クララとテレサは未だにマイノグーラを沈められていない。
「いつまでかかっている。M型も減っていないぞ」
このままだといずれC級たちに損害が出始める。敵艦隊からは嫌がらせのように魚雷が放たれてくる。本来であれば取るに足らない攻撃であったが、C級の半数は新人だ。セイレネスを自在に扱えるとは言い難い。ましてM型のような強敵を相手にしているさなかでは、その魚雷一本が致命傷になりかねない。
「あまりよろしい状況ではないな」
イザベラは呟くと、セイレーンEM-AZをさらに前進させていく。交戦状態にあるウェズンとクー・シーをも追い抜き、一気に艦隊の先頭に躍り出る。
その動きに、アーシュオンの潜水艦艦隊は迅速に反応した。全速力で反転、後退を始めたのだ。
「勝ち目のない戦いはしないか。なかなか賢明だ」
イザベラは不敵に呟く。そして一斉に急降下爆撃を仕掛けてきたナイトゴーントを十機まとめて屠り去る。
「あと十六機だが、手が出ないな」
瞬く間に成層高度まで逃げ出したナイトゴーントを視認しながらも、セイレーンEM-AZの武装では有効な打撃を打ち出せない。しかしその超高高度にいる限り、ナイトゴーントは脅威にはならない。エウロスを待つのが得策だとイザベラは判断する。
「クララ、テレサ、敵艦隊は撤退を始めたが、マイノグーラとM型だけは打ち漏らすな!」
イザベラがそう命じた数分後に、断末魔が響き渡った。イザベラをして首を竦めてしまうほど強力な威力を有した一声だった。
『すみません、提督。てこずりました』
クララが通信を入れてくる。相当に消耗しているのがわかる。マイノグーラとの交戦でいくらかのダメージを負わされたに違いなかった。
「構わない。よくやった。損害はどれほどだ」
『数発被弾しましたが、大丈夫です。僕とテレサはこのままM型を仕留めにいきます』
「そうしてくれ。私は下がる。きみたちで十二隻のM型を殲滅せしめろ。C級たちを自由に使え」
我ながら鬼畜なことだ――イザベラは皮肉に笑う。だが、これも必要なプロセスなのだとイザベラは信じている。これからの時代に必要なのは一騎当千の戦力ではなく、十の威力で戦える百の兵なのだ。さもなくば、第二、第三のヴェーラ・グリエールを生み出すことになってしまう。そんな未来は許容できない――イザベラは無意識に奥歯を噛み締めた。
その時、イザベラの視界の隅に、赤いものが入り込んだ。
『エウロス、到着だ。第一艦隊の司令官、いるかい?』
「カティ!」
『って、なんだ。わざわざ来てやったのに、ナイトゴーントが十六機しかいないみたいじゃないか』
「ごめん、でも、殲滅を要請する。あと、敵の潜水艦隊の追撃も余力があれば」
イザベラは小型雷撃艦が一隻喰われるのを目にしながらも、落ち着いた口調で言った。
『了解した。パウエル中佐、ここの空域を掃除しろ。残りは艦隊の追撃戦に移行する』
赤い巨大な戦闘機を先頭に押し立てて、黒い戦闘機たちが一斉に南へと飛び去っていく。遥か上空ではナイトゴーントの掃討戦が始まっている。イザベラは大きく息を吐いてから、一度システムからログアウトした。
暗い部屋の中でイザベラは考える。クララやテレサにこのまま任せておいて良いものかと。現時点で小型雷撃艦が二隻沈んでいる。状況から判断して、搭乗していた歌姫の生存は絶望的だ。そして艦船搭乗員の多くが死傷したはずだ。このまま戦わせていれば、さらなる犠牲者が生まれるだろう。その犠牲は本当に必要なのか。それに見合うだけの何かが得られるのだろうか。
手を出すのは簡単だが、しかし――。
「ええい!」
イザベラは改めてセイレネスにログインし、一瞬で音との同調を果たす。戦況は相変わらずで、改善には向かっていない。このままいけば、下手すれば十隻からの損害が出るだろう。それはとりもなおさず、数百名の命が失われるということを意味するのだ。
「クララ、テレサ。これ以上の損害は許容できん。後はわたしがやる!」
その一喝に、第一艦隊全体の緊張感が限界まで高まった。セイレーンEM-AZが主砲を仰角いっぱいの状態で一斉射する。十八の大質量砲弾が、放物線を描いてM型ナイアーラトテップに向かって落ちていく。十八の弾頭は尽くエネルギーに分解されて、六本の槍へと姿を変じる。弾頭威力を三倍以上に増幅されたそれらが、正確に六隻のM型ナイアーラトテップに突き刺さる。
たったの一撃で、M型ナイアーラトテップは半減した。
「クララ、テレサ! それぞれ至近距離のM型を破壊しろ! C級たちはわたしの指示する一隻に向けて全艦完全同調攻撃を展開するんだ!」
イザベラに率いられた四十数人のC級が完全同調攻撃を展開した。完全同調攻撃とは、それぞれのセイレネスの能力を束ねて、かつ共振させることで人数分以上の威力を持った攻撃を繰り出す技術だ。人数が増えれば威力は増すが、その精度は下がっていく。
イザベラが一人で殲滅するのは難しくはない。だが、イザベラは裏方に徹した。C級歌姫たちがたどたどしく展開するコーラスをただ見守る。限界まで精度が落ちているそれを、イザベラはこっそりと補強した。
結果として、その完全同調攻撃により、M型が沈む。それと同時にクララとテレサが一隻ずつ仕留めた。
「クララ、テレサ、その調子だ。あと一隻ずつ頼むぞ」
『了解しました』
テレサが応じてくるが、こちらもかなりの消耗が伺えた。イザベラはセイレネスの探知範囲をクララのウェズン、テレサのクー・シーに集中させる。万が一にも沈められるわけには行かなかったからだ。
「C級たち、もう一度完全同調攻撃だ。今度は手を貸さないぞ」
イザベラは冷徹に言ってから、腕を組んで戦況を確認した。今のところ予期せぬ状況は起きていない。
「よろしい」
満足気に頷いてから、艦橋に操艦と火器管制の権限を返却した。
その後の戦いはほとんど一方的だった。イザベラはその功績により、指揮能力を高く評価されることとなる。対するアーシュオンは、マイノグーラ、I型、M型十二隻、その全てを喪失した。撤退した第九、第十潜水艦隊もまた、エウロス飛行隊による追撃で半減させられることとなった。
『イズー、間に合わなくてごめんなさい』
イザベラが艦橋の督戦席に戻ったそのタイミングで、レベッカが通信を入れてくる。メインスクリーンに映るレベッカは、申し訳無さそうに視線を下げていた。
「いいのさ、早く終わったのは良いことだ。でも、わたしは少し干渉しすぎたかもしれない」
『あなたの判断が間違えていたとは思いません。損害は小型雷撃艦が二隻。あの大戦力相手なら上首尾でしょう』
「そうなんだけどね。でも、二隻沈められたとも言える」
『無傷で勝とうと思ったら、私とあなたが全てを引き受ける以外には』
「うん」
イザベラは気乗りしない声を発する。
彼女たちの遺族に、わたしは何を言えば良い。
『イズー?』
「ごめん、ベッキー。ちょっと、休みたいんだ」
『わかったわ。連絡待ってるわ』
レベッカの心配そうな顔に手を振って、イザベラは艦橋を後にした。