K.I.A.、すなわち戦死だった。カティ、エレナ、ヨーンの三名はフェニックスの撃ち込んできた核ミサイルによって蒸発したのだ。敵にフェニックスという高価な兵器を運用させたことと、最新鋭攻撃機FAF221三機を道連れにしたことは大きな戦果と言えた。そして恐らく、軍や中央政府の望む戦果というのはこの手のものに違いなかった。
シミュレータの取得してきたデータを睨みながら、ブルクハルトは唸る。こんなものは戦闘とは言わない。献身を強要し、義務感と誠実さを悪用した自殺攻撃の変化系にほかならない。
ブルクハルトは眉根を寄せながら、シミュレータを終了させて、マイクをオンにする。
「おつかれさま、三人とも。よくやったと思う。あの機体でFAF221と互角にやりあったことには称賛以外にないよ。もっとも、彼は不満そうだけどね」
筐体から出てきた三人の表情はこれ以上なく憔悴していた。
ま、それもそうだろう。
ブルクハルトはモニタルームからシミュレータルームへ移動する。ハルベルトもついてくる。彼は先程からまったく口を開こうとしない。だが、刺々しい気配が立ち上っているのをブルクハルトは感じている。彼が何を言いたいのかはわかっている。理解しているが、僕は承服しない――ブルクハルトは首を振る。
「カティ」
ハルベルトはしばらくぶりに口を開いた。カティは剣呑な目をハルベルトに向ける。
「なぜヨーンの提案を却下したの? 彼は最も正しい選択をしたのよ。あの場でヨーンがフェニックスと刺し違えていれば、カティ、あなたはは死ななかった。そうしたらあなたとエレナの二人で形勢逆転のチャンスも残っていた」
「だが、仲間に死ねとは言えない!」
カティは首を振る。その紺色の瞳がギラリと光る。ハルベルトは涼しい顔で薄い笑みを返す。
「仲間。仲間。そう、仲間ね。でもあなたのさっきの判断は、仲間もあなたも殺した。地上に人がいれば、その人たちも殺した。誰も救えない。誰も救おうとしない判断だった」
「っ!」
カティは思わずハルベルトの方に踏み出したが、ヨーンがすばやくその右肘を掴んで動きを制する。
「ヨーン! こいつはっ!」
「彼の言うことは正しいと思う」
「お前、死んでたんだぞ!」
「結果として、僕らは全員死んだ」
冷静なヨーンの言葉に、カティは奥歯を噛みしめる。
「少なくとも僕は無駄死にだった。カティ、僕はそう感じている」
「でも! だったらアタシ、お前に死ねって言えばよかったのか!」
興奮するカティだったが、ヨーンはその手を離さない。
「僕は僕の判断でそうしようとして、君はそれを却下して、僕は結局迷った。僕の最初の判断が誤っていたとは思わない。けど」
「そうね」
温度が上がり始めた空間を察知して、ハルベルトが一度手を叩く。
「あのシチュエーションでは、ヨーンは死ぬ以外になかった。彼を犠牲にしてカティとエレナが生き残る。そう判断できなかったのはあなたの落ち度よ、カティ・メラルティン。指揮官としては落第ね」
「それは」
……そうかもしれない。カティの頭の中の温度が急激に下がる。そんなカティの左手を握る手がある。エレナだ。
「カティに何を押し付けようとしているのよ、ハルベルト・クライバー。そもそもこのF102に指揮官クラスなんて乗らないでしょ! F108、いえ、F107に乗れてさえいれば、こんな極限のシミュレーションなんて成立しなかった! 違う?」
「そうね、それは事実よ、エレナ」
ハルベルトは目を細める。エレナは唾を飲む。
「だけど、誰かが判断しなきゃならない。戦況は動く。敵は手を抜いてはくれない。何が起こるかわからない。それが戦場。犠牲のない戦闘――そんなものが常に行えるなら苦労しない。犠牲が生まれざるを得ない時に、その犠牲を最小限にする判断ができる人間が必要なのよ。仲間を、味方を、時として捨て石にできる勇気――」
「そんなの勇気なんかじゃない」
エレナが首を振る。
「犠牲ありきで動く指揮官の指揮なんてまっぴらごめんよ、私は。ただ、信頼する指揮官が危機に陥るとしたら、私は喜んで死ぬわ」
「僕もだ」
カティの両サイドで二人が言う。カティは二人の体温を感じながら、息を吐いた。
「……ドライに徹すれば良いってもんじゃない、だな、エレナ」
「そうよ。私はカティ、あなたを信頼している。それはあなたがドライでも冷静でもないからよ。暑苦しいからよ」
「暑苦しい……」
「ちがいない」
ヨーンが苦笑する。カティは小さく唸ってから、ハルベルトの方に顔を向けた。
「わかってるんだ、ハルベルト・クライバー。こんなF102なんかをここに配備して、それどころか防空に使おうとか考えている連中の思惑なんて。税金の有効活用とか、政治家の票集めとか、とにかくあまり詳しく実情を知らない、見ない、理解しようとしない人たちを抱き込もうっていう魂胆、だろ」
「正確な状況分析ね」
ハルベルトは苦笑する。カティはヨーンが手を離したのを感じるなり、その手を髪にやって後ろに撫で付けた。
「羽つきカンオケ、そんな戦闘機だってミサイルがついてるし機関砲だって撃てる。問題は愛国心。そういう論点が社会の主流なことも知っているさ」
「さすがね、カティ・メラルティン。そう、そのとおり。そして、政治屋にとってみれば、あなたたちがF102で飛び立ちさえすれば、あとはどうだっていいのよ。もし万が一敵を撃墜できれば、F102の配備は正解だったと胸を張れる。仮に完膚なきまでにやられたとしたら、ほらやっぱりだめだったでしょと言うことができるし、ゆえに国防予算の増額を堂々と要求できるし、国民の危機意識を煽ることで大幅増税さえ飲ませることができるわ。誰もが得をする事ができるのよ、F102という旧型機を飛ばせばね」
「この子たちだけが損をするのさ」
ブルクハルトが割り込んだ。その口調には明らかに棘があった。
「こんなことを僕の立場で言ってはいけないことは分かってる。だけど、僕にだってプライドがあるし、こんなシミュレータなんてもんを作ってしまった責任がある。そして同時に、僕は君たちを育て上げなきゃならない義務もある。君たちが戦場で生き残る確率を少しでも上げるために、僕はシミュレータを日夜改良している。そう、生き残ってもらうためだ。どんな地獄のような状況に放り込まれようが生きて帰ってこられる力をつけてもらわなきゃならない」
ブルクハルトの目が鋭利に光る。
「F102が為すすべもなく撃墜されるわけではないことは、今しがた君たちが証明した。つまり、こんなものに乗って戦う羽目になったとしても、十死零生ではないということだよ。全員がこの、カティ・メラルティンくらいの力を持ってほしい――僕はそう思っている。ヤーグベルテの軍が強くなるとかそういう話じゃない。それだけ強くなれば、生き残れる可能性が大きく上がるし、なにより、さっきのような判断をしなければならない状況が少なくなる」
「教官……」
カティはブルクハルトを見る。ブルクハルトは頷く。
「そのためなら僕はなんだってするし、君たちが求めるなら不眠不休で協力もする。それが僕みたいなマッドサイエンティストにできる唯一の罪滅ぼしだ」
ブルクハルトのその言葉を聞いて、ハルベルトが溜め息をつく。
「あたしが現実論者だったら、あなたはとんだ理想論者ね、ブルクハルト中尉」
「僕は、僕のいうことを理想論なんかとは思わないよ」
ブルクハルトはハルベルトの碧い瞳を鋭く見遣る。
「実際には手が届かないけどねとかさ、そんな注釈をつけてしまったら、全てが理想論だ。そして僕は、そんな注釈はつけない」
「努力目標ね。死ぬ未来死なない未来、比較検証なんてできないのだから」
「確率ってのはそういうものさ」
ブルクハルトは首を振って、カティたちの前に歩み寄る。
「だがね、カティ。少なくとも君は、おそらくそういう決断をする立場にも立つだろう。その時、君はどうする」
「死ねとは言えません」
カティは毅然と答えた。が、ブルクハルトは追求をやめない。
「君にとって大切な人を守るために、何人かの味方が犠牲にならなければならないとしたら? あるいは、何人かの味方を犠牲にすれば、その人を確実に守れるとしたら?」
「大切な……」
その問いに、カティは答えられない。ブルクハルトは「ね?」と声をかける。
「その迷いこそが、本物なんだと思うよ、僕は。その時、君はどう判断するのか。その時がいつくるかなんてわからない。運が良ければ来ないかもしれない。けど、君は常にこの命題について考え続けなければならないんだ」
「でも、それは」
「考えるんだ、カティ」
ブルクハルトはそう言って、後ろで見学していた他の候補生たちに視線を送る。
「君たちもぼんやりしている場合じゃない。トップエース候補たちがこうも悩んで苦しんでいるのを見て、君たちはどう感じた。次のシミュレーション教練からの態度で、君たちの真価が見えるだろう。死ぬ気でやれ」
ブルクハルトに似つかわしくない鋭い言葉に、カティたちも息を呑んだ。ハルベルトは「そうね」と気のない相槌を打って部屋を出ていってしまう。カティはそれを一瞥し、頷いた。
「アタシ……自分は、諦めません」
「そうか」
ブルクハルトは短く応えて、腕を組んだ。そして沈黙する。
――君なら、それでいいのかもしれない。
ブルクハルトはヨーン、エレナと言葉を交わし始めたカティを見て、そう感じた。
――だから僕は、現実主義者でありたいのさ、ハルベルト・クライバー。