正規空母が四、駆逐艦が十八、フリゲートが四十……それが敵の総戦力か。
レベッカはセイレネスを通じて、敵艦隊を完全に掌握する。艦隊は広く散開している。しかしどういうわけか、ナイアーラトテップの気配はどこにもない。ナイトゴーントが出てくる余地もなさそうだ。そもそも、セイレネスの類の気配もない。
いまどき、通常艦隊……?
レベッカはウラニアの上空に意識を浮かべながら訝しむ。ここまで純然たる通常艦隊には、この何年か遭遇した覚えがない。
『マリアです、聞こえますか、姉様』
「ええ、マリア。聞いて。おかしいのよ。敵のこれって、通常艦隊?」
『計算通りです、姉様。参謀部と情報部の工作に、アーシュオンが見事に乗せられたという形です』
「どういうこと?」
レベッカはウラニアの上空を落ち着きなく飛び回る。夜明けまではまだ数時間ある。空は濃紺色だ。
『姉様の艦隊は今、はるか北方にいることになっています。第一艦隊は統合首都に駐留しています。アーシュオンは歌姫艦隊不在を付く形で、島嶼強襲作戦のために通常艦隊を送り込んできたと、簡単に言えばそういうことです』
「その通常艦隊を初陣の子たちを率いて一気に叩き潰す。比較的安全な条件下で、セイレネスによる実戦を経験させ、マスメディア向けのネタも提供する……大方そんなところかしら?」
『そういうことです、姉様』
マリアの短い返事を受けて、レベッカはため息をついた。
「わかりました、マリア。四風飛行隊の手配は」
『ほどよいタイミングでエウロスを現着させます』
「ほどよい、か」
レベッカはまた息を吐く。
「あくまで敵艦隊殲滅は私たちで行えということですね」
『メディア向けです。すみませんが――』
「でも、幾らかの犠牲は出るわ」
『それもまたメディア……いえ、国民向けのメッセージとなりましょう。しかし、敵は通常艦隊。ゆえに、姉様の艦隊は圧勝することを求められています』
「そう、よね」
レベッカは首を振った。そして再び敵の艦隊に意識を向ける。
「マリア。マリーに敵の航空母艦を撃沈させます。少なくとも二隻は」
『初陣で、二隻ですか? 難しいのでは』
「百も承知です。ですが、そうします。マリア、参謀部にはそのへんも言い含めておいてほしい」
『……しかし』
「必要なことなのよ、マリア」
レベッカは畳み掛ける。
「私だって、全員を無事に帰せるのならそうしたい。私が手を出せば可能でしょう。通常艦隊ごとき、ウラニア一隻でどうとでもなります。しかし、あの子たちの戦績に残すとなれば話は別。敵もオルペウスを装備している。ゆえに、一方的な殺戮にはなり得ないのです」
『姉様の覚悟は理解しているつもりです。ですが――』
「それに、新世代の歌姫、いえ、D級。その力を見ておきたい」
いつになく強い圧力を持った言葉を受けて、マリアは考え込むように沈黙した。
『わかりました、姉様。ただし、戦闘指揮は、姉様が』
「もちろんよ、マリア。エディタに責任を取らせるようなことは絶対にしない」
『承知しました。それならば、いかなる結果になったとしても私は陸上の連中を黙らせます。姉様は戦場に注力ください』
「ありがとう、助かるわ、マリア」
全ての責任は私にある――レベッカは今一度、気を引き締めた。
そしてこれから、あの子たちの手も心も血に染まる。
帰還する時には、あの子たちは例外なく心に傷を負っているだろう。
その責任も、もちろん私にある。
「マリー」
『は、はい、司令官』
呼びかけにすぐに反応してくるマリオン。しかし、彼女はまだセイレネス連結室にはいないはずだった。呼びかけに応じなければアキレウスの艦橋に連絡するつもりだったレベッカは、そのレスポンスの速さに驚いた。
「あなた、今どこにいるの?」
『艦橋にいます。これからコア連結室に』
「セイレネス・システムを通さないのにこの感度なの?」
『え、ええ。はっきり聞こえます』
すごいわね――レベッカは舌を巻く。実戦もまだだというのに、もうこんなにセイレネス・システムとの親和性を示している。
『コア連結室に向かってます』
「オーケー。あなたの攻撃目標をシステムの方に送っておきました。確認後、ただちに戦闘準備に。それを待って、戦闘行動の開始を宣言します」
『りょ、了解しました』
マリオンの硬い応えが、レベッカに届いた。