03-4-3:主任会議

本文-ヴェーラ編1

↑previous

 カティたちがそんな緊迫感あふれる時間を過ごしている最中さなか、クロフォードたち士官学校の責任者たちは揃いも揃って苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。クロフォードの執務室の中には、クロフォード中佐本人のほか、空軍教練主任のパウエル少佐、海軍教練主任にして歌姫計画の現場責任者でもあるフェーン少佐、そして陸軍教練主任のセルゲイ・フリードマン少佐がいた。クロフォードは自分のデスクにもたれかかるようにして立ち、パウエルたちはその目の前にある二人掛けのソファにめいめいに腰掛けている。

 クロフォードが壁掛けのディスプレイの映像投影を終了させると、ようやくその場の緊張が一段緩くなった。フェーンがまず口を開く。

「エウロスが間に合ったからまだ良かったものの」
「間に合った?」

 その発言の瞬間に噛み付いたのが、フリードマンだ。「巨大な壁グレートウォール」と渾名されるこの男は、身長ニメートルを超えている。その上、全身を分厚い筋肉で覆われており、兵士や候補生たちからは「対戦車榴弾でも倒せない」と言われている。身長の他には、短く切り揃えられた銀髪と、濃い青紫色の瞳が特徴的だ。面立ちはフェーンの冷たい鋭さとは対象的に、常に怒りに満ちているかのような熱量だった。

「あれで間に合ったと言えてしまうのなら、戦争は歩兵だけで事足りるな。飛行機なんざ使うまでもない」
「そうだな、フリードマン少佐」

 クロフォードは天井を見上げながら言った。

「確かに、あれだけの被害をみすみす出させてしまった事実。それはまったく遺憾に過ぎる。だが、元はといえば、第六艦隊の初動に大きな誤りがあったと言えるだろう。そうだろう、フェーン少佐」
「ええ。彼らの動きは拙劣せつれつに過ぎた」

 フェーンは言葉少なく応じる。クロフォードは頷く。

「そもそも第六艦隊がもっとマシに戦っていれば、あんなに大量の攻撃機が本土爆撃なんぞ行う事はできなかったはずだ。彼らは単に、エウロス到着までの時間稼ぎに徹すればよかったわけだし、第六艦隊の首脳部だってそんな事がわからない愚鈍ばかりでもないはずだ。とはいえ、それを俺たちがここでどうのと言ったところで時間の無駄だ。今、議題にすべきは、パウエル少佐、貴官の弟の話だ」
「ですな」

 フェーンとフリードマンが頷いた。矛先を向けられたパウエルは眉間を指でつまんだ。クロフォードがコーヒーをカップに注ぎながら言う。

「で、パウエル少佐。彼はまだ高等部だろう?」
「ええ。高等部です。あれは私にも信じられないことですが」
「あれというのは、F102イクシオンで敵の新鋭攻撃機を撃墜せしめたことか」
「それ以前に、あの操縦技術です。あいつ、まだシミュレータさえ乗ったことがなかったというのに」
「まさか」

 フリードマンが野太い声で驚く。

「実機に初めて触って、初めての実戦で圧倒的優位の敵機を撃墜したということか」
「そうなる」

 パウエルは複雑な面持ちで応えた。一同が唸る。クロフォードはコーヒーを一口飲んでから、パウエルに視線を飛ばす。

「そういえば、少佐。あの赤毛の、ええと、メラルティンだったか。彼女はあれと同じことができるか?」
「ええ」

 パウエルは即答する。

「彼女のほうが経験を積んでいる分、私の弟よりは巧者でしょう。しかし、メラルティンといい、あいつといい、いったいどうなってるんだ」

 パウエルの声にはハリがない。クロフォードはコーヒーの水面を眺めながら言う。

「機体制御プログラムのリアルタイム補正による超機動戦闘について。だったか、少佐」
「私ですら忘れる内容の論文ですが、そうです、私の論文ですな」
「あの論文では、リアルタイム補正は机上の空論だと締めくくられていたと記憶しているが」
「あれも十数年も昔の話です。それに、イスランシオ大佐が机上の空論を現実にしてしまった」
「異次元の手、ね。確かにそうだ。確かに、あいつがその筋の先駆者だな。だが、考えたのは少佐だったと思うのだが」
「ええ。冗談のつもりだったんですが、それをイスランシオ大佐は実戦レベルに持っていってしまった、という話です。カティ・メラルティンにしても、うちの弟にしても、それをほとんど独学で身につけてしまったわけですが」
「天才、か」

 フリードマンがまたも唸る。フェーンは黙って腕を組んで目を閉じていた。

「イスランシオ大佐の公開モジュールも随分有効活用しているとブルクハルト中尉からは聞いております。メラルティンに於いては少なくとも努力の天才なんですよ。ハルベルト・クライバーにこっぴどくやられたのも良い刺激になっていると」
「ああ、あの男か」

 フェーンが目を開ける。

「あいつは歌姫セイレーンたちの警護官の一人でもある」
「そうなんですか、フェーン少佐」

 パウエルは目を丸くする。フェーンは無表情に頷いて呟く。

「中央政府、いや、参謀部第三課。あそこはいったい何を考えているのやら」
「ああ、アダムス少佐のところだったな、空軍の主幹部門は」
「ええ」

 パウエルは苦い表情で頷いた。少なくともこの場にいる四名は、誰一人としてアダムス少佐に対して好感を持っていない。しかし、優秀でかつ実績もある将校であるだけに|無碍《むげ
》にもできないでいた。

「それは、まぁ、いい」

 クロフォードは小さく咳払いする。

「で、パウエル少佐。貴官もその怪我さえなければ、暗黒空域や異次元の手と並ぶ超エースパイロットとなっていたはずの飛行士。その貴官の目から見て、貴官の弟やメラルティンは、次世代の超エースということでいいな?」
「間違いないでしょうな」

 パウエルは即答する。そうとしか言いようがなかったからだ。クロフォードは頷く。

「だが、まずいな。彼があのような戦果をあげてしまったのは、非常にまずい。世論はすでにあの爺さん機体を前線復帰させろとか、士官候補生も動員しろとか散々だ。大統領府もいまいち旗色をはっきりさせてないし。どうやって候補生たちを守ればいいのか、俺にはよくわからん」
「せめて正式配備になるまでは動かしたくないですな」

 フリードマンが常識的な意見を述べる。フェーンは薄目でフリードマンを見遣り、ゆっくりと息を吐いた。

「何にしても、ですよ、クロフォード中佐。貴官があの熨斗のしをつけて博物館に返却する手筈を整えていたことは知っています」
「さすがの情報網だな、フェーン少佐。まぁ、そうだ。だが、俺の頑張りも全てパーだ。少年一人の大活躍によってな」
「申し訳ない……」

 パウエルが溜息をついた。クロフォードは「ふむ」と頷き、首を回す。

「今、この士官学校には三機だったか」
「ええ、稼働機が三機。あとはレストア用のパーツです」
「三機。いや、それが三十いたところで何が変わるわけでもないが。しかし、返す算段がなくなったとなると、あれは出撃待機にしておかなければならないか」
「統合首都まで敵がきますかね」

 パウエルが腕を組む。クロフォードは「そういう問題じゃない」と首を振る。

「そういう動員になっているのだから、待機状態をキープしておく必要がある」
「わかります、が。何の訓練にもなりゃしませんよ」
「それでもだ。文民統制シビリアンコントロールというのはかくあるべきだな」

 クロフォードは皮肉たっぷりにそう言って首を振った。

「水のひくきにくが如し、とは、よく言ったものだな」

 その言葉にフェーンが目を細める。

「それは性善説の説法の一部ではありませんでしたか、中佐」
「フェーン少佐、今のは原典原義オリジナルが何であれ、それを切り出す者の意図次第で、言葉や情報はどうにでも変わり得るんだという皮肉のつもりだよ」
「なるほど」

 フェーンはさほど関心なさそうに頷いた。

「しかし、F102イクシオン、か。よほどの天才が操らなければただの的だし、天才を乗せるには惜しい機体だ。陸軍の方もそうだろう、フリードマン少佐」
「ええ。管制射撃すらできない対空砲がごっそりと運び込まれています。どれもこれも溶かして作り直したほうがいくらか役に立ちます」

 フリードマンが眉間に皺を寄せている。

「ユーメラ規模で空襲を受けたら、ただの的ですよ。ところで中佐。なぜユーメラがあんなに完膚なきまでに攻撃を受けたのですか」
「そうだな」

 クロフォードは言いながらフェーンを見た。目が合ったフェーンはしばらく間を置いて、口を開く。

「或いは、歌姫セイレーンたちへの警告なのかもしれませんな」
「可能性は否定できないな」

 クロフォードは言う。

「ジョルジュ・ベルリオーズ。あいつが何かしているのかもな。歌姫計画セイレネス・シーケンスが生まれた頃から、あいつの影は見えている気がしている」
「わかります」

 フェーンが同意する。

「踊らされていると感じることも間々あります。実際に、歌姫セイレーン本人たちも、そういうことを度々口にします」
「なるほど。グリエール、アーメリング、だな」
「肯定です」
「そうだ、フェーン少佐。その我が国家の宝にもなり得る二人だが、報告では空軍の候補生たちとしばしば出歩いているとか」
「ええ。承知しております。勿論、可能な限りの護衛をつけております」

 フェーンは鋭い視線をクロフォードに送る。クロフォードは涼しい顔でそれを受け流し、「んー……」と気のない声を発する。

「どうもこれは、俺も少しやり方を変えなきゃいけない事態になりつつあるな」
「やり方?」

 フェーンが怪訝な声を発する。パウエルとフリードマンもクロフォードに鋭利な視線を送る。クロフォードは三名の視線を飄々と受け流し、コーヒーを一気に飲み干した。

「俺は、誰かの掌の上で踊らされるというのが、一番イヤなのさ」
「ベルリオーズと一戦交えますか」

 冗談めかしてパウエルは言ったが、クロフォードは「それもいいな」と軽く答える。ジョルジュ・ベルリオーズは世界最大の資産家である。国をまたいだ影響力を有し、主たる企業の殆どが、彼の傘下にある。それら漠然とした企業の集合体をして、軍産企業複合体コングロマリット・ヴァラスキャルヴと呼ばれている。歌姫セイレーンたちを用いた兵器開発を担うホメロス社にしても、そのヴァラスキャルヴに所属していると言われている――実態は不明だが。

 クロフォードは不敵な笑みを見せ、三名に解散を告げた。

↓next

タイトルとURLをコピーしました