マリオンによるその圧倒的の一言に尽きる一撃、タワー・オブ・バベルは、アーシュオンの艦隊を文字通りに潰滅せしめた。セイレネスの能力を持たない人間には、何が起きたのか理解することはできなかった。
海が割れ、空が壊れ――その天変地異の末に、残った一隻の空母を消滅させた。彼らの目には、そうとしか映らなかった。
しかし、その一撃は遅きに失したと評価された。空母が撃沈される前にかなりの艦載機が発艦してしまっており、それらによるやぶれかぶれの攻撃によって、最前線に展開していた小型雷撃艦のうち四隻が犠牲になった。
端的に言えば、圧勝できる戦であったにも関わらず、ひどい損害を受けたということになる。
戦闘の後始末をエディタたちに任せたレベッカは、無言で艦橋の提督席に座った。その顔色は青褪めているようにさえ見える。レベッカは自分で端末を操作し、マリオンを呼び出した。すぐに回線が繋がり、レベッカの席に備え付けられている小さな空中投影ディスプレイに、マリオンの姿が浮かび上がった。
「艦載機による被害は四隻」
レベッカは冷たい声で口火を切った。
「少ない被害ではありません」
『は、はい……』
「全員があなたの同期、新人でした」
『はい……』
うなだれるマリオンに、レベッカはなおも冷たい表情を崩さず言った。
「しかしこの程度の被害は、私の想定の範囲内です。あなたを育てるための投資。そう思えば高いものではありません」
軍人としての価値観――レベッカは心の中で唇を噛む。
『私は……』
マリオンが言いかけたその時、索敵班から「エウロス六機現着」の報告が上がる。
レベッカは視線を上げて、カメラに映っているカティの専用機、赤い大型戦闘機スキュラを確認する。もはや敵の航空戦力に逃げ場はなく、敵の艦隊の残存兵力も自沈以外の選択肢はないだろう。
小さく息を吐いてから、レベッカはまた立体映像として出力されているマリオンに視線を戻す。マリオンは沈鬱な表情を崩すことなく、俯いていた。
『司令官、私は……』
「あなたはよくやりました。十分な戦果です」
『そ、そうではなく』
マリオンは唇を噛み締めていた。レベッカは微笑みかけてやりたいとは思っていたが、表情筋がこれっぽっちも言うことを聞いてくれないことに激しくもどかしさを覚えていた。
「あなたに二隻の航空母艦を任せ、最終的にはその殲滅を命令したのは私です。その時点でこの程度の損害は計算されていました」
『それは……』
マリオンは何かを言いたそうにしたが、結局そのまま口を噤んでしまう。
「戦死した歌姫は皆、あなたの同期。新人でした。顔見知りでもあったでしょう」
『はい』
「しかし」
レベッカは頭を振る。
「あの子たちを殺したのはあなたではない」
『でも、でも、私がもっと――』
「その仮定に意味はあるのですか、マリー。あの時こうしていれば、私がこうしてさえいれば。その後悔をしたところで誰も喜ぶことはありません」
レベッカの冷徹とも言える言葉が艦橋に響く。
「彼女らの犠牲により成長すること。私があなたに求めているのはそれだけです、マリー」
『皆が私を責めます』
「皆、というのは、誰ですか」
レベッカは目を細めた。微笑んだつもりだったが、どうやら失敗したようだった。マリオンの表情が一段と固くなったからだ。
『仲間も、国民も、みんな、です』
「そうですね」
レベッカは頷く。
「しかし、あなたを理解している仲間であれば、誰もあなたを責めません。責められるべきは、この私だからです」
『司令官……』
「それが私の役割です。しかし、いずれあなたが私のこの地位を受け継ぐことになります」
レベッカの硬質な声がマリオンを萎縮させる。
「あなたは今日という日を永遠に忘れられないでしょう。そのことについては謝罪するわ。でもあなたが歌姫である以上、そして軍人でもある以上、これは避けられないのです」
それとも。
レベッカの眼光が鋭くなる。
「私が前で戦えば、こんな被害は出なかった。あなたはそう考えていますね」
『そ、そんなことは』
マリオンの言葉が縺れている。
「いいのよ、マリー。誰もがそう考えるから。でもね、そうはいかないの」
イザベラ、否、ヴェーラの想いを考えれば。それは、いずれ歩まねばならない修羅の道なのだ。敵味方の屍の上に立たねばならない立場。その意味、その役割。
レベッカは密かに息を吐く。
いずれマリオンたちは知る立場となるだろう。
それも、そう遠くない未来に。
遠くは、ないのだ。
レベッカは拳をぎゅっと握りしめた。知らずに下唇を噛み締めていた。