07-2-2:論理の地平にて

歌姫は背明の海に

 よろめきながら歩き去るヴェーラを見送ってから、マリアは再び壁に背を預け、拒絶するかのように腕を組んだ。

「いつから見ていたの」

 その問いかけを受けて、マリアの目の前に二つの人影が現れた。の女と、の女のような男だった。嫣然えんぜんと微笑む。

「ずっと、よ」
「覗きとは、相変わらずの悪趣味ね、ツァトゥグァ」

 マリアは冷淡に言い放った。

 廊下は無限に続き、天井は無限に高い。が現れる時、時空間は変異する。完全なる論理空間とでも呼ぶべき場所へと、マリアは隔離されていた。物理空間と比べて、この論理空間は時間の進みが極端に遅い。物理空間で言えば停止しているのとほぼ等しい。ゆえに、今のマリアという存在は、物理空間上のなんぴとにも認識することはできない。そしてその一方で、物理空間上に不在であるということも証明できない。

「それで――」

 の方が優雅に腕を組んで口角を上げた。

「あなたが見ているほんの少し先の未来とやら。これで変わるのかしら?」
「ほんの少しは」

 マリアは認識不能なの顔を見つめて、無感情に応じる。

「そう、よかったわね」

 こと、アトラク=ナクアが目を細めた。は後ろで手を組んで唇を歪める。

「でもこれで、セイレネスが物理の壁を超えられることがハッキリしたわねぇ。何の物理的触媒も使わずに、あそこまで核爆発の物理的影響を抑え込む、なんてね?」
「そうね、ツァトゥグァ」

 アトラク=ナクアが視線をに送る。

「ふふふ……私たちの未来も、変わったのかもしれないわね」
「まさか」

 が含み笑いを見せる。

「あたしたちの未来は、永遠に一つよ」
「うふふふ……」

 アトラク=ナクアは堪えきれないという風に笑った。そんなをマリアは睨む。ツァトゥグァが言う。

「マリア、世界はティルヴィングの示す先に変異していくのよ。今こそその時代というわけ」
「くだらないわ。それに仮にそうだとしても、私たちはあなたがたの目的を成就させたりはしない。絶対に」
「矛盾ねぇ」

 ツァトゥグァは首を振る。豪奢な金髪が揺れる。しかしマリアは全く動じることなく、氷のような表情と声音で言い切った。

が起きなければ、ただそれでいいのよ」
「ふふふ、薄情なこと」

 アトラク=ナクアが艶美に笑う。ツァトゥグァが声を被せるようにして言った。

「でもね、ヴェーラのセイレネス活性状況を見るに、あたしたちの目的が成就する方が早いのだけれど」
「そうはならない」
「なぜ?」
「答える必要を感じませんが」

 マリアは両手を握りしめた。舌打ちしたい気分だった。二人の悪魔は音もなく姿を消す。

『ふふ、そうね、さにあらば、斯くの如し』

 の声が反響して、消える。

 マリアは物理空間に戻されたのを確認してから、額に手を当てた。

「どうして」

 我が創造主デーミアールジュ

「なぜ……」

 こんな――。

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