03-1-7:この思慕は、本当に私のもの?

本文-ヴェーラ編1

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 カティとエレナは、並んで湯船に浸かっている。程よい湯気が二人の体温を少しずつ上げていく。

「生き返るわぁ」

 まんまとカティの背中を流すことに成功したエレナは、満足げに天井を仰いだ。カティはふっと息を吐いて、「まったくだ」と同意する。

「エレナは柔らかいな」
「なっ!?」

 突然の言葉にエレナはカティを凝視する。

「アタシとは違うな」
「あなただって女らしいと思うわよ。ちょーっと背が高すぎるけど」
「好きででかくなったわけじゃないさ」

 カティの声が天井や壁に反響する。

「あのさ、エレナ」
「なぁに?」
「お前……いや、エレナは」
「お前でいいわよ」

 エレナはクスクスと笑う。

「なんかそのほうがしっくりくるわ。あなたらしいし、私らしい」
「エレ……お前らしい?」
「そ。私はそんなものだから」
「いきなり卑屈になったな」

 カティは少し驚いたように目を開く。エレナは唇を歪めて目を伏せた。

「あなたが羨ましいのよ、私」
「アタシを? こんな?」
「さっきも言ったでしょ。あなたのことが好きよ、私。そんなあなたが好きなの」
「……わかんないな」

 カティは首を傾げる。エレナは「そうねぇ」と一拍置いた。

「私は自分が嫌いなの。あなたは?」
「好きではないな」
「どうして?」
「なんていうか、好きなところがないんだ」
「贅沢ねぇ」

 エレナは首を振って、お湯の中でカティの手を握った。カティは握り返すでもなく、抵抗するでもなく、ぼんやりとその肌触りを感じていた。

「私はね、本当に自分が嫌いなの。だから最初、あなたが羨ましくてイライラしてたわ。他人とのコミュニケーション以外、何でも一流にこなせるあなたをどうにかして出し抜いてやろうと必死だった」
「そうだったんだ」
「気付いてなかったの?」
「アタシ、自分以外のことに目を向ける余裕ないから。お前も言っただろ、他人とのコミュニケーション。アタシ、てんでダメで」
「今、ちゃんとできてるじゃない」
「不思議なことにね」

 カティがここまで流暢にコミュニケーションを取れる相手は、ヴェーラ、レベッカ、ヨーン、そしてこのエレナくらいだった。他の候補生たちにはこれっぽっちも関心を抱けないし、うまく会話もできなかった。

「悔しいなぁ」

 エレナは水面をばちゃばちゃとやって、カティにじわりと近付いた。

「でも、いいのか」
「なんだよ、自己完結して」
「あなたは失ったんだ。全て。だから」
「つじつま合わせ、か」

 カティは幼少の頃の記憶を呼び起こしてしまう。少し呼吸が早くなる。

「ごめん」

 エレナはそう言ってカティの白い肩に頭を乗せた。カティは三度深呼吸をし、エレナの肩を抱いた。エレナは掠れた声で言った。

「思い出させた。ごめん」
「気にするな。逃げられる記憶でもない」
「強いね」
「逃げる勇気もないだけさ」

 カティはそう言って、また大きく息を吐いた。

「エレナはどうなんだよ。家とか、なくなっちゃっただろ」
「それは多分、私が恵まれすぎてたから。というか、今までの私もまるでニセモノみたい」
「ニセモノなもんか。エレナはエレナだろ」

 カティはエレナの肩を抱く手に力を込める。エレナはククッと笑う。

「恋人みたいね」
「残念ながらそういうつもりではないな」
「かたくな」
「性分だ」

 カティの答えに、エレナはまた笑う。

「私はみんなに認められたいって思ってた。だからどこに行っても常に一番であり続けた。どこに行ってもよ。だけど、ここでは一番になれなかった。あなたのせいよ」
「アタシが一番だって? そんなことないだろ」
「私がそう感じるのよ。あなたには勝てない。圧倒的過ぎる。眩しすぎるの。そのうえなに? 私、あなたのことが好きになっちゃった」
「本当に好きなのかな」
「本当よ」
「うーん」

 カティは頭の中の図書館で、今まで読んできた数々の恋愛小説を検索する。数多くのヒロインやそのライバルたちが、こんな風に恋に落ちていたような気がする。だが、それはカティには、コンプレックスの裏返しのように思えてならなかったのだ。

「まぁ、うん。お前の好意は受け取るよ」
「キスしていい?」
「だめ」

 カティは首を振って、近付いてくるエレナから距離を取る。

「私さ」

 カティを隅まで追い詰めたエレナは、カティの肩に再び頭を乗せた。

「なんだろ、あなたのおかげでなんかこう、ちょっとだけ自分が好きになれるかもね」
「なんだよ、それ」
「誰かを好きになったのって、多分初めてなのよ、私。みんな蹴落とすべき敵だと思っていたから。だからなんかね、こうしてちょっと胸がどきどきするのとか、なんかこう、好きなの」
「そ、そうか」
「でもね、それと同時に思う。絶対、あなたにはCQC近接格闘戦闘で勝つって」
「ああ」

 そんな約束したっけ。

 カティは忘れていたことを気取られないように、もっともらしく頷いた。

「一つくらい明確に勝ちたいから。この約束したときは、単にあなたを泣かせたかっただけなんだけど」
「ひどい性格だな」
「悪い?」
「エレナらしい」
「何、そのひどい返し」

 エレナは頬を膨らませ、そして破顔する。カティもつられて笑ってしまう。

「あーあ。私が男だったらチャンスあったのかなあ?」
「どうだろ。男とか女とかの問題じゃない気はする」
「脈なしってこと?」
「そうかな」
「もう! そこはもうちょっとオブラートに包むとかないわけ?」
「あったらアタシじゃないだろ」
「それもそうか」

 エレナは悪い顔でそう言ったが、カティは「だろ?」と涼しい顔をしている。エレナはつまらなさそうに鼻から息を吐き、立ち上がる。

「のぼせたわ。出ましょ」

 そして二人は服を着て、そのままカティの部屋へと向かう。

 部屋に入るとカティはソファに横になろうとして、エレナに止められた。

「ん? お前がソファか?」
「違う違う」

 エレナはそのまま力任せにカティを引きずり、ベッドに投げ出した。

「信じがたい力持ちだな、お前」
「ここぞってときはね」

 エレナはカティをそのシングルベッドの端に追い詰めて自分も横になった。完全に密着する形になっている。

「ちょっと待て、エレナ。これじゃ寝られないだろ」
「そう?」

 エレナはカティを背中から抱きしめてホッと息を吐いた。

「カティ」
「な、なんだ?」
「強くなってね」
「どういう意味だ?」
「そのままの意味。あなたはもっともっと強くなるのよ。そうじゃなかったら、あなたの人生は不公平過ぎる」
「強いのがいいことなのか?」
「そうじゃないと、私がつらい。あなたは誰よりも強くあるべきなのよ。じゃないと、私が辛いし、第一、あなたに勝ちたくても勝てない私が浮かばれない」
「屈折」
「得意技よ」

 エレナがそう言うと同時に、カティは身体の向きを変える。エレナと向かい合う形になるなり、カティはエレナを抱きしめた。

「うう、痛い……怪力……」
「アタシもさ、なんかお前、好きだよ。の気はないけど」
「だから、痛いってば。骨が砕ける」
「アタシの愛情。愛は痛いもんだろ」
「物理の話だったの、それ」
「物理学は得意だろ?」
「意味分かんない」

 エレナの抗議の声にカティはひとしきり笑って、今度は仰向けになった。その胸にエレナはすかさず頭を乗せる。カティは何度か追い払おうとしたが、エレナのしつこさに諦めた。

「アタシ、あの事件の後、失語症になって。何年もカウンセリングを受けて。やっとちょっとだけ会話ができるようになって。で、なぜかこの統合首都の士官学校に転校させられたと思ったら、ヴェーラとレベッカに会ってしまった」
「ああ、あの可愛い子たちね? あなたとはとても親しいってことくらいは知っているわ」
「そ。その子たち。と思ったら、お前やヨーン。なんていうのか、おかげでそれまででは考えられなかったくらい、生きてるのが辛くないんだ」

 カティはエレナの頭を撫でながらそう言った。

「私があなたの役に立ってる?」
「そうだな」

 カティは目を閉じる。身体が温まっていることもあって、そしてエレナの温もりが気持ちよくて、意識が半分ぼやけていた。

「カティ」
「……んー?」

 カティは半ば以上眠っていた。エレナは少し身を起こし、カティの白い寝顔を見つめる。そして目を細めてその髪に触れる。

「ねぇ、カティ」

 無防備にもカティは意識を完全に手放していた。エレナは唇を引き結び、眉間に力を込める。

「私、なんなんだろ」

 頼りない記憶。取ってつけたような感情。そして、家が痕跡も残さずなくなるというありえない状況。そして自分でも説明がつけられないほどのカティへの思慕のような感情。

「私、あなたが好き。それでいいんだよね?」

 そうじゃなかったら、あまりにも哀しいよね?

 エレナはボロボロと落涙しながら、カティに縋り付いた。

「ごめん、ごめん、カティ。ごめん」

 なぜ謝るのか。それすらわからないまま、エレナは謝罪の言葉をつむぐ。

「エレナ」
「お、起きてた……?」

 エレナは肩を震わせたが、カティは間違いなく眠っていた。が、その腕はエレナをしっかりと抱きしめていた。

「カティ……」

 ありがとう。

 エレナはそう囁き、カティの後を追うように眠りに落ちた。

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