03-3-4:小さな英雄

本文-ヴェーラ編1

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 なんだよ、こいつぁ。この景色は……。

 人口八十万、ヤーグベルテ南部の大都市の一つは、焼け落ちていた。いったいどんな攻撃を食らったらこんなことになるのかと言いたいほどの惨憺たるありさまだった。上空には敵機がうようよと飛び回っており、残った数少ない友軍機はもはや袋のネズミだった。

「ちくしょうめ」

 間に合わなかった!

 シベリウスは奥歯を噛み締め、機体を加速させた。甲冑スーツきしみ、機体からアラートが上がる。シベリウスと機体の認知能力の範囲で、残存している敵機は全部で六十。味方はカウントするだけ無駄だった。

「オーケー、キルレシオ更新してやろうじゃねぇの!」

 六十対一。誰もが自殺行為だと言っただろう――それがシベリウスでなかったのなら。

 アーシュオンの攻撃機たちは夢中になってヤーグベルテの国民を虐殺して回っていたが、そこに突如、暗黒の新型機が登場した。アーシュオンの電探レーダーでは捕捉できなかった、F108P-BLXブラックパエトーン。アーシュオンたちは最も警戒しなければならなかった敵機、シベリウスによって完全に奇襲された形となった。

「エイディ、感謝するぜ」

 慌てふためく敵機を一瞬で三機撃墜し、シベリウスはニヤリと笑う。エイディ、つまり、エイドゥル・イスランシオ大佐による情報工作があったと踏んだのだ。渾名あだなされるイスランシオ大佐は、世界最高のハッカーとすら言われている。

『俺にできるのはここまでだ。後は任せるぞ、レヴィ』
「あいよ」

 二人の間には深い信頼関係がある。互いに言葉を必要としない。二人には以心伝心の繋がりがある――シベリウスもイスランシオも、それを疑ったことがない。

「ジギタリス1、ナルキッソス1、こっちの映像は見えているか」
『見えてます。士官学校の方面にF102イクシオンの反応が浮かんでは消えています』

 ジギタリス1ことマクラレン中佐が抑揚のない報告を行ってくる。つまり、F102イクシオンは離陸するなり撃破されているという事実の通達である。シベリウスは舌打ちする。

「空域の奪取はお前たちに任せる。俺はとにかくこの空襲を撹乱かくらんする」
『ナルキッソス隊、りょーかいっす。いくら隊長でもこの空域は広すぎっすわ』
「わかってる。俺は士官学校方面のみを制圧する」

 シベリウスは頭に血は上っていたが、戦いの場では常に冷静である。類稀な自制心と空間認識能力、そして状況判断力。それらが揃いに揃った戦闘機乗り、それがこのカレヴィ・シベリウス大佐という人物である。

「あんな羽つきカンオケに若い奴らを乗せやがって。考えたクソ野郎は鬼畜だな!」

 そう言いながら、目についた攻撃機を次々と叩き落としていく。果敢に向かってくる敵機もいたが、それらは全て機関砲の餌食になった。シベリウスが撃墜した敵機は、そのほとんどがコックピットを破壊されていた。当然中の人間は粉砕されている。シベリウスと対峙する羽目になった戦闘機乗りの生還率は限りなくゼロ。捕虜になる資格すら与えられない。それがまた、敵国アーシュオンがシベリウスを恐れる要因となってもいた。

 そしてシベリウスは捉えた敵機は逃さない。圧倒的な戦技をもって、完全に確実に殺しに行く。アーシュオンの飛行士たちは、鷹に狙われた鼠のように、無駄に逃げ惑うことしかできない。

「十五」

 十五人目の飛行士が挽肉ミンチになったのを見届けた頃、シベリウスはようやく士官学校の粗末な滑走路を視界に収めた。

「生き残ってる空軍機、現時刻をもって逃げてよし! この俺が、現着した!」
『暗黒空域! ありがたい!』
『さっきから敵の動きがおかしいと思ったら』
「無駄口は良いからさっさと空域を離脱しろ」

 シベリウスは温存していた多弾頭ミサイルを一発撃ち放つ。それはまったくでたらめに四方八方に飛び散る。が、その一発一発が正確に射程内の敵機を追っていた。シベリウスは同時に六機の敵を補足して、三十もの小弾頭をリアルタイムに操りながら、目の前の一機を機関砲で撃墜した。

『うわっ、何だよあの戦い』
『シミュレータでは見たことあるけど、本物は桁違いね』

 遠ざかっていく二機の手負いのF107Bタイタニックブローを見送りながら、シベリウスは新たに接近してくる敵機を検知する。

「いい根性だ。誉めてやるぜ」

 機首を巡らせ、士官学校上空をぐるりと巡る。FAF221カルデアが五機。制空戦闘仕様だった。

「ふん……」

 シベリウスは後続のジギタリス隊とナルキッソス隊の位置を確認する。あと五分は一人で戦わなければならない。士官学校を守りつつ、制空戦闘も行わなければならない。市民への被害はこれ以上許容できない。なぜなら――。

「俺はだからな!」

 俺が来た以上、これ以上はやらせない。俺が来た以上、圧倒的な勝利を見せつけなければならない。それが最強と讃えられる英雄の努めだ。

 周囲を取り囲む猛烈な機関砲弾の嵐。一発でも喰らえば後がない。曳光えいこう弾がいっそ眩しいほどだ。シベリウスはその数十センチの間隙を見出して機体を潜り込ませ、一気に敵の一番機に肉薄する。あわや激突というところでシベリウスは思い切り機体を立てる。交錯する二機。シベリウスの機体の機首から30mmの弾丸が数発打ち込まれる。それは機体下面からコックピットまで正確に貫き、キャノピーを内側から弾き飛ばした。射出されたパイロットは、当然のように肉片となっていた。

 シベリウスはそのまま機体を上昇させ、背面飛行で残り四機に追いつくと機体を正位置に戻しながら最後尾の機体の尾翼を根こそぎもぎとった。空中でもんどり打ってそのまま落下する敵機は、ビルの残骸に突っ込んで派手に爆発炎上した。パイロットが脱出したのを見て取ったシベリウスは、即座に機首を返して、そのフライトユニットを搭載したパイロットに機体を突っ込ませた。敵に逃げる余裕などなかった。シベリウスの暗黒の機体が一瞬だけ赤い霧に染められたが、すぐに機体表面のナノマシンがそのを分解する。

「さしあたりあと三機……って、なんだ!?」

 眼下の滑走路にF102イクシオンがいた。短滑走の離陸態勢に入っている。

「ばか! 俺が来たんだ、お前が飛ぶ必要なんて無いだろうが!」

 FAF221カルデア三機は、その老朽機をターゲットにしたようだ。シベリウスの位置からでは一瞬間に合わない。離陸するのも至難だが、離陸してしまったら撃墜されるのを待つだけだ。この期に及んであんなF102ガラクタを飛ばすやつがいるだなどというのは、シベリウスには信じられなかった。シベリウスが来たら、後は全て任せて逃げて良い。そんなことはヤーグベルテの不文律じゃなかったのか。

「士官学校の管制、どうなってる! 飛ばすな!」

 ――応答がない。見れば管制塔は完全に破壊されていた。最初に潰されたのだろう。犠牲者の数は推して知るべしだ。シベリウスは唇を噛む。

F102イクシオンのヒヨッコ! 飛ぶな! 今すぐ機体から離れろ!」
『僕は黙ってやられるのは嫌だ!』
「うっせ、黙れ! クソガキ! お前に何ができる!」

 くそ、間に合え! 間に合え!

 シベリウスの機体は限界を訴えている。ここまでの無茶な扱いが相当に響いていた。

 FAF221カルデアたちが攻撃態勢に入る前に、F102イクシオンは離陸する。追いすがる敵機を前にしても、F102イクシオンの動きは揺らがない。迷いがない。襲いくる機関砲弾を、まるで予測しているかのように回避していくその技術は、士官候補生とは思えない。

 しかし、機体性能には圧倒的な差がある。シベリウスは無駄弾と知りながら、多弾頭ミサイルを撃つ。それらに三機を追尾させて集中力を削ぐ作戦だ。それは見事に功を奏する。

「今のうちに逃げろ、ヒヨッコ!」
『こいつらは、僕の敵だ!』
「アホ、無茶なことをするな! 三機、最新鋭機だぞ!」
『だとしても!』

 こいつぁ頑固なガキだ。シベリウスは一瞬思案し、結論する。

「一機くれてやる。それで手を打て」
『……わかりました、暗黒空域』
「俺をそうと知っていて、なぜこんな無茶をする」

 シベリウスの問に、少年は答えない。代わりに見事な機動で敵機の真上についた。そのまま機体を背面に持っていって機首を上げる。その際に機関砲弾を撃ちまくっている。

「天才か!?」

 シベリウスは思わず唸った。今の一撃でFAF221カルデアは三発も被弾していた。惜しくも致命弾クリティカルヒットにはならなかったが、それでも有効弾だ。シベリウスは無傷の二機に向けて突撃する。その際にはあろうことか、多弾頭ミサイルもロケット砲も投棄していた。機体をわずかでも軽くするための決断である。どこかでこの戦闘の様子を記録しているドローンたちに見せつけるための、「機関砲だけで十分だ」というパフォーマンスでもある。その様子は調子よく編集されていいニュースの素材になるだろう。

 シベリウスは無傷のFAF221カルデアに追いつくなり、ブースターノズルに向けて機関砲を撃ち込んだ。飛行能力を失い制御を失った敵機のキャノピーが開く。脱出しようとするのはシベリウスの予測どおりだった。

「いい判断だが」

 残念だったな。

 射出されたパイロットの頭部に、シベリウスの機体の翼が直撃する。その様子もネットや国営放送に乗せられるだろう。国民はこういう映像を求めているのだ。そして、この哀れなF102イクシオンの英雄のような、物語のような英雄譚を。

 その小さな英雄は最新鋭のFAF221カルデアとほとんど互角の接近格闘戦ドッグファイトを繰り広げていた。敵機にしてみれば、単なる羽つきカンオケに過ぎない老朽機を仕留め損なうわけにはいかない。圧勝しなければならないところで、とんだ恥をかかされている。冷静さを欠いているはずだった。そして、F102イクシオンにいる候補生と思しき少年は、間違いなく天才に属する。シベリウスの目から見ても、あの候補生が次にどんな動きをするのかが読めない。撃ち放つミサイルの誘導性能も、ありえないものがあった。あの候補生はいま、対空ミサイル二機を操って、まるで三機で戦っているかのような機動マニューバを見せている。

 シベリウスはもう一機を補足するなり撃墜する。無論、コックピットを破砕する形でである。これでこの空域にはもう脅威はない。あの少年と敵機の一騎打ち。シベリウスがかっさらうという選択肢もある。だが、国家はそれをよしとすまい。F102イクシオンが戦えること。実戦配備に未だ耐え得るという可能性があること。そして、「新しい英雄」を得られること。今シベリウスが傍観を決め込めば、国家が得られるものは多くなる。

「英雄、か」

 ろくなもんじゃねぇぞ、そんなもん。

 シベリウスは心の中で憐憫れんびんを込めて呟く。

 哀れだな、小さな英雄――。

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