アーシュオンの艦隊が、獰猛な牙を剥いた。死をも恐れぬ勢いで怒涛のように迫ってくる。普通に考えれば勝ち目のない戦闘。しかし、アーシュオンは攻撃一辺倒だ。
「背水の陣、というわけでもない」
イザベラはセイレネスを通じて敵艦隊の挙動をつぶさに観察しながら呟く。そこにエディタの歯切れのよい号令が発される。
『全艦、コーラスに警戒しろ! マイノグーラは必ずどこかに潜んでいる!』
すっかり板についたな、エディタ。イザベラは苦笑しながら索敵を続ける。それとほとんど同時に、クララが声を上げた。
『マイノグーラを発見したよ。マークして共有する!』
『よくやった、クララ。C級、大至急海域封鎖を実施! すべてのリソースを海域封鎖に回せ! コーラスで被害を出させるな!』
いいぞ、エディタ。そのまま状況を進行させろ。
イザベラの意識の目が見下ろす凪いだ海が、真上からの日差しを受けて目映く輝いている。
その何もかもを吸い込んでしまいそうなほどに清浄で空恐ろしい海は、しかし、セイレネスによって押さえつけていない限り、途端に獰猛な牙を向くだろう。今もC級たちによる海域封鎖と、敵のコーラスがギリギリのところでせめぎ合っているのが知覚できる。神経がざらつくような、そんな不快感を覚えたイザベラは髪を掻き上げる。
敵の航空戦力は見えない。もっとも、ナイトゴーントが出てきたとしても戦艦二隻を擁するこちらの艦隊には脅威になり得ないだろうと、イザベラは分析する。レネへの期待はイザベラの中ではかなり大きくなっている。
『テレサよりエディタ。マイノグーラは四隻! 半径百キロ圏内には他には反応なし!』
『了解した、よくやった。クララ、テレサ、いつも通り二人で一隻を。私が別のをやる。レニー、君はM型を一隻でも多く減らせ!』
テキパキと指示を出すエディタ。こちらの防御陣形は完璧だ。あとはいかにV級が、そしてS級――レネが動くかだ。
完璧、といっても、マイノグーラは単体での戦闘力も恐ろしく高い超兵器だ。その最大の脅威であるコーラスも、基本的には四隻いなければ発動させることができない。今、対峙しているマイノグーラは四隻。ゆえに一隻でも沈めれば脅威度はがくんと下がる。
『ヒュペルノル、全主砲、一斉射!』
セイレーンEM-AZより十キロほど前方に位置する巨大戦艦が、軽やかに艦首を三時方向に向けた。全主砲が敵の方向に向けられる。
そして轟音とともに、その十二門の主砲が火を噴いた。その反動で艦体が数度傾斜したのが見て取れた。
水平線の彼方に吸い込まれる主砲弾たち。その直後、薄緑色の輝きが彼方の空を覆った。
それに遅れること数十秒、海が罅割れる。最大出力で放たれたレネの攻撃による余波だ。今の一撃で少なくない数のアーシュオン艦艇が撃破されたに違いない。
凪いでいた海は、たちまちのうちに暴風と高波で荒れ狂った。
『M型六隻、破壊確認。第二射、行きます!』
戦艦ヒュペルノルを操るレネの攻撃力は圧巻の一言に尽きた。イザベラでさえ見惚れてしまったほどの、軽やかにして鮮やかな一撃だった。レネの瞬発力のある高い集中力によって生み出される同調率は、セイレネスの性能限界に限りなく近い。瞬間だけを捉えるなら、その威力はイザベラに迫る。
『テレサ、右追い込んで』
『了解!』
その間にクララとテレサの二人の軽巡は、軽快な動きでマイノグーラを追い込んでいく。若干能力は劣るとは言えど、二人もV級級である。その上、二人の超高機動艦の取り扱いは非常に巧みだ。その機動力を前にすれば、鈍重な通常艦艇は射線に捉えることも出来ないだろう。それはマイノグーラにしてみても同じだ。マイノグーラと言えど、基本的に近接戦闘モジュールしか有さないナイアーラトテップシリーズの一つだから、クララやテレサにしてみればほとんど一方的に攻撃を叩き込むことができる相手である。
クララやテレサの撃ち込んでいく対潜ミサイルや爆雷の威力も、通常艦艇が使う場合の比ではない。一発一発が小型の核兵器なみの威力だと言える。それを何発も食らうのは、マイノグーラにとっては痛撃になるはずだ。
案の定、マイノグーラは浮上してくる。
『テレサ、ナイトゴーントが出てくる! 潰すよ!』
『はいなっ!』
マイノグーラの基部が展開するや否や、中からナイトゴーントが十数機飛び出してきた。テレサの軽巡クー・シーはその瞬間を見計らっていた。最後尾のナイトゴーントが発艦するその寸前に、主砲弾を撃ち込んだ。セイレネス展開前だったナイトゴーントは敢え無く粉砕され、マイノグーラの内部に叩き落された。そこにクララの軽巡ウェズンから放たれた対艦ミサイルが炸裂する。
マイノグーラは内部から焼かれ、傾斜し、爆発した。文字通りに四散したマイノグーラは、薄緑色の輝きとともに消えていった。
飛び回るナイトゴーントは、対空戦闘に秀でたエディタの重巡アルデバランによってバタバタと叩き落された。
『クララより、エディタ。マイノグーラ一隻撃沈確認。次のに向かう』
『よくやった、クララ、テレサ。こちらも一隻片付けた。引き続きマークした方を頼む』
『了解、僕たちに任せておいて』
『頼りにしている』
コーラスによる面攻撃の脅威はもはやない。後はいつも通りの掃討戦――となるはずだが、何かおかしい。
敵の動きがいつもと違う。まるで葬列のように、粛々と隊列を整えて、一直線にこちらに向かってくる。
「自殺でもするつもりか?」
イザベラは眉根を寄せる。
「マリア」
セイレネス経由で、イザベラは艦橋にいるマリアに呼びかけた。
「敵はなぜ後退しない。このままでは――」
『全滅を目論んでいるわけではないでしょう、姉様。となれば』
「通常艦隊ではない、と見たほうが良さそうということか」
悪趣味なゲテモノ――。
イザベラは唇を噛んだ。
マイノグーラすら囮だった可能性すらある。
「まずい、かも」
イザベラが呟いたその時、海域全体が碧く輝いた。
「――!」
イザベラの警告が、一瞬遅れた。