アーシュオンの狙いは、第七艦隊そのものだった。
クロフォードはようやくそのことに気が付いた。つまりバーザック提督が率いている艦隊を包囲している二個艦隊こそが敵の本隊であって、ヘスティアを追っていた二個艦隊は単なる囮――つまるところ時間稼ぎのための噛ませ犬に過ぎなかったというわけだ。そして投入されるM型に偽装した四隻のマイノグーラ。新兵器の大量投入の目的は、十中八九コーラスという戦闘方法の実戦試験だ。
『私は一刻も早く救援に向かいます。イズーは――』
『わかってる。一気にヘスティアに向かっている敵を殲滅する』
クロフォードの視界の端に、セイレーンEM-AZの巨大過ぎる艦体が現れる。航空母艦であるヘスティアの二倍以上の全長を誇る白銀の巨艦である。あらゆる常識が吹き飛ばされてしまうほどの威容だった。
その戦艦が薄緑色に輝いた。その輝きは紛れもなく美しかった。だが、クロフォードはそこに狂気を覚える。なぜならその美しさの結果にあるものは大量殺人だからだ。その心象は、美しき刀の輝きを目にした時のそれにも似ていた。
「ゆえの、美しさか」
そうなのかもしれない。クロフォードはその鮮烈なオーロラ色に目を細めて呟いた。
『セイレーンEM-AZ、主砲十八門、一斉射!』
その直後、ヘスティアの艦体が大きく揺れた。戦艦の主砲一斉射の衝撃波がヘスティアを打ったのだ。どよめく艦橋要員たち。クロフォードは提督席に座り直すと、水平線の方を注視した。
セイレーンEM-AZのオーロラの輝きが砲弾を追うように伸びていき、やがて投網のように拡がった。偵察機からの映像によれば、今の一撃で敵艦隊は壊滅的な打撃を受けたようだ。数多くの艦船が爆発炎上し、沈んでいっている最中だった。
「ベオリアスの艦隊か」
確証はないが確信はあった。アーシュオンは同盟国であるベオリアスの艦隊をまたしても捨て駒にしたのだ。哀れだとは思ったが、同情している暇はない。今まさにクロフォードが育て上げた部下たちが危機に陥っているのだ。第八艦隊は旗艦を喪失してしまった。長くは持たない。
『クララ、テレサ』
イザベラの冷徹な声が聞こえてくる。
『君たちの班で、残りの敵艦を殲滅しろ。一人も生かして帰すな』
『しかし提督、敵艦隊はもう壊滅――』
『いいか、クララ。あいつらはべオリアスの艦隊だ。アーシュオンの属国のな。彼らにはここで向こう数十年、退場してもらったほうがいい。これはわたしたちにも、そしてべオリアスにとってもいい機会になる』
だな、と、クロフォードは頷く。しかし、若い歌姫は納得できないようだった。
『でも、そんなことをしたって、僕たちへの憎しみが!』
『だからなんだと言うんだい、クララ。憎しみの連鎖を危惧しているのだとしたら、それはとんだ誤りだ。全てはアーシュオンの目論見通り。あとはうちの首脳陣とマスコミがどう煽るか。それ次第で全てが決まる。わたしたちの考えることでもないし、どうにかできる問題でもない』
イザベラの声には揺らぎがない。
『しかし見てください、提督! 彼らにはもう戦闘能力は』
『わかった』
イザベラは静かな声で割り込んだ。
『ならば、わたしが手を汚そう』
主砲斉射! ――イザベラの号令とともに、主砲が打ち放たれる。ヘスティアが揺れる。イザベラはさらに二度、主砲を斉射した。
「観測班、状況報せ」
キルフィス艦長がメインモニタを睨みながら言った。すぐに報告と映像が回ってくる。クロフォードは唸る。
「海が、燃えている……な」
「恐ろしい兵器です」
隣に立つキルフィスが硬い声で応じた。クロフォードは頷く。
海域は黒煙に覆われていて、偵察機からの映像では何も判別ができなかった。ただ、半径数キロに渡って海が凹んでいた。艦隊の残骸はその中心に向かって引きずり込まれていっているのだろう。
「これがセイレネスの威力、か」
一隻の戦艦からの四度の主砲斉射。たったのそれだけでアーシュオンの艦隊は全滅していた。あまりにも常識外れの威力を前に、さしものクロフォードも息を呑む。
『クロフォード提督』
「なんだ、ネーミア提督」
『海域の後処理はクララ班に任せるから。ヘスティアはわたしについてきて』
「……承知した」
一切の消耗を感じさせない、イザベラ・ネーミア。彼女はあまりにも強大で、恐ろしい女神だった。クロフォードは純粋に恐怖のようなものを覚えていた。そして確信する。
時代は完全に変わったのだ――と。
しかし。
クロフォードは同時に思う。
哀れだな――と。