19-2-1:言葉にしないと、伝わらないよ

歌姫は背明の海に

 卒業式から二週間が経過した頃、二〇九八年十月の半ば――。

 ヤーグベルテ第二艦隊グルヴェイグは、訓練航海の帰路にあった。訓練とは言うものの、ベテランの歌姫セイレーンたちをして「実戦のほうがまだ幾らかは楽」と言わせしむるほどに苛烈なものだ。途中脱落する新人歌姫セイレーンも少なくはなかった。

 かくして十日間の集中訓練を終えた第二艦隊は、全体的に倦怠ムードが漂っていた。黄昏時のいだ海が、より一層の疲労感をいざなっていた。

 レベッカは艦橋ブリッジから自室に移動して、通信端末の前に座る。レベッカの動きを検知した端末が自律的に起動し、手のひらよりも少し大きいくらいの空中投影ディスプレイを表示させる。

「イズーに通信」

 気怠けだるげな声でレベッカが言うと、端末は即座に陸上の艦隊司令部にいるイザベラとの通信をリクエストした。

『おつかれ』

 いつものように仮面サレットをきっちり被ったイザベラが、空中に映し出される。その姿を見て、レベッカは「ほう」と大きく息を吐いた。

『訓練は今日が最終日だったね』
「ええ。滞りなくとは言いがたいけど、それでも無事に終わったわ」
『純然たる訓練航海なんて半年ぶりくらいじゃない? またんでしょ』
「人聞きの悪いことを言うわね」

 レベッカが唇を尖らせると、イザベラは「悪い悪い!」と全く反省していない様子で笑った。

『で、今日の愚痴は? 新人たちの仕上がりに不満?』
「そんなところね。シミュレータの性能は格段に上がっているはずなのに、いざ実戦想定の使い方をさせるとまるで理解できていないの」

 レベッカは腕を組む。

「マリーとレオナに関しては全く文句のつけようはなかったけど、C級歌姫クワイアたちは酷いものだったわ。あれじゃ実戦は無理。リスクでしかない」
『うーん、そうかぁ』

 イザベラも腕を組み、天井を見上げるような仕草をした。

『きみの主張もわかるし、わたしもほとんど同意なんだけど、その、ちょっとさ』
「なに?」
『苦情がね、方々からわたしやマリアのところに入ってきているんだ。曰く、厳しすぎるってさ』
「なんですって!?」

 レベッカが身を乗り出す。

「あの程度で厳しいなんて言われたら、実戦になんて耐えられるはずがないわ!」

 目を三角にしてをそう主張するレベッカを、イザベラは「まぁまぁ」となだめる。

「私はあの子たちのことを思って――!」
『わかってるよ、わかってる。きみの想いは、わたしが一番よくわかってる。だけどね、きみはんだ。たとえこのくらいわかっているだろうってことでもね、案外、言葉にしないと伝わらないし、理解もされないんだ。運良くきみの想いを汲んでくれた人がいたとしても、言葉がなければそれは確信になり得ない』

 落ち着いた低い声が、レベッカの心の中のザラつきを刺激する。

『確信が得られなければ人はついてこない。ついていきたくても、できないものなんだ』
「でも!」
『言葉が伝わらないもどかしさは、わたしはよーくわかってる。でもね、ベッキー。言葉で伝えるのを諦めるのは本当の最後の最後だよ』

 そして一秒と少しの間を置いて、イザベラは付け足した。

『やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。そんな格言があるけど、まさにそうなんだ。意味はわかるよね?』
「え、ええ」

 わかる。けど、どうしたらいいかわからない。レベッカは指を組み、その組んだ指たちに額を押し付けた。

『さしあたりきみはさ、マリオンの心を掴む努力をしたらいいと思うよ、わたしは』
「マリーの?」
『そそ。わたしとアルマはいい感じだけど、きみとマリオンはどうなの?』
「訓練時以外はあまり……」
『そんなことだと思ったよ』

 イザベラはかなりオーバーアクションぎみに肩を竦めた。

『とりあえずきみはあの新型駆逐艦の中でも見学してきなよ。それを口実にして、きみはマリオンとちゃんと話をするんだ』
「で、でも」
『あの子、レベッカ派らしいからね。きみはあの子の憧れの人なんだよ。きみが行ったら絶対に喜ぶ』
「私なんてもう時代遅れのアイドルよ」
『何言ってるんだよ、ベッキー。ともかくも、きみは今すぐアキレウスに行って、マリオンと話をすべきだ。早いほうがいい、絶対に』

 イザベラの強い言葉に、レベッカはため息をつく。

『さぁ、善は急げだ。あと、マリオンには恋人がいるからね、手を出したら駄目だよ』
「し、しないわよ、そんなこと! もう!」
『ははは! それじゃ、頑張ってね、ベッキー』

 イザベラは無慈悲に通信を切った。

 レベッカは数秒間黙り込んでから、隣を航行しているはずのアキレウスの艦橋ブリッジを呼び出した。

「お疲れさま、マリー。今、だいじょうぶ?」
『も、勿論であります、提督』

 唐突な呼び出しに動揺しているのが伝わってくる。マリオンの視線はふわふわと泳いでいた。

「訓練日程も終わったことだし、今からあなたのふねを見学したいのだけれど」
『見学ですか!? はい! 歓迎します!』

 マリオンの表情は硬かったが、口調は明るかった。

「今から連絡艇で向かいますから、よろしくお願いします」
『了解です。お待ちしております、提督!』

 マリオンは型通りの敬礼をしてみせた。

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