14-2-1:圧倒するモノ

歌姫は背明の海に

 イザベラは督戦席で頬杖をついて、遠く東の空を見つめている。太陽はとっくに背中側に落ち、現在目の前に広がっているのは暗澹あんたんたる海と、遠近感の無い紺色の空だった。

 アーシュオンが二正面作戦を展開してくることは、参謀部第六課の読み通りだった。エウロスにはマーナガルムをぶつけ、最強の戦闘艦船であるセイレーンEMイーエム-AZエイズィにはI改良型ナイアーラトテップをぶつけてくるだろうということも。

「さて、どうしたものか」

 制空権は初撃さえ耐えきれば、カティがってくれるだろうから心配はしていない。どんな事態になろうとも、カティは必ず駆けつけてくれる。

「ベッキーの合流予測は交戦開始予測時刻の三時間か。微妙なところだな」

 わたしと、クララとテレサ。三人とC級クワイアたちだけでこの大艦隊の攻撃を耐えきれるか。イザベラは姿勢を変えて腕を組む。

 それにしてもM量産型が十二隻というのはいささか問題だった。真正面で殴り合うためには、圧倒的に手数が足りない。

 イザベラは一つ頷くと督戦席から立ち上がる。

「艦長、火器管制を全てわたしの方に回してくれ」
了解イエス・マム。セイレネスログイン後に回します」
「それでいい」

 そのままコア連結室に移動しセイレネスにログインする。一瞬で視界が開ける。夜の海であることを忘れてしまいそうなほどに鮮やかで明るい青が視界いっぱいに広がる。そのまま意識を東に東に向かわせて、何隻もの潜水艦や、ナイアーラトテップたちを捕捉する。もイザベラに気付いている。気付いていながら、まだじっと息を潜めている。

 イザベラはなおも東に意識を飛ばす。

 ……いた!

 艦隊の遥か後方でじっと佇んでいる最新型潜水艦マイノグーラ。データと寸分違わないそのフォルム、クラゲと言うよりはタコに近い。先程レベッカから上がってきた戦闘レポートによれば、V級ヴォーカリストであっても危険な相手らしい。

「クララ、テレサ、敵の新型、マイノグーラを撃滅せよ。他の目標は無視して構わない!」
『りょ、了解です、提督』

 クララとテレサがほとんど同時に応答してくる。

 イザベラは意識を上空に移動させて敵艦隊を俯瞰する。マイノグーラよりもさらに後方に、がいた。それはそろりそろりと接近してきている。何処かのタイミングで一気に加速してくるつもりでいるのだろう。

 だが、させぬよ。

 イザベラはセイレーンEMイーエム-AZエイズィに搭載されている六門の電磁誘導砲レールキャノンを撃ち放つ。その弾頭は全てエネルギーに変換され、たばねられる。

「当たれ!」

 イザベラは意識の手を振り下ろす。眼下のI改良型の素質者ショゴスはイザベラを見ていた。オルペウスを展開したようだったが、イザベラの前ではそれはあまりにも無力だった。

「力ある歌姫セイレーンだというのに!」

 イザベラは無慈悲だ。防御壁をいともたやすく引き裂くと、加速し始めたI改良型にエネルギーを突き立てた。反撃はあったものの、イザベラにしてみれば微弱なものだった。おそらくエディタレベルであったら大ダメージになっていたはずだ。

 I改良型を一瞬で撃沈せしめて、イザベラはコア連結室に意識を戻した。

M量産型はC級クワイアがひきつけろ! クララ、テレサ、新型は捉えたか」
『はい、提督。マイノグーラで間違いないと思われます』

 テレサが応じてくる。そこに被せるようにクララが緊張感を孕んだ声で告げた。

『提督、敵攻撃機の発艦を確認!』
「エウロスが来るまでの間、制空権は私が死守する。きみたちはマイノグーラを一刻も早く殲滅しろ」
『了解』

 二人はそう応じると、軽巡ウェズンとクー・シーを前に進めていく。その後ろをC級クワイアたちの小型艦艇が追っていく。

 東の空の闇に紛れて、潜水空母から出撃した攻撃機が接近してきている。

「ナイトゴーント……!」

 いや、それは予測通りだ。その数四十四。決して少ない数ではない。あれらを歌姫たちの艦隊にぶつけさせるわけにはいかない。イザベラは意識を集中し、全火力を放出した。

「クララ、テレサ。通常艦隊およびナイトゴーントはわたしが倒す。きみたちはそのまま役割を果たせ」

 二人の応答を確認するや否や、イザベラは空に意識を向ける。ナイトゴーントが四十四というのは一筋縄ではいかない。なぜならナイトゴーントたちはを操るからだ。うっかり連携させてしまうと手がつけられなくなる。

 同時に四十四機を追いかけ続ける必要がある。

 イザベラは素早く第二艦隊とエウロスの位置を探す。エウロス到着まで十分とかかるまい。しかしエウロスは休憩なしの連戦だ。そのハンデを持ったままの戦いを強いることになる。到着前に一機でも減らしておく必要がある。イザベラはその赤い唇を舌で湿らせる。

 イザベラはセイレーンEMイーエム-AZエイズィを最大船速で前進させて、突出しているウェズンとクー・シーを防空圏内に収めた。ちょうどそのタイミングでナイトゴーントたちが対艦攻撃のために高度を下げ始める。

 ナイトゴーントたちが抱えたSST超音速魚雷を投下するその直前に、イザベラは攻撃体勢に入ったナイトゴーントを狙い撃つ。セイレーンEMイーエム-AZエイズィに備え付けられた無数の火砲が空域を薙ぎ払い、その度にナイトゴーントは爆発四散していく。だが、そのイザベラの攻撃をもってしても、一挙殲滅とは至らない。

「ちょこまかと!」

 光るハリネズミと化したセイレーンEMイーエム-AZエイズィだが、それで撃墜できたのは十八機だ。通常航空戦力なら数百機から撃墜されていたであろう弾幕にあっても、やはりナイトゴーントは強力だった。

「二十六か、残りは」

 十二隻のM量産型ナイアーラトテップも迫ってきている。マイノグーラは未だ無傷だ。クララとテレサの攻撃は飛んでいるが、現時点では有効弾を出せていない。やはり相当な実力差があるようだ。

 さぁどうする、イザベラ――イザベラは自問する。

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