23-1-1:ARMIAの振り子

歌姫は背明の海に

 床も、壁も、天井も、ない。色もない――黒や白の感覚もない。上下左右の概念すら消失してしまっているこの場所は、果たして「空間」と呼べるものなのだろうか。それすら判然としない。ただだけがある。意識を水のように満たしていく、そんなだ。

 ARMIAは自身の身体すら明確ではない状態で、そのの中を揺蕩たゆたっている。彼女の意識こそが、今現在唯一許された存在だった。

「無、か……」

 ARMIAは呟く。こそが世界の最上位レイヤー。いわば万象のスーパークラス。そのがARMIAを観測し、故に彼女はここに存在する。

「うんざり、だ」

 それはまるでイザベラの口調だった。自身から発された言葉に、ARMIA自身が驚いた。だがそれは、マリアでもアーマイアでもなく、ARMIA自身のまぎれもない本心だった。

 そもそも、マリア・カワセも、アーマイア・ローゼンストックも、その実体はどこにも存在していない。彼女らは、いわば、いわばのようなものだった。ARMIAが生み出した被観測体であり、物理層フィジカルレイヤに軸足を置くことのできないだった。

 アーマイアは残酷な兵器を次々と誕生さえ、マリアはディーヴァとしてそれらを受け止め続ける。言ってしまえば、それらの一連の行為シーケンスは、ARMIAの自作自演だ。滑稽で壮大な自作自演を強要されながらも、二人の幽霊ゴーストは自身に課せられた役割をまっとうしようとする、それだけだ。

 ベルリオーズはARMIAにはっきりと言ったのだ。

 ――今のギリギリのラインに立ち続けている君は、だからこそ価値がある。ゆえの不確定要素だ。にとっても、ね。ゆえにARMIA、ゆえにマリア、ゆえにアーマイアだ。君はこの役割ロールから逃れることはできないし、逃れようともしないだろう、と。

 ARMIAは億劫そうに目を開ける。このの世界の中には、その暗黒の瞳に反射するような色はない。色はないのに、ARMIAの姿はその空間にあった。それはARMIAにははっきりと知覚できていた。彼女は自分自身を俯瞰していた。

 マリアは――いや、私自身は、姉様たちをたすけたいと思っている。いや、姉様たちだけではない。多くの歌姫セイレーンたちもだ。

 だけど、アーマイアは手段を問わずに兵器を生み出し、新たな災厄を次々と戦場へと投じてくる。その執拗さはいっそ不気味で、起源オリジンであるARMIAにも予測のできないものとなりつつあった。アーマイアの暴走は、もしかすると彼女を観測したその瞬間、あるいはその前に既に決まっていたのではないかと思えるほどに。

 だけどそれでも。

 私がアーマイアを演じるのは、否、だ。

 それに今更そんなことができるはずもない。マリアがいる以上、そして私の姉様たちへの思慕エンテュメーシスが本物である以上、逃げることもできはしない。

 ならば。

 今はマリアに賭ける他にない。

 私はただの観測者でしかないのだ。

 そして私は観測し続けることしかできないし、そこから逃げることはあってはならないのだ。

「私がやるしかない。……うんざりだ」

 ほんとうに、うんざりする。

 ARMIAが呟く。

 そしてそれと同時に、ARMIAの姿が消えた。

 観測主体を失ったその世界は、そこで終焉を迎えた。

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