広大な執務室の奥、ぽつんと一つ置かれたデスクにて、青年――ジョルジュ・ベルリオーズは腕を組んで目を閉じていた。
「ふぅん」
そう呟いて目を開ける。左目が不規則に赤く明滅する。
「無事に接触できた、と」
ベルリオーズは高い天井を見上げる。ベルリオーズは誰かと会話をしていた。が、そこにはベルリオーズ以外、誰もいない。
「とういうことは、彼女はミスティルテインにはなり得ないということか」
ゆっくりと息を吐き、ベルリオーズは再び目を閉じる。そして目を閉じたまま、椅子の肘掛けを何度か指先で叩く。
なれば、やはり響応統合構造体か。
ベルリオーズは口角を上げる。
初代で上手くいけばという目論見は崩れ去ったというわけか。だが、これもまた想定の範囲内。次の子たちに期待するだけさ。
「いずれにせよ、簡単ではないだろうけど」
あの銀の悪魔によって手渡されたティルヴィングという名の知識の鍵。それによってジークフリートを生み出し、それによって世界を知った。そして世界のあるべき形象もまた。だが、その目的地には容易には辿り着けまい。なぜなら、それではあの銀には「退屈」だからだ。
「暇潰しだからね、彼女にとっては」
人類全ての右往左往、悲喜交交の運命論という名の結果論。そんなものを、そして多くの人の惨劇と悲鳴を、銀は求めている。
彼女は全知だ。少なくとも僕ら有限生命体の知性の及ぶ以上の存在だ。だからこそ、正攻法ではこのゲームには勝ち得ない。そうベルリオーズは考える。
「あるいは僕が禍を引き起こす者の仮面を被るというのなら、まだしも」
しかしそれは彼の本来の目的にそぐわない。彼もまたゲームのプレイヤーだからだ。ルール違反は本意ではない。彼はオーディンの館の内にいて、淡々とチェスの駒が動いていくのを眺めているだけでいい。駒たちは、ベルリオーズと彼の生み出したジークフリートの組み上げたプログラムに忠実に動き、粛々と計画を進めていく。それが銀の悪魔を出し抜く瞬間をこそ、ベルリオーズは望んでいた。
「そうさ」
ベルリオーズは虚空を見上げて微笑を見せる。
「僕は君たちを出し抜くために、響応統合構造体を作った。彼女たちは歌姫として開花する。きっと彼女たちは世界を変える。君たちが望まない方向へと、ね」
そう囁くベルリオーズの意識に、ノイズのような声が届く。人間にはおよそ理解不能な言語だったが、ベルリオーズは目を細める。
「君たちが僕を見つけたと思っているように、僕は君たちを認知つけた。どちらが先でもなくね。この世界を、僕は君たちの好きにはさせないさ――今度はね。この巡りにあって、ティルヴィングを僕に与えたことについて、君たちはきっと後悔するだろう」
そう言い捨て、ベルリオーズは「さて」と指を鳴らした。
ベルリオーズの目の前の空間に、立体設計図が浮かび上がる。
「これが歌姫のための戦艦、か」
ジークフリートが弾き出した答えの一つ。もうじき完全に論理構築が完了する。これにより、世界はあるべき形象に至るかもしれない。
「確率は五分、といったところかな」
ベルリオーズの左目が赤く輝く。見えない何かを睨むように。
「女神よ、怒りを、歌いたまえ……ね」
まさに僕の計画を象徴するような言葉じゃないか?
――そうね、あなたがそうと言うのなら、そうでしょう。
銀の声が響く。