ヴェーラはほとんど真っ暗なコア連結室の中で、シートに背中を預けたまま、腕を組んだ。
「イスランシオ大佐とのコミュニケーションが成立した……!」
その事実は、戦闘をモニタリングしているブルクハルト中佐やハーディ中佐も認識したことだろう。おそらくはセイレネスのチューニングが以前よりもピーキーに、つまりヴェーラに完全にフィットした形に調整されたことが、その理由だ。
セイレネスの感度が上がって、他の周波数帯とも更新できるようになったとか?
ヴェーラは現在進行形の対空戦闘の様子を眺めつつ、そしてもちろん自分も戦いつつ、考え込む。
「確かに、V級のシミュレータでも、同調率云々って言ってた気がする」
最後のナイトゴーントを叩き落とし、ヴェーラは思い切り伸びをする。長すぎた午睡の後のような、そんな倦怠感が意識を覆う――いつものことだ。
「ハーディ、敵機殲滅完了。わたしの探査範囲内には機影を確認できず。ナイアーラトテップしかり」
『確認しました。現時刻を以て、作戦完了と致します』
味方の損害は小中破こそあるが、総じて軽微。損害レポートでも何とか死者はゼロで踏みとどまれたようだった。ヴェーラはそこまでじっくりと確認してから、ようやく立ち上がる。
「インターセプタが出てきたけど、逃がしちゃったよ、また」
『やはり逃げられましたか。映像解析に回していますが、今のところ――』
「消えるんだよ、あいつ。致命弾が出るか出ないかのうちに、ふわっと。あれじゃぁ、やっつけようがないよ」
ヴェーラは不機嫌そうな声を出す。ハーディとの対話時にはいつもこうである。必要最低限の情報を極力感情を排して伝える。レベッカがいる時には、彼女が緩衝材になるのだが、今は完全に差し向かいの対話である。お互いにナイフでも抜いているかのような、不気味な間があった。
ヴェーラはドアを押し開き、真新しい臭いのする廊下へと歩み出る。その表情は暗く沈んでいた。
この論理層にこそ、辿り着きたかったのだ、俺は――。
イスランシオは何を言いたかったのか。ヴェーラはその言葉の意味を考える。
そもそも、死んだはずの男が、どうして存在しているのか。あれは本当にイスランシオ大佐その人なのか。わたしは幻でも見ているのではないか。
いや、アレは間違いなくF108+ISだったし、そもそもセイレネスでは嘘をつけない。あれがイスランシオでなかったとしたら、それは一瞬で露呈するはずだった。それにもしあれがイスランシオ大佐でなかったとしたら、じゃぁ、いったい誰が何のために? ということにもなる。
だったら?
その本体――その存在の本質――を、物理層から論理層に移した?
「いや、まさか」
そんなことができるわけがないと、ヴェーラは首を振る。そしてふと足を止めて、廊下の壁に背中をつけ、両手の指を組み合わせる。
「わたしは今、物理層にいる。けど、セイレネスを起動している時って、わたしの精神はわたしの肉体から飛び出している」
いつも浮かんでいる。全てを俯瞰している。
果たしてその状態は、物理層に「いる」ということになるのだろうか。物理的に不可能な芸当を、ごく普通に行えてしまっているのも事実だ。はるか昔なら「魔法」と言われていても仕方のない現象を、わたしは意のままに操っている。
高度に集中している時に至っては、物理制約なんてまるで考えない。論理層の中にある自分こそが主体となっているようにも思う。思えば物理と論理のボーダーラインを、わたしは全くの無意識のうちに超えている。それがこの巡洋戦艦デメテルにあわせてチューニングされたセイレネスでは、より顕著だった。ログオンのその瞬間から、わたしは――。
ヴェーラは首を振り、廊下の壁から背を離す。
「最初からトランス状態、だったのかも」
気付かないうちに、そこまでもっていかれていた?
だから、あの亡霊との会話が成立した……?
わたしはあの時、本当にわたしだったんだろうか?
背筋が冷える。
震えが来る。