#06-01: 帰還

本文-静心

 犠牲者は、C級歌姫クワイア四名および乗組員。亜音速魚雷の直撃で、全員ほぼ即死だったという。中小破艦もあるにはあったが、レオンもエディタも無傷だった。もちろん私のアキレウスや、旗艦ウラニアも。

 私たちは駆けつけた第三艦隊と合流して、修理と補給を受けつつ統合首都の港に帰り着く。それまでの間、私はほとんど誰とも喋れなかった。戦闘後に艦橋ブリッジに顔を出した私に対して、ダウェル艦長は特に慰めの言葉も、激励の言葉もくれなかった。彼はただ「実に良い夜明けですな」とだけ言った。そしてそれきり何も言ってくれず、私に背を向けてしまった。

 一週間少々して、ようやく港に降り立った私を待っていたのは、先に到着していたレオンだった。同期のC級歌姫クワイアや、エディタもいた。朝早い時刻、影がまだ長い。

「レオナ、任せて良いな?」

 エディタはレオンの肩に手を置くと、頷いて歩き去った。C級歌姫クワイアたちの視線には、恐怖のようなものと敵意のようなものを感じた。私がもっと早く動いていれば、四人は死なずに済んだ。死んだのは、私もよく知っている子たちばかりだった。

「ごめん、みんな」

 私は俯く。膝の力が抜けていく。私の背後に佇む黒い制海掃討駆逐艦バスター・デストロイヤー・アキレウスから放たれる圧力が重過ぎた。

「マリーが謝ることじゃない。だいじょうぶ、みんなわかってる」
「レオン、でも——」
「みんな、どこに向けたらいいかわからないんだよ、この痛みを」

 レオンの言葉に、C級歌姫クワイアたちは下を向く。レオンは私の肩を抱きながら、取り巻いている歌姫セイレーンに声をかけた。

「さ、みんな。マリーのこの顔を見ても、まだ何か言えるかい?」

 肩に置かれたレオンの手が温かくて、私の横隔膜が痙攣を起こしそうになる。顔が上げられない。今すぐ膝をついてしまいたい。そう思うのに、私の身体は動かない。

「戦死者が出たのはつらいさ。だけど、それを、一緒に戦って、一緒に傷ついた誰かのせいにするのはおかしい。違うかい?」

 レオンがみんなに向かって語りかけている。私は袖で涙を拭く。でも、みんなを直視する勇気は湧いてこない。

 潮騒だけの時間が過ぎる。影がじりじりと動いていく。

「はいはい、そこまで、そこまで」

 パンパンと手を叩いて現れたのはイザベラだった。アルマとレニーを後ろに従えている。

「マリーを責めても死んだ四人は帰ってこないよ。初陣で二個艦隊撃破。損害四隻。感情的にはともかく、数値的には大勝利さ」

 私とレオンを正面から抱いて、イザベラは「ついてこい」と囁いた。一も二もない。私たちはイザベラの後に続いて、その場を脱出する。C級歌姫クワイアたちの底知れぬ闇を感じる視線が怖かった。

 私たちは例の大型車に乗り込んだ。私の隣にはレオンとアルマがいる。向かい側、進行方向に背を向ける形で、イザベラとレニーが座っている。運転しているのはタガートさんで、助手席にはジョンソンさんが座っていた。

「あー、うん。ベッキーを恨まないでやってくれよ、マリー」
「恨むなんて……」
「あの時、ベッキーが助けてくれていれば――そう言っているきみの声が、今もはっきりと聞こえているよ、わたしには」

 そう。わかってはいても思ってしまう。イザベラの言葉は真実だった。

「きみの気持ちはすごくわかる。伝わってくる。わたしだって泣きそうだ。だけどね、理解してやってほしい。力あるベッキーが、その力を振るわない決断をした勇気を」
「でも、その結果、誰か死ぬのでは、その」
「死ぬんだよ」

 イザベラは静かに言った。

「誰であろうと。簡単に。それが戦争。特別な人なんていない。誰も彼も、運が悪ければ死ぬ。これはなんかじゃない。それはわたしたちの時代で終わったんだ。きみたちの時代は、もう始まっている」
「仲間がどんどん死ぬ時代が、ですか?」
「そうとも言える。そして、時代だとも言える」

 イザベラは流れていく景色と、カメラを構えるマスコミの人たちを忌々いまいまし気に見りながら、アルトの低音域で呟く。

歌姫セイレーンの犠牲は、全てきみたちの時代のための生贄サクリファイスみたいなものなのさ、酷な言い方をするとね。きみたち力ある歌姫セイレーンが、一人の人間として生きられる社会を作るためのいしずえとして、絶対に必要だった。わたしたちの時代でカタをつけておくべき問題だったのに、残念ながら間に合わなかった。申し訳ないと思っている」

 イザベラは私を正視する。その瞳の色はわからない。

「わたしもベッキーも、きみたちへの贖罪しょくざいの気持ちでいっぱいなんだ。だけど、バトンはもうわたしたちの手を離れようとしている。だから、ね、アルマ、マリー。きみたちに受け取って欲しいんだ」
「それって」

 アルマが硬質な声を発する。

「ヴェーラやレベッカと同じ道を歩めということですか?」
「それはきみたちの考えることだ。無責任とのそしりは受けるよ、もちろん。でも、わたしたちはわたしたちの時代のケジメはちゃんとつける。だけどね、終わらないよ。時代はね」

 私は気付けばレオンの手を握っていた。レオンはじっと黙って、私の手を握り返してくれている。

「私は怖いんです、イザベラ。私のせいで敵が五千人死んだ。私のせいで味方が百人以上死んだ。一緒に訓練して、名前も顔も知ってる歌姫セイレーンも四人も死んだ」
「そうだね」

 イザベラは息を吐く。

 車が静かに進んでいく。向かっているのはおそらく参謀部の建物だ。

「それはとても……とても、悲しいことさ」

 たっぷりと時間を置いて、イザベラはそう言った。

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■本話のコメンタリー

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