17-2-2:イザベラの目

歌姫は背明の海に

 マリア……?

 コア連結室の中にいるイザベラは、マリアの不審な行動を追っていた。エレベータで別れた時にもどこか思い詰めたような表情をしていたし、確かに上の空でもあったからだ。

 そしてその予感はすぐに確信へと変わった。マリアは誰かとをしていた。それも通常とは全く異なる発話方法だ。セイレネス同士の共感会話、それと同じような原理であるように見えた。だからこうして、イザベラの意識の中にマリアの声が届いてくる。盗み聞きしている気分だったが、聞こえてくるのだから仕方がない。

 アーマイア……?

 そんな名前が。アーマイアという名前で思いつくのは一人だ。アーシュオンに数々の超兵器オーパーツを送り出しているアイスキュロス重工。その技術本部長がアーマイア・ローゼンストックという名前だったはずだ。ヤーグベルテの立場で評価するならば、彼女はまさに諸悪の根源、死の商人である。

 しかしこれはいったい、どういうことなんだ。マリアがアイスキュロス重工と繋がりを持っている? いや、確かにマリアは同じ兵器産業であるホメロス社の社員だ。敵対勢力であるとは言え、裏で何らかの関係がないとはとても思えない。しかし、だとしたら……これはどういう原理の会話なんだ? やはりセイレネスを経由した意思疎通――のようなものなのか?

 しかし、セイレネスといえども、イザベラの知る限りでは意思疎通可能距離には限度がある。ましてアーシュオン国土になど届くはずもなく、また、技術本部長のような重鎮が危険極まりない前線に出てくるとも思えない。そもそもそうであるならば、もしアーマイアが近場にいるのだとすれば、わたしにも感知できているはずだとイザベラは考える。しかしどう探ったところで、そのような力の発信は検知できなかった。

「あるとすれば……」

 イザベラは薄く目を開けて呟く。

「いや、まさか、な」

 しかし真偽の程は本人に尋ねなければわかるまい。

 その間にもマリアとアーマイアの会話は続いていく。

 悪趣味なゲテモノ? わたしの目を覚まさせる………?

 聞こえてくるそれらの不愉快なフレーズに、イザベラはかなりの苛立ちを覚えながら息を吐く。アーマイアの言葉に反発を覚えているのはマリアも同様のようだった。マリアらしからぬ表情と所作が、イザベラの意識の中にはっきりと入り込んでくる。

 そこでイザベラは一つ試してみることにする。

「どうしたの、マリア。きみらしくないね」
『えっ……!?』

 ほら、反応があった。本当ならすらっとぼけてスルーするであろうに、今のマリアはどこかセンシティヴだった。冷静さを失っていたのだろう。

「やっぱりだ。薄々そうとは思っていたんだけど、きみはセイレネスを通さなくてもわたしたちの声が聞こえているんだね。すさまじい感度だ」
『あ、あの、姉様――』
「不便だね、セイレネスは。嘘がつけないから」

 イザベラは無意識に奥歯を噛みしめる。この短い会話を経て、マリアの立場を理解したからだ。マリアとアーマイアは繋がっている。しかもこれ以上無いほど密接にだ。とは思えぬほどに、セイレネスで共振し合う、ほとんどゼロ距離の存在なのだと。その距離はイザベラとレベッカのものよりも遥かに短い。

「いや――」

 イザベラは眉根を寄せる。マリアの中に、他の人格が二つ見えた。そっくりな姿形の人間が三人重ね合わさっているように見えた。一つは写真で見たことのあるアーマイア・ローゼンストック。もう一人は――のような女性だった。イザベラにですら到底触れられない、辿り着けない、それほどまでに深淵のの人格だ。どうやらこのがマリアの肉体の支配権を有しているようだ。

 このは……ハブ人格ペルソナ

 だとしたら、マリアとアーマイアが対話できる原理も理解できる。マリアとアーマイアのいずれもがこのハブ人格によって形成されたものであるとするなら、そのハブ人格にアクセスすることで、物理的に離れたもう一方の人格との対話も可能になるだろう。ハブ人格が全ての支配権を持っているのだとすれば、だが。同じハブ人格から生まれた精神が二つの肉体に分かれて格納されているというのも、超AI・ジークフリートが存在する以上、技術的に不可能とも言い切れない。

 ――仮説の域を出ることはないが。

 イザベラは大きく息を吐く。

 ともかくも、アーマイアがどうかは知らないが、マリアは信じるに値する。マリア自身には嘘も偽りもない。このには引っかかるものを覚えるが、マリアという人格そのものに罪があるとは思えない。イザベラにとって、今やマリアはレベッカやカティと同じレベルのだった。

 マリアにはし――イザベラは特に脈絡もなくそんなことを思った。

 いずれにしても。

 イザベラは意識を切り替える。今は戦闘中なのだ。

 今回の敵はことがはっきりした。トリーネの時のような失態を繰り返すわけにはいかない。あの子の死の責任はわたしにあるのだ――イザベラは唇を噛み締め、その痛みで自分がそうしていたことに気が付いた。

「いけない、いけない」

 イザベラはポケットをまさぐって、安定剤の錠剤を一回分取り出し、慣れた様子で水も使わずに飲み込んだ。

「わたしを殺してわたしに戻る――か」

 イザベラはそう自虐した。

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