナの右肩を叩いた。

「よくやった、ハンナ」

 ねぎらいの言葉を受けても、ハンナの表情は硬かった。

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