15-1-1:ウラニア、進水

歌姫は背明の海に

 その海戦より約一ヶ月後、二〇九六年十二月二十四日は、第二艦隊の新旗艦、戦艦ウラニアの進水日だった。それまでのレベッカの乗艦エリニュスは、解体の後に重巡洋艦二隻に生まれ変わることになっている。ウラニアはセイレーンEMイーエム》-AZエイズィの二番艦という位置付けであり、一部の武装を除いてほぼ同一の装備・性能を持つに至っていた。

 進水式は盛大に執り行われた。レベッカとイザベラはもちろんのこと、軍首脳部、大統領を始めとする政府関係の有力者らが軒並み顔を揃えていた。ウラニアの巨体の隣には、セイレーンEMイーエム》-AZエイズィも並んでいる。この二隻の戦艦が同じところに在ること自体が前代未聞である。

 もちろん、この状況についてはアーシュオンにも知られている。これだけ大規模なイベントを行うことが明らかなのに、アーシュオンに情報が漏れないはずがないのだ。

 暖かい室内での式典が終わるや否や、イザベラは自分用に用意されたパイプ椅子にどっかりと腰を下ろして腕と足を組んだ。両隣に立つレベッカとマリアは小さく肩をすくめ合う。イザベラはレベッカを振り返って言った。

「これじゃぁ、せっかくのわたしたちの現在地も筒抜けだ。遊撃部隊が聞いて呆れる」

 それを聞いてレベッカが首を振る。

らしく、ここは言いなりになっておきましょう。こんなところで暴れても意味はないわ、イズー」
「軍隊アイドル、ねぇ」

 イザベラは苦笑する。仮面サレットに覆われたその顔は、口元以外を見ることはできない。その口元はというと、口角がツイと上げられていた。皮肉な微笑だ。

「わたしだってこんなところで大っぴらに政府軍部批判をするほど馬鹿じゃないさ。でもさ、哨戒中の艦隊はここぞとばかりに袋叩きに遭うよ。見逃すわけ無いじゃん、今日みたいな最高のクリスマス・イヴをさ」

 その言葉が終わるか終わらないかのタイミングで、マリアの手にしていた携帯端末モバイルが物騒な着信音を鳴らした。さながら空襲警報のようなその音に、周囲の関係者たちがぎょっとしたような顔でマリアを振り返っている。

 マリアは携帯端末モバイルをポケットにしまうと右の耳を軽く押さえる。イヤフォンマイクを着けていたのだ。

「……承知しました。ええ、事態は。予測通りでしょう。はい。直ちに作戦の検討に入って下さい、中佐」

 マリアがそう喋っている内に、周囲の軍人たちが慌ただしく動き始めていた。部下から上がってくる報告を受けて、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている者が大半だった。イザベラはそれを冷徹に観察して、「やれやれだ」と立ち上がる。

「で、マリア?」
「姉様方の予想どおりかと。アーシュオンおよびベオリアスの連合艦隊が出現しました。当該海域では第七艦隊および第八艦隊が演習中です。おそらく遠からず撤退戦――六課の管轄になるでしょう」
「ちょっと待って」

 イザベラがレベッカと顔を見合わせる。

「なんでこのタイミングで第七艦隊が位置バレするような演習なんかを? 第七艦隊もまた秘匿艦隊としての任務中だったはずだ」
「クロフォード准将はアーシュオンにとっても厄介だったはずよ。私たちがここにいると分かっている以上、アーシュオンはその厄介者を仕留める最大の好機と考えていてもおかしくはないわ」

 イザベラとレベッカの言葉を歩きながら受けたマリアは、ピタリと足を止める。

「おそらく敵の主目的はレベッカ姉様のおっしゃるとおり、第七艦隊の殲滅。正確には空母ヘスティアの撃沈と、クロフォード准将の殺害でしょう。そしてこれは、まさにそれを狙った作戦のようです」
「作戦……?」

 イザベラとレベッカが怪訝な表情を見せる。

「第三課が立てたものです」
「第三課! アダムス大佐がまた妙なことを考えたってことか!」
「そのようです、ネーミア提督」

 マリアはいささか憤然とした様子で応答し、また歩き始める。ポケットから再び携帯端末モバイルを取り出して、マリアらしからぬ舌打ちを響かせる。

「第七艦隊の航路情報を情報部がリークさせたようです」
「アーシュオンだって馬鹿じゃない」

 イザベラがマリアと並びながら言った。イザベラは長身なため、マリアに追いつくのは容易だった。

I改良型か、新型マイノグーラがいたらやばいぞ」
「どちらか、あるいは両方がいると考えるべきだわ」

 レベッカが首を振る。イザベラが頷いてマリアの右肩に手を置いた。

「大至急出撃準備を。衝突予測海域までどのくらいかかる」
「高速艦のみで出撃しても、三日ないし四日は」
「となると小型雷撃艦コルベット小型砲撃艦フリゲートは留守番か……」

 イザベラは考え込む。マリアは「そうなりますね」と頷きつつ、屋外へ通じる古びたドアを開ける。

 途端に凍て付いた風が吹き込んできて、三人は思わず顔をそむけた。進水式を屋内でやろうと提案した運営責任者は褒められてしかるべきだろうと、三人は同時に考えた。秘匿ドックの中とはいえ、こんな寒風吹きすさぶ中で二時間もじっとしているなんて無理筋だった。

「マリア」

 レベッカがマリアの左肩に触れる。

「手続きの類はお任せします。すみませんが、陸上でお仕事をお願いできますか」
「そのつもりです。私、船酔いしますから」

 そんな冗談を言い、マリアは小さく笑った。張り詰めた緊張感に支配された空間にあって、その微笑みは少々そぐわない。レベッカは眼鏡のレンズを拭きながら、イザベラは腕組みをして爪先でコンクリートの地面をつつきながらじっと考える。

 イザベラは自分の携帯端末モバイルで時間を確認してから尋ねる。

「マリア、第一艦隊と第二艦隊に招集を。C級クワイアは駆逐艦担当の者だけでいい」
「半舷上陸中ですし、すぐに。全員の所在も把握できていますから、二時間もあれば」
「さすがだね、頼りになる」

 イザベラは満足げにそう言い、仮面サレットの位置を直してから、ようやくやってきた軍関係者たちを振り返る。彼らは先行していたイザベラたちを発見して足を止める。

 彼らが何を言うよりも早く、イザベラは右手を大きく振った。そして声を張る。

「今回はだ!」

 どよめく軍人たちに背を向け、イザベラはやや得意げに唇を歪めた。レベッカはこっそり溜息を吐き、マリアの背中に軽く触れる。

「行きましょう、マリア。頼みます」
「お任せください。いつものように」
「頼りにしているわ、マリア、本当に」
「おいおい」

 イザベラが腰に手を当てて口角を上げる。

「こんなところでキスとかしないでよ?」
「し、しないわよ」

 レベッカが大真面目に言い返す。マリアは意味深に微笑んだ。

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