32-1-1:セイレネス・ロンド

歌姫は背明の海に

 なるほどね、うまくはいかないものだよ。

 バルムンクの生み出す闇の中で、ジョルジュ・ベルリオーズは呟いた。朝日の中、沈みゆくセイレーンEMイーエム-AZエイズィを酷薄に睥睨へいげいしながら。

「あらあら――」

 ――アトラク=ナクアがその闇の中に現れる。美しい銀髪がふわりと揺れた。

「セイレネス同士の衝突コリジョン……というシナリオには沿ってはもらえなかったようだけれど?」
「残念ながらね。これなら最初からを使ったほうがまだ良かったよ」

 ベルリオーズはおどけたように肩をすくめた。

「せっかく最高出力のセイレネスがぶつかってくれると思ったのにねぇ」
「でも」

 アトラク=ナクアは微笑んだ。奈落の笑みだ。

孵化ふかは確実に進むでしょう?」
「中途半端な覚醒素子デバイスにはあまり意味がないんだよ、アトラク=ナクア」
「その割には、あまりガッカリなされてはいないようですけど?」
「なに、今回の失敗の責任はARMIAに取ってもらうだけだし、何しろそのためのARMIAなんだからね」
「あらあら――」

 アトラク=ナクアは大袈裟に空を仰いだ。全天にはただひたすらに虚無が広がっている。

「どうあっても、ディーヴァ級を衝突させたいというところかしらね?」
「君がそう言うのなら、そうだろうね」

 ベルリオーズのけむに巻くような言葉に、アトラク=ナクアは首をかしげた。

「あなたにとっても、ディーヴァというのは貴重なのかしら?」
「それはそうさ」

 ベルリオーズは左目を赤く輝かせながら頷いた。

「とはいえ、今回だってヴェーラとレベッカの二人の衝突コリジョンで、多くのが孵化していくだろうさ。世界の軍事バランスは崩れ、それでようやく、本当のレメゲトンが顕現し始める」
「でも、今回の結果には、満足なんてしてはいない、と」
「ああ」

 ベルリオーズは緩やかに腕を組んだ。

「僕が求めているのは、ソリスト以下の半端な歌姫セイレーンでも素質者ショゴスでもない。ディーヴァが地に満ちること。これが僕にとっては最高の結末なのさ」
「私たちから世界を取り戻すための?」
「違うだろ。君たちから世界を守るためさ」

 その言葉に、アトラク=ナクアは目を細める。ベルリオーズは、つい、と、口角を上げた。

「だから次は、ARMIAに頑張ってもらわなければね。近い内にフォーマルハウトも完成するだろう」

 ベルリオーズの目の前で、セイレーンEMイーエム-AZエイズィが幾度も爆発を起こした。海は燃え、空は焦げていた。その煙を突っ切るようにして、一機の真紅の戦闘機が飛び去っていく。

「今度はうまく行ってもらわないとねぇ」
「面白ければそれで私は満足」

 ティルヴィングを与えた甲斐もあるということ――アトラク=ナクアはの揺らぎに変じた。ベルリオーズは不敵に笑う。

「ならば、この舞台が面白くなることを祈ろうじゃないか」
歌姫たちの輪舞セイレネス・ロンド――そうね。うふふふ……」

 そして、全てが闇に消えた。

セイレネス・ロンド~ヴェーラ編~ >> THE END

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