02-1-3:わたしを呪って死んで欲しい

本文-ヴェーラ編1

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 ヤーグベルテ統合首都における十月といえば、もはや「寒い」と言っても差し支えのない季節だ。晩秋というよりも初冬である。そんな中、上級高等部に進んだ士官候補生たちはジャージ姿でグラウンドを走らされる……のだが、ヴェーラとレベッカだけはその試練を軍司令部発の指示により、されていた。

「ねぇ、ヴェーラ」

 肩を抱きながらベンチに座ったり立ち上がったりを繰り返しているレベッカがいる。その傍らには座り込んだままじっとしているヴェーラがいる。

「ここでこうして凍えているのと、怒鳴られながら一緒に走るの、どっちがいい?」
「そうだねぇ」

 ヴェーラは重ねた両手に息を吹きかけている。

「正直寒くて泣きそうだから、ベッキーに抱かれたいなぁ」
「何言ってるの、脳みそも凍ったの?」
「きみのツッコミは相変わらず良い切れ味だね」
「アケルマン軍曹ほどじゃないわ」

 レベッカはグラウンドの中央で険しい表情を見せている初老の軍人を見る。ヨセフ・アケルマン軍曹は、いわば名物教官だ。言動は粗野にして粗暴、学生に罵声を浴びせるのを何より楽しみにしている――などとニュースサイトに書かれたりもしている。だが、その指導内容は的確で、学生たちの身体能力向上には大いに貢献しているのだという実績評価もあった。だが、上級高等部にあがったばかりの学生への洗礼には強烈にすぎるとは常々言われていた。

 レベッカはまたベンチに座って、気持ちヴェーラの方に身体を近付けた。

「実戦を知るからこその、なんだろうけど」
「敵は容赦してくれるわけじゃないけど。でもなー、うーん」

 ヴェーラはそう言うと不意にくしゃみをした。

「えぶー……。風邪ひいちゃいそう」
「来週には特別カリキュラムになるから。さすがに真冬にコレは拷問よね」
「そう願いたいね。まったくもう、軍も見学命令出すなら最後までちゃんと面倒見てほしいよね」

 そう言ってまたくしゃみをするヴェーラである。

「わたしたちだって普通にオフで体力作りしてるのにね。どうせなら訓練の中でやりたいよね」
「こうやって特別待遇が続くと陰口言われるのがちょっと。また特別扱いされて、とか。なんか罪悪感みたいなのもあるわ」
「言わせておけばいいんだよ、ベッキー」

 鼻を鳴らしながらヴェーラが言う。

「陰口だろうが悪口だろうが、わたしたちに向けられるものならさ、あながち的外れとは言えないじゃない? それにさ、そういうネガティヴな感情とかでも、それを吐き出すことで少しでも楽になれるっていうなら、わたしたちはただ黙って頷いていれば良いんじゃないのかな」
「好き放題、言われっぱなしでいいの?」
甘受かんじゅしろとは言わないよ。蓄積したらろくなことにならないしね。幸いにして士官学校はさ、そういうのは軍が対処してくれる。わたしたちは今はこうして毅然としていればいい」
「でも、それは永遠には続かないわ」
「それはその時」

 ヴェーラはそう言ってまたくしゃみをする。

「もー! 寒いなぁ!」

 癇癪かんしゃくを起こしそうなヴェーラを見て、レベッカは肩をすくめる。

「ヴェーラはふわっとしてるというか、そうね、ちゃらんぽらんなのに、筋は通ってるのよね」
「ちゃらんぽらん……」

 ジト目で相方を見やるヴェーラの耳に、アケルマン軍曹の声が届く。

「この程度で何を音をあげているのか! クソムシでももう少しマシなツラをするぞ! 今まで自堕落に生きてきた結果がこれだ! 違うか!」

 いまだ息が上がっている候補生たちに、容赦のない罵声が浴びせられる。

「貴様らはエリートと呼ばれている。候補生だろうがなんだろうが、上級高等部に来られたという幸運の持ち主だ。生い立ちも何もどうでもいい。だが、俺は腹が立っている。そのエリートをしてこの程度かと! 未来の指揮官クラスがこの体たらくかと! 貴様ら、何のつもりで上級高等部にやってきた!」

 強面の軍曹が候補生たちの間を縫って歩いている。

「貴様らが不甲斐なければ、兵士たちはどうだ! 不甲斐ないクソムシ上官の下で、まともに戦えるか。命を賭けられるか! わかるか、貴様らは誰よりも強く誰よりも気高く、誰よりも諦めが悪くなければならない! そのために何が必要か! それは、まずは何を差し置いても肉体だ。知性? それは心配してはいない。貴様ら頭でっかちの連中は、おそらく俺より賢い。だからそれはいい。だが! 肉体がなければ、精神はついては来ない!」

 その言葉にヴェーラとレベッカは真剣に耳を傾けている。

「耳をかっぽじってよく聞け、頭でっかちのクソムシども! お前たちが出向くのは仲良しこよしの日常ではない。殺すか殺されるかの戦場だ。誰も容赦などしてくれない。誰も忖度そんたくなどしてくれない。敵はお前たちを人間とは見ない。数だ。物だ。情けなどかけてくれるはずもない。三十ミリのHVAP高速徹甲弾がお前達をえぐる。或いは対艦ミサイルがお前達を挽き肉にするだろう。たった一度の過ちが、お前たち致命傷になり得る――戦場とはそういうものだ。つまり、お前たちの過ちが、他の誰かを殺すことになる――それが戦場の現実だ!」

 その剣幕に、候補生たちは圧倒されて身動きがとれない。ヴェーラたちも息を止めて見つめている。

「クソムシと罵倒されて、どんな気分だ! 悔しいか、つらいか、悲しいか! そうだ、それでいい。エリートという意識を捨てろ! そんなものは戦場では自分も部下も同僚も守れない! エリートであることはお守りにはなりはせん! そんなものは今すぐゴミ箱に放り込め!」

 アケルマン軍曹の言葉を聞きながら、レベッカが目を伏せる。

「軍曹って、教官初めて何年だっけ?」
「二十年ちょっとって聞いた気がする」

 ヴェーラは腕を組んで今にも雪が降ってきそうな空を見上げる。そして厳しい表情をして言った。

「きっと教え子を何十……たぶん何百と見送ったんだろうね」
「その結果がこの教え方なのね」
「不器用だね」

 ヴェーラは苦笑する。

「でも、わたしでもそうするかもしれない」
「ヴェーラ?」
「うん、たぶん、わたしもそうする。それにね、ベッキー」

 ヴェーラは空色の瞳でレベッカを見る。かすかな陽光を受けて、ヴェーラの肌は透き通っている。

「わたしたちも部下を持つ立場になる。数多くの部下を持つ。誰も死んでほしくないけど。わたしは誰も殺したくはないけど。でも、死ななければならないんだとしたら、その時は死んで欲しい。おまえのせいだと、わたしを呪いながら死んで欲しい」
「国を守るための犠牲、じゃなくて?」
「そんなものどうだっていいよ。わたしたちが守るのは国じゃない。誰かの大切な人を守るために、わたしたちはその最先鋒に立つことになるんだ。だから、わたしはわたしの責任で全てを引き受けるつもりだよ。わたしが守りたいと思う。だから、わたしのために死んでくれと、わたしはきっと、いつか言う」
「ヴェーラ……」

 レベッカは白い息を吐く。そして小さく首を振った。

「あなたにはかなわないわ。私、まだそこまで自覚なかった」
「いいさ」

 ヴェーラは走っている候補生たちに視線をやった。

「きみには、でいて欲しいよ」

 そう言ってからしばらく時間が流れる。候補生たちがゼェゼェと息を吐きながら整列している様子を見て、レベッカがかすれた声を絞り出す。

「軍曹の思いはどうあれ、やっぱりあの罵声を向けられる立場にいなくてよかったって思うのは、やっぱりダメなことかな」
「わたしだってそう思ってるよ、ベッキー」
「俺もだ」

 不意に降ってきた男性の声に、ヴェーラとレベッカは弾かれたように立ち上がった。

「ああ、驚かせてしまったなぁ。すまないすまない」

 二人が振り返った先にいたのは「海軍中佐」の階級章をつけた金髪碧眼の青年だった。目鼻立ちのはっきりした顔立ちは、全体に日焼けしていた。一見すると理知的で冷静な雰囲気を纏っているが、レベッカは「飄々として掴みどころがない」と分析し、ヴェーラは「胡散臭い」と判断した。

「キミたちがアレだな、ええと――」

 中佐はうんうんと頷きつつ言う。二人の少女は顔を見合わせる。

「キミがヴェーラ・グリエールで、キミがレベッカ・アーメリング。間違いないね?」
「はい」

 二人は同時に頷いた。中佐は満足げに頷いた。

「よろしい。しかし写真で見る以上に美しいね、二人とも」
「よく言われます」

 ヴェーラはしれっとした顔で言った。レベッカは目を見開いてヴェーラの脇をつついた。それを見て中佐は笑う。

「だろうね。俺もそう言った。俺が多数派マジョリティに属するのは珍しいがな! ああ、そうそう。おれはリチャード・クロフォード。万年中佐と呼ばれているが、正確には中佐と大佐を行ったり来たりしている男だ」

 彼は物のついでのように自己紹介をしたのだった。

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